「首切り係」ではなかった?中世ヨーロッパの処刑人が引き受けていた“全部の仕事”

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

中世ヨーロッパの処刑人、と聞くと

黒いフード。
巨大な斧。
無言でザシュッ。

――いかにも“プロの首切り職人”という雰囲気です。

それっぽい。
かなりそれっぽい。

ただし、実際の処刑人は、もっと地味で、もっと忙しく、そして「その仕事も担当なのか」と確認したくなる業務が次々と出てくる職業でした。

首を落とすだけの専門職かと思いきや、

拷問も担当する。
後片付けも担当する。
場合によっては、その後の“見せ方”まで関わる。

一つひとつは納得できる。

ただ全部まとめると、

「いや、業務多すぎませんか」

となるやつです。

つまり処刑人とは、

処刑の担当者というより、社会の面倒ごとの最終処理担当

この理解がいちばんしっくりきます。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

首切り係?いいえ“全部やる係”です

処刑人の基本の仕事は、刑の執行です。

絞首。
斬首。
火刑の補助。

ここはイメージ通り。

問題はここからです。

拷問も担当する。
鞭打ちも担当する。

つまり処刑人は、

判決を“現実として成立させる人”

でした。

紙の上では一行。

現場では全部実行。

この落差、なかなか重い。

しかも一発勝負。

やり直し?

ありません。

処刑のあとが本番だった

処刑が終わったら仕事も終わり。

――ではありません。

ここから続きます。

死体の処理。
刑場の後片付け。
場合によっては死体の公開。

公開。

ちょっと待ってほしい。

公開?

そうなりますが、これには理由があります。

中世の処刑は、

「罰する」だけでなく

“結果を見せる”ことまで含めて意味がある行為

でした。

だから処刑人の仕事も、

処刑して終わりではなく

見せしめとして成立させるところまで

続きます。

処刑して、片付けて、必要なら見せる。

ここまでやって、ようやく一件終了です。

仕事の締めが重い。

処刑は“見せるためのイベント”だった

処刑は単なる刑罰ではありません。

人が集まり、
司祭が立ち会い、
罪人が歩かされ、
最後の言葉が与えられる。

そのうえで刑が執行される。

流れとして、かなり整っています。

これは

社会の秩序を見える形で示すための儀式

でもありました。

さらに、方法にも意味があります。

貴族は斬首。
庶民は絞首。

つまり処刑は

「どう罰するか」だけでなく

「どう見せるか」

が重要だったのです。

言葉で説明するより、

一度見せたほうが早い。

だいぶ強い教育方法です。

必要。でも近づきたくはない

処刑人は社会にとって不可欠な存在でした。

いなければ司法が止まってしまいます。

ただし――

かなり嫌われます。

ギルドに入れない。
酒場に入れない。
浴場も使いづらい。

だいぶ徹底しています。

そして、その理由ははっきりしています。

血。
死体。
拷問。

当時の価値観では、これらは「穢れ」と結びついていました。

つまり処刑人は

必要とされながら、距離を置かれる存在

になります。

やってほしい。

でも関わりたくはない。

人間の本音がそのまま出ています。

嫌われていても生活はできる

では処刑人の生活は厳しかったのか?

ここは少し違います。

処刑人は差別されていましたが、

必ずしも貧しいわけではありません。

都市によっては

特権収入。
副収入。

意外と安定しています。

つまり

評価は低い
でも生活は成り立つ

このバランス、少し現代的です。

評価は低いのに、仕事はなくならない。
むしろ必要だから収入は途切れない。

いわば「やりたがる人は少ないが、社会には絶対に必要」な職種に近い構図です。

だからこそ、敬遠されつつも成り立つ。

このねじれた状態が、どこか今の社会にも通じます。

一度入ると抜けにくい仕事

処刑人は、気づくと“家の仕事”になりやすい職業でした。

なぜか。

シンプルです。

やりたい人が、ほとんどいない。

そもそも志願者が来ない。

来たとしても、周りが止める。

「いや、それはやめておけ」と。

結果どうなるか。

今やっている家が、そのまま続ける。

同業者どうしで結婚し、
子どもが手伝い、
そのまま仕事を継ぐ。

自然に、そういう流れになります。

つまりこの職業は

外から入りにくく、中から抜けにくい

構造でした。

ここで疑問。

「途中でやめればいいのでは?」

理屈としてはそうです。

ただ現実は厳しい。

処刑人は差別の対象でもあるため、
他の職に移ろうとしても受け入れられにくい。

さらに、職業と身分が強く結びつく社会です。

いきなり別の仕事に、というのはかなり難しい。

結果として、

入るのは難しいが、
一度入ると出るのも難しい。

そんな構造になります。

自由に選べる仕事、というより

気づけばそこにいる仕事。

少し重たい話ですが、
当時の社会の仕組みがよく表れている部分です。

壊す人が、なぜか直す

そして一番不思議な点。

処刑人は治療にも関わります。

骨接ぎ。
看護。

なぜそうなるのか。

理由はシンプルです。

人体に詳しいから。

拷問や処刑を通じて、
体の構造を理解している。

その知識が、治療にも使われる。

理屈としては通っています。

ただ、少し複雑です。

最後に

押しつけられた役割の集まり

処刑人とは何か。

処刑を行い、
後始末を引き受け、
見せしめを成立させ、
社会から距離を置かれ、
それでも必要とされる。

役割が多い。

かなり多い。

まとめると、

社会が自分ではやりたくないことを集めた存在

でした。

表には出にくい。

でも、確実に必要。

処刑が終わると、人々は何事もなかったように帰っていきます。

そのあとを整える人がいる。

処刑人とは、その役でした。

歴史を見ると、

社会はきれいな部分だけでは動かないことがわかります。

むしろ、こういう役割のほうが

現実をよく表しているのかもしれません。

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
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