日常のふしぎ
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缶詰はなぜ生まれた?──戦場から食卓まで200年の歴史

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

台所の棚を開ける。

「あ、ツナ缶あった」

いつ買ったのかは、もう覚えていません。

賞味期限を見る。

「まだ大丈夫だ」

魚なのに、ずいぶん前から棚に置かれている。

冷凍庫に入っていたわけでもありません。

それでも缶を開ければ、普通に食べられる。

今では珍しくもない光景ですが、この保存方法が広がり始めたのは200年ほど前のことです。

しかも最初から家庭の台所のために作られたわけではありませんでした。

必要としていたのは、遠くまで食料を運ばなければならない軍隊です。

ところが、せっかく長持ちする食料を作った人類は、すぐ別の問題にぶつかります。

「これ、どうやって開けるんだ?」

缶詰の歴史は、そんな少し間の抜けたところから始まります。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

缶はできた。でも開けられない

19世紀前半。

兵士の前に、肉の入った金属缶が置かれています。

「肉だぞ」

「腐ってないのか?」

「保存できるらしい」

長い行軍の途中なら、ありがたい話です。

一人がさっそく缶を手に取ります。

「よし、食べよう」

そして止まる。

「……これ、どこから開けるんだ?」

今なら缶切りがあります。

プルトップなら、指をかけるだけです。

ところが金属製の保存缶が登場した1810年ごろには、専用の缶切りがありませんでした。

アメリカで缶切りが特許化されたのは1858年。

缶の方が、およそ半世紀も先輩です。

「食料は保存できました」

「それはすごい」

「開ける道具はありません」

「そこまで作ってくれ」

しかも初期の缶は、今のものより金属が厚く作られていました。

手で引っ張って開けるどころか、ナイフやハンマー、ノミなどを使ってこじ開けることもあったといいます。

食事を始める前に、まず金属との格闘です。

「ずいぶん頑丈ですね」

「長く保存できますから」

「中身までたどり着ければね」

それでも軍隊にとっては価値がありました。

当時は、食べ物を遠くまで運ぶだけでも大仕事だったからです。

肉は傷む。
野菜も傷む。
パンも長い行軍の途中で状態が悪くなる。

戦う以前に、

「兵士に何を食べさせるか」

を何とかしなければなりません。

その問題から、一人の食品職人が登場します。

「腐らない食べ物を作れ」軍隊の胃袋を救った職人

長い行軍の途中。

兵士が硬くなったパンを見つめています。

「またこれか……」

隣の兵士が袋をのぞき込みます。

「肉は?」

「もう傷んだ」

「野菜は?」

「とっくに駄目だ」

銃や大砲を持っていても、食料がなければ軍隊は動けません。

18世紀末のフランスでも、長期間保存できる食べ物は重要な課題になっていました。

そこで保存方法を研究した人物の一人が、ニコラ・アペール氏です。

彼は軍人ではありません。
大学の研究者でもありません。
食品や菓子を扱っていた職人でした。

アペール氏は食べ物をガラス容器へ入れ、密閉して加熱する実験を繰り返します。

やがて、

「こうしておくと、長く持つぞ」

という方法にたどり着きました。

誰かが聞きます。

「なぜ腐らないんです?」

「そこまでは分からない」

「でも保存できる?」

「できる」

当時は、微生物が食品の腐敗に関わる仕組みがまだ解明されていませんでした。

アペール氏は科学的な理由を知る前に、実験によって保存方法を見つけていたのです。

1810年、彼はフランス政府から1万2千フランを受け取り、その方法を本にして公開しました。

現在の瓶詰めや缶詰につながる大きな一歩です。

ただ、軍隊で使うにはガラス瓶が少々厄介でした。

「重いな」

「落としたら割れるぞ」

「兵士の人数分、これを運ぶのか?」

保存はできる。
でも運びにくい。

そこで同じ1810年、イギリスのピーター・デュラン氏が金属製の容器を使った保存方法を特許化します。

割れやすいガラスから、丈夫な金属へ。

缶詰はここから大量輸送に向いた食品へ変わっていきました。

そして戦争が起きるたび、その需要も大きくなります。

たくさん運べる。
長く置ける。
兵士に配れる。

軍隊にとって都合のいい条件がそろっていました。

「戦争の準備は進んでいますか?」

「食料の保存技術なら、ずいぶん進みました」

人間同士の争いが続く横で、食べ物だけは着実に長持ちするようになっていったのです。

戦場から日本へ──震災で知られた「置いておける食べ物」

明治の日本。

見慣れない金属の容器を前に、男が首をかしげています。

「この中に魚が?」

「入っています」

「いつ捕った魚です?」

「少し前です」

男が缶をじっと見る。

「……本当に食べられるんですか?」

日本でも明治になると缶詰作りが始まります。

1871年、長崎で松田雅典氏がイワシの油漬け缶詰を試作。

1877年には北海道の石狩缶詰所でサケ缶の製造が始まりました。

現在の10月10日「缶詰の日」は、この石狩で缶詰が製造された日に由来しています。

ただ、当時の人たちがすぐに家庭で缶詰を買い始めたわけではありません。

大きな需要を生んだのは、またしても軍隊でした。

西南戦争。
日清戦争。
日露戦争。

遠くで戦う兵士たちへ食料を送るため、缶詰が大量に作られていきます。

工場では注文が増える。

「また大量注文だ」

「どこへ送るんです?」

「軍だよ」

缶詰産業にとって戦争は、大きな市場でもありました。

ところが1923年、同じ保存食がまったく別の場所で必要になります。

関東大震災です。

家を失った。
料理をする場所がない。
食料を長く置いておくことも難しい。

救援物資の中で、缶詰が人々へ届けられました。

「これなら、そのまま食べられる」

「しばらく置いておいても大丈夫だ」

戦場で評価されていた特徴が、災害時にもそのまま役に立ちました。

ここから缶詰は、軍隊だけの食料ではなくなっていきます。

家に何個か置いておく。

いざという時に食べる。

やがて、

「非常時じゃなくても食べていいじゃないか」

となるのは、時間の問題でした。

軍用食が、キャンプ飯になり、アートになった

20世紀初めの登山。

荷造りをしている男の横で、仲間が食料を数えています。

「牛肉缶」

「うん」

「鮭缶」

「うん」

「桃缶、ハム、豆、コンデンスミルク……」

しばらくして、仲間が顔を上げます。

「山へ登るんだよな?」

「そうだけど」

「食べに行くようにしか見えないぞ」

1915年の日本アルプス縦走では、実際にさまざまな缶詰や保存食が持ち込まれ、同行者から「山へ物を食いにでも行くようだ」と笑われた記録が残っています。

戦場で使われていた缶詰は、すでに登山や旅行へ持っていく便利な食料になっていました。

家庭にも入り、みかん缶や桃缶はおやつになります。

冷蔵庫を開けた子どもが聞く。

「桃缶ある?」

「今日はないよ」

「じゃあ、みかん缶は?」

保存食だったものが、今度は楽しみに待つ食べ物へ変わっていきます。

そして1962年。

アメリカでは、缶詰がとうとう美術館へ向かいました。

アンディ・ウォーホル氏が描いたのは、キャンベルのスープ缶です。

当時販売されていた32種類のスープを、32枚のキャンバスに並べました。

スーパーへ行けば買える商品です。

王様も英雄も描かれていません。

ただのスープ缶です。

「これを絵にするんですか?」

「毎日見ているものだからね」

「芸術になる?」

「もう壁に掛かってるよ」

かつて兵士がハンマーで開けていた金属容器が、150年ほど後には美術館で眺められるものになりました。

現在では、さらに使い道が増えています。

キャンプ場で焼き鳥缶を温める。
サバ缶を料理に使う。
高級なカニ缶を贈る。
防災袋にも入れておく。

昔の兵士が現代のキャンプ場を見たら、少し混乱するかもしれません。

「その保存食、遠征用か?」

「キャンプ用です」

「何日歩く?」

「車で二時間です」

「……ずいぶん楽な遠征だな」

戦場へ運ぶために改良された食べ物は、いつの間にか休日までついてくるようになりました。

最後に

夜。

台所でツナ缶を一つ取り出します。

「今日はこれでいいか」

プルトップに指をかける。

「パキッ」

蓋が開く。

数秒です。

昔なら、缶そのものを作るだけでも新技術でした。

開けるには道具が必要で、

遠くまで運べる食料として軍隊に求められ、

日本では戦争や震災を通して広まっていった。

それが今では、

マヨネーズと混ぜてパンに挟めば終わりです。

「便利になったな」

たぶん、それで十分なのでしょう。

200年かけて人類が改良してきた保存技術を、

僕たちは今日も、

「料理するのが面倒だから」

という、ずいぶん平和な理由で開けています。

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