缶詰を開けるにはノミとハンマーが必要だった?缶切りの発明が45年も遅れた理由
はじめに

缶詰を開けるには工事が必要だった⁉
棚から缶詰を取り出す。
ふたに缶切りを当て、くるりと一周。
現在なら、数秒で食べられます。
ところが、1810年代の缶詰は違いました。
「腹が減った。缶詰を開けよう」
「缶切りは?」
「そんなものはない」
「では、どうやって?」

渡されたのは、ノミとハンマーでした。
缶の上部にノミを当て、ハンマーでたたく。
少し穴が開いたら、位置をずらしてまたたたく。
コンコン。
ガンガン。
食事というより、ちょっとした金属加工です。
食品を何年も保存できる技術は、すでにありました。
それなのに、缶を簡単に開ける道具が登場したのは約45年後です。
発明者が開け方を忘れていたわけではありません。
そもそも当時の缶は、簡単に切れるような容器ではなかったのです。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
最初の缶は分厚い鉄の箱

現在の缶詰は、薄い金属板で作られています。
缶切りの刃を押し当てれば、無理なく切り進められるようになっています。
しかし、初期の缶は錬鉄の板にスズを施した、非常に頑丈な容器でした。
厚いものでは、金属板が数ミリに達したともいわれています。
「この缶を開けたいのですが…」
「刃物で切ればいい」
「ナイフが曲がりました」
「では、ハンマーを使え」
当時の缶は、現在の缶切りを持っていったとしても、簡単には開かなかったでしょう。
缶というより、小さな鉄の箱です。
なぜ、そこまで頑丈にしたのでしょうか?
初期の缶詰に求められていたのは、使いやすさではありませんでした。
船で揺られても壊れない。
荷物の下に積まれてもつぶれない。
何か月運んでも、中身が腐らない。

「開けにくいですよ」
「中身は無事か?」
「無事です」
「なら問題ない」
現在の商品なら苦情が来そうですが、当時はそれで十分でした。
開けやすさよりも、まずは密封すること。
食べる人の便利さよりも、中身を遠くまで運ぶこと。
缶切りが生まれなかったのではありません。
小さな道具で切れる缶が、まだ作れなかったのです。
食べていたのは船員と兵士

初期の缶詰は、家庭の台所に並ぶ身近な食品ではありませんでした。
値段も高く、製造にも時間がかかります。
主に使っていたのは、海軍、商船、軍隊、遠征隊などでした。
長い航海へ出た船を想像してみてください。
「今日の食事は?」
「缶詰の肉だ」
「ふたが開かないぞ」
「工具箱を持ってこい」
船にはハンマーもノミもあります。
丈夫なナイフや斧もあります。
軍隊なら、銃剣やさまざまな工具を持っています。
缶を開けるためだけの専用器具がなくても、何とかなりました。
家庭で毎晩ハンマーを振り下ろすのは大変です。

しかし、船や野営地では
「開けるのに五分かかる」
よりも、
「数か月前の肉が、まだ食べられる」
ことのほうが重要でした。
食料が腐れば、代わりはありません。
海の上には店も畑もないからです。
缶詰は、便利な料理ではなく、生きて帰るための保存食でした。
最初の利用者にとって、開けにくさは不便ではあっても、致命的な欠点ではなかったのです。
缶が薄くなると需要が生まれた

やがて製造技術が進み、缶に使われる金属板が薄くなります。
重かった缶も、少しずつ軽くなりました。
生産量も増え、缶詰は船や軍隊の外へ広がっていきます。
そして、家庭の台所に置かれた瞬間、新しい問題が起こりました。
「夕食は缶詰にしましょう」
「分かった。ハンマーとノミを持ってくる」
「台所で工事を始めないでください」
船員や兵士なら、工具で開ければ済みます。
しかし、家庭で食べるなら話は別です。
誰でも開けられる。
できるだけ手を切らない。
食事のたびに大きな音を立てない。
缶詰が日用品になると、保存できるだけでは足りなくなってきたのです。
そこで1855年、イギリスのロバート・イェーツ氏が初期の缶切りを考案します。
続いて1858年、アメリカのエズラ・ワーナー氏が別の缶切りを特許化しました。

「これが新しい缶切りです」
「ずいぶん鋭いですね」
「まず先端を缶へ突き刺します」
「これって武器では?」
先端で穴を開け、湾曲した刃を差し込む。
そこから腕を動かし、金属板を少しずつ切り裂いていきます。
専用の道具にはなりましたが、まだ気軽に使える台所用品ではありません。
扱いを誤れば、缶より先に指を切りそうな形だったからです。
1870年には、ウィリアム・ライマン氏が回転する刃を使った缶切りを考案します。
「今度は刃が回ります」
「これなら簡単そうですね」
「まず缶の中央に軸を突き刺してください」
「やはり刺さないといけないのですか…」
さらに、缶の大きさに合わせて刃の位置を調整しなければなりません。
現在のように、縁を挟んでハンドルを回すだけの缶切りが広まるのは、さらに後のことでした。
缶詰が登場したのは1810年。
最初の缶切りが考案されたのは、それから約45年後でした。
さらにそこから使いやすい形になるまでにも、長い時間がかかっています。
缶が薄くなる。
生産量が増える。
食べる場所が、船や戦場から家庭へ移る。
缶詰を使う人が変わったことで、ようやく「簡単に開ける道具」が必要になったのです。
二年半前の肉を食べた男

初期の缶詰がどれほど驚かれていたのかを伝える話があります。
イギリスの博物学者ジョゼフ・バンクス氏は、長期間保存された缶詰の肉を試食しました。
中身は、仔牛の肉。
製造されてから、およそ二年半が経過していたといわれています。
目の前に缶が置かれます。
「こちらを食べていただきたいのです」
「いつ作った肉ですか?」
「二年半ほど前です」
普通なら、ここで会話は終わります。
ところが、バンクス氏は食べたのです。
缶を開ける。
においを確かめる。
肉を口へ運ぶ。
周囲の人々は、黙って様子を見ていたかもしれません。

「どうです?」
「まだ食べられる」
それは、現在では想像しにくいほど大きな衝撃でした。
冷蔵庫も冷凍庫もない時代です。
肉は腐るもの。
遠くへ運べば、さらに腐りやすくなるもの。
それが金属の容器へ入れておくだけで、二年半後にも食べられる。
缶を開けるためにハンマーが必要だったとしても、その欠点が小さく見えるほどの発明でした。
「開けにくいですね」
「だが、二年半前の肉だぞ」
「それなら、まあ……」
当時の人々が驚いたのは、ふたの固さではありません。
時間を閉じ込めたように、食品が残っていたことでした。
最後に

缶詰が登場したころ、食事の前には少し変わった会話が交わされていました。
「缶詰を開けよう」
「分かった。ハンマーはどこだ?」
現在なら冗談にしか聞こえません。
しかし、当時の人々が本当に驚いたのは、缶の開け方ではありません。
何か月も前に詰められた肉が、腐らずに残っていることでした。
その驚きの前では、ノミを打ち込む手間など小さな問題だったのでしょう。
やがて缶詰は船倉を出て、家庭の棚へ置かれるようになります。
そこで初めて、人々は頑丈なふたを前に立ち止まりました。

「中身を守れることは分かった」
「でも、もっと簡単に食べられない?」
食品を長く閉じ込める方法を手に入れた人類が、次に必要としたのは、その時間を簡単に開けるための道具でした。
どれほど長く保存ができても、ふたが開かなければ食事は始まらなかったのですから。


