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ツタンカーメンの墓には、すでに泥棒が入っていた⁉――3300年前の盗掘事件を科学者が調べた話

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

3300年前の事件現場

1922年11月。

エジプト、王家の谷。

考古学者ハワード・カーターが、地面に埋もれた階段を発見しました。

その先には、封印された入口があります。

壁を開くと、金色に輝く調度品、戦車、彫像、数え切れないほどの箱が現れました。

古代エジプトの王、ツタンカーメンの墓です。

ところが、墓の中には奇妙なものもありました。

倒れた家具。

中身を荒らされた箱。

あちこちに散らばった品物。

「……誰か、先に入ってないか?」

そうです。

3300年間眠っていた王の墓には、すでに泥棒が入っていたのです。

※本記事は筆者個人の感想をもとに制作されているため、正確ではない情報の可能性があります。また、本文中の人物名については、文章を読みやすくするため敬称を省略しています。

封印されていたのに、荒らされている

1922年11月4日。

カーターの発掘隊は、岩盤に刻まれた階段を発見しました。

翌日には、封印された入口を確認します。

入口は石で塞がれ、漆喰が塗られていました。

11月25日、入口を開きます。

さらに奥へ進むと、もう一つの封鎖壁がありました。

翌26日、その壁に穴を開けて中を覗きます。

そこには大量の財宝がありました。

しかし、家具や箱の一部は荒らされています。

「封印されていたのに、なぜ?」

実は、入口には過去に穴を開けられた痕跡がありました。

しかも、その穴は塞ぎ直されていたのです。

3300年前の泥棒を調べた科学者

1923年2月。

化学者アルフレッド・ルーカスが、墓の内部を調べました。

彼は発掘品の保存に携わる科学者でしたが、過去には犯罪捜査にも関わっていました。

そこでカーターは、墓の状態を詳しく調べるよう依頼します。

問題は、部屋が乱雑だった理由です。

最初から雑然と品物が置かれていたのか。

それとも、泥棒が荒らしたのか。

家具が倒れているだけでは、盗掘の証拠になりません。

ルーカスは、品物の位置や壊れ方を一つずつ確認しました。

そして、盗掘が行われたことに疑いはないと判断したのです。

では、どんな証拠が残っていたのでしょうか?

泥棒は、片づけが苦手だった

墓の前室には、3台の寝台が整然と並んでいました。

埋葬室へ続く入口の両側には、王の像が立っています。

きちんと配置された品物もあったのです。

ところが、すぐ近くでは椅子が倒れ、戦車が積み重ねられています。

箱の中身も入れ替わっていました。

さらに、壊れた装飾品の破片が、入口へ続く通路からも発見されます。

「これ、持ち出す途中で落としたのでは?」

そう考えると、部屋の状態を説明できます。

誰かが箱を開け、品物を探し、持ち出そうとした。

ルーカスは、こうした複数の痕跡から盗掘があったと判断しました。

泥棒が通った穴が残っていた

墓の入口には、人間が通れる大きさの穴が開けられていました。

さらに、付属室へ続く入口も破られています。

興味深いのは、付属室の床です。

入口を壊した際に崩れた石が、床に落ちていました。

その石の上には、大きな容器が置かれていたのです。

つまり、

先に入口が壊された。

石が床に落ちた。

その後、誰かが容器を動かした。

侵入後に品物を動かしたことが分かるのです。

そして、付属室以外の侵入口は、古代に塞ぎ直されていました。

封印が残っていた理由も、これで説明できます。

泥棒が欲しかったのは、金だけじゃない

ツタンカーメンの墓といえば、黄金のマスク。

泥棒も金や宝石を狙ったと思いますよね。

ところが、意外なものも物色されていました。

油や軟膏です。

付属室には、美しい石製容器が多数ありました。

しかし、多くは蓋が外され、中身が失われていたのです。

なかには、指で中身をかき取ったような跡まで残っていました。

古代エジプトでは、香りのある油や軟膏は貴重品でした。

そこでカーターは、盗掘者が重い石製容器を運ぶ代わりに、中身だけを別の袋へ移したのではないかと考えました。

金や宝石だけでなく、容器の底に残った軟膏までかき集めていた。

3300年前の盗掘者は、ずいぶん細かいところまで物色していたようです。

それでも、なぜ財宝は残っていたのか?

泥棒は墓に侵入しました。

箱を荒らし、装飾品を壊し、油や軟膏まで持ち去ったと考えられています。

それなのに、大量の財宝が残っていました。

なぜでしょうか?

まず、墓の内部は大量の品物で埋め尽くされていました。

暗い室内で、価値のあるものをすべて見つけるのは簡単ではありません。

しかも、入口は狭く、持ち出せる量にも限界があります。

さらに、豪華な家具の多くは、木の表面を薄い金板や金箔で覆ったものでした。

金色に輝いていても、そのまま運ぶのは大変です。

盗掘者は、持ち運びやすい品物を優先した可能性があります。

墓に金が残っているからといって、泥棒が何も盗まなかったわけではないのです。

最後に

泥棒にとって最悪の場所

盗掘者にとって、墓は都合のよい場所だったのでしょう。

持ち主はすでに亡くなっています。

財宝は大量にあります。

しかも、人目につかない地下です。

ところが、墓には一つ厄介な特徴がありました。

誰も片づけに来ないのです。

倒した家具も、荒らした箱も、そのまま残ることがあります。

普通の窃盗事件なら、現場はやがて片づけられ、別の人が生活を始めます。

しかし、閉ざされた墓では、そうとは限りません。

誰にも見られずに盗んだつもりでも、誰にも片づけられなかったせいで、犯行の痕跡が何千年も残ってしまう。

証拠を隠すには、ずいぶん不向きな場所だったのかもしれません。

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佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、無駄雑学などの小噺を発信しています。
どうぞ、ふらりと覗いてみてください。
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