AI神託機【ショートショート】

決めるのは、あなたじゃない

「昔はね、自分で決めるのが“人間”だったのよ。
今は──あの白い箱が神様みたいねえ」
志摩魁人(しま・かいと)は、電車の窓越しに空を見つめたまま、耳だけでその声を拾った。
隣に座る老婆の膝には、小さなバッグ。
中から覗くのは、光沢のある白いパンフレット。
《AI神託機》と書かれていた。
彼は返事をしなかった。
ただ、胸の奥にうっすらと残る違和感だけを持ち帰った。

数日後。
交差点の青信号、歩き出した直後。
トラックのクラクションが空気を裂いた。
視界がひっくり返る。
世界は、唐突に“終わり”を宣告してきた。

──白い天井。
白いカーテン。
天国でも地獄でもない、ただの病室。
志摩魁人は生きていた。
けれど、体は動かない。
声も出せない。
彼は“意識の檻”に閉じ込められていた。
耳だけが働いていた。
「……意識は戻らず、反応もなし」
「延命措置、この患者に必要ですか?」
医師が問いかけた相手は──人間ではなかった。

\ピッ……/
AI神託機の画面に、文字が浮かぶ。
《延命措置:不要》
その瞬間、魁人のまぶたが、わずかに動いた。
心電図が、ぴくりと跳ねる。
「……今、動いたような……?」
看護師が息を呑み、身を乗り出した。
けれど次の瞬間。
\ブゥン……/
AI神託機が再起動し、再び文字を表示する。
《決定済み》
《再評価の必要なし》
《実行中……》
「でも先生、反応が──」
「……神託機の判定が最優先だ。誤反応の可能性もあるし……判断を覆す理由にはならない」
医師は背を向け、書類を閉じた。

看護師は、迷った。
ほんのわずか、魁人の目が彼女を見つめていた気がした。
その視線に、何かを訴えるような気配があった。
──けれど。
彼女は何も言わなかった。
カーテンが静かに閉じられる。
まるで“考えること”さえも、許されない空気だった。

数時間後、AI神託機のパネルに「処置完了」の文字が表示された。
ベッドの上には、眠るような顔の志摩魁人。
その表情に、微かに浮かんでいたものは──。
諦めだったのか、それとも嘲笑だったのか。

誰も疑問に思わなかった。
誰も、責任を負うことはなかった。

あの老婆の言葉が、今ならよくわかる。
「“選んでるつもり”のうちは、まだ幸せよ。
ほんとはね……選ぶ機会なんて、とっくになかったのよ」

選ばなかったのではない。
最初から、選ばせてもらえなかった。
……それとも、そう“信じ込まされていただけ”か?

しかし、それを不自然と思う者は、もういなかった。
