幸福税【ショートショート】

心のゆらぎに、課税される世界

「笑いましたね? 課税対象です」
ピピッ。
スーツ姿の徴収官が、無表情に言った。
僕は620円を差し出す。
幸福度:28%。
税率:15%。
これが、今の日本だ。

数年前、政府は「幸福度可視化AI」を導入した。
脳波、心拍、表情──そして、“幸福の理由”。
このAIは、幸福を次の3要素で定義している。
- 感情パターン(生体反応)
- 表情・言動(外的反応)
- それらに見合った状況(客観的根拠)
三つが揃えば課税。
昇進、恋愛、成功──何をしても幸せなら罰金だ。
「幸せは贅沢。公平のため、税を」
誰もが笑わなくなった。
街は静まり返り、顔から表情が消えた。

だけどある日、こんな噂が広まった。
「AIは“理由なき幸福”には課税できない」
「たとえば、根拠もなく笑っているだけなら、課税対象外らしい」
嘘だと思った。
でも、駅前の老人が試した。
「ワシ、宝くじ当たったんじゃ〜!」
大声で笑い転げる。
税務官が駆けつけたが、AIは無反応。
表情と声は“幸福”そのもの。
だが、心拍も脳波も平常値。
宝くじも、外れていた。
“理由なき笑顔”だった。

それから、街は少しずつ変わりはじめた。
「やばい、昇進しそう。……クソッ、顔に出すなよ」
「大丈夫。私は“演技”で笑ってるから」
幸福が、演じるものになった。
・「楽しいですねえ」と棒読みするカフェ店員
・SNSに“最高の一日!”と投稿しながら泣く若者
・鏡に向かって無表情で笑う僕自身

……意味なんてない。
でも、人間って、
何も感じないまま生き続けるのが一番つらいんだ。
本当に幸せになれば課税される。
かといって、何も感じなければ心が死ぬ。
だったら、せめてフリだけでも。
それで少しでも、心がごまかせるなら。
僕たちは、感情の“演劇”で生きていた。

だが、政府は見逃さなかった。
「新制度を施行します。“不幸税”です」
「ため息、怒り、落ち込み──すべて課税対象とする」
え?
じゃあもう、何を感じても課税されるってこと?

それでも──人々は、笑い出した。
今度は、演技ではなく。
「もう、どっちみち取られるならさ」
「だったら、ちゃんと笑ってやろうぜ」
街が明るくなった。
本物の幸福が、皮肉な形で戻ってきた。

翌朝、通知が来た。
《感情変動が大きすぎます。追加徴税:感情波税 13,400円》
理由:
「あなたの心は、豊かすぎる」
……今日も笑う。
泣く余裕が、もうないからだ。
ピピッ。
