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地図に載らない線路はどこへ続く? 地下鉄に隠された「秘密の分岐」の正体

佐藤直哉(Naoya sato-)
<景品表示法に基づく表記>当サイトのコンテンツ内には商品プロモーションを含みます。

はじめに

いつもの地下鉄に乗っていたとします。

見慣れた駅を出て、電車は暗いトンネルへ入っていきます。

いつもと同じ揺れ。
いつもと同じ車内放送。

ところが、窓の外に見慣れない分岐が現れました。

「こんな線路、あったかな?」

気づいたときには、電車は普段とは違う方向へ進んでいます。

照明の少ないトンネル。
見覚えのない信号。
一瞬だけ見えた、ホームのような影。

ここまでくると、

「まさか、知らない駅へ連れていかれるのでは?」

と考えてしまうかもしれません。

もちろん、普段の地下鉄が突然、異世界へ向かうわけではありません

けれど、乗客向けの路線図に描かれていない線路は、本当にあったりするのです。

では、その線路はどこへ続いているのでしょうか?

その答えをたどっていくと、普段は見えない鉄道の裏側が少しずつ見えてきます。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

路線図は、鉄道のすべてではない

駅にある路線図を見ると、線路のすべてが描かれているように見えます。

赤い線。
青い線。
順番に並んだ駅名。
乗り換えを示す記号。

「ここからここへ行くなら、この路線に乗ればいい」

乗客にとっては、それで十分です。
けれど、路線図は鉄道施設の完全な地図ではありません。

車両基地へ向かう線路。
電車を折り返すための線路。
保守車両だけが通る線路。
別の路線へ車両を移すための連絡線。

こうした線路は、普段の移動には必要ありません

そのため、乗客向けの路線図から省かれていることがあります。

「そんな線路まで全部描いたら、どうなるの?」

おそらく、かえって分かりにくくなってしまうでしょう。

どの線路に乗れるのか?
どこに駅があるのか?
乗客が使ってよいのか?

必要のない情報が増えれば、迷う人も増えてしまいます。

路線図は、鉄道のすべてを見せるものではありません。
僕たちが迷わず目的地へ行くために、必要な部分だけを見せているものだったりするのです。

東京の地下には別路線へ続く線路がある

東京メトロの南北線と千代田線。

路線図を見ると、別々の路線に見えます。

「では、南北線の車両は千代田線へ行けないのかな?」

普通は、そう考えるでしょう。

けれど実際には、途中で有楽町線を通れば移動できます。

南北線の市ケ谷付近には、有楽町線へつながる連絡線があります。

さらに、有楽町線の桜田門付近からは、千代田線の霞ケ関付近へ抜ける連絡線もあります。

つまり、

南北線から有楽町線へ。
有楽町線から千代田線へ。

乗客向けの路線図では一本に見えない三つの路線が、地下の見えない場所でつながっていたりするのです。

「なぜ、そんな線路が必要なの?」

車両を移動させるためです。

南北線の車両を大がかりに検査するときには、千代田線の綾瀬車両基地まで運ぶことがあります。

電車をトラックへ載せるのではありません。
車両自身が連絡線を走り、別の路線へ移動します。

僕たちが普段乗っている電車も、見えない場所では路線の境目を越えていたりするのです。

乗客を乗せて秘密の線路を走った列車

普段、連絡線を通るのは回送列車などです。

そのため、一般の乗客がこの線路を通る機会はほとんどありません。

ところが2010年。

乗客を乗せた特別列車が、実際にこの経路を走りました。

その名は「メトロトリプルリレー号」

列車は南北線の王子車両基地を出発します。

そこから南北線を走り、連絡線へ入りました。

「ここから先は、いつもの南北線ではないのかな?」

列車はそのまま有楽町線へ進みます。
さらに、もう一つの連絡線を通り、最後は千代田線へ入りました。

到着したのは、綾瀬車両基地です。

乗り換えはありません。

一本の列車が、三つの路線を通り抜けたことになります。

路線図だけを見ていれば、

「そんな走り方ができるの?」

と思ってしまうでしょう。

けれど地下では、別々に見える路線同士がつながっていました。

秘密の線路の先にあったのは、異世界ではありません。

車両基地です。

少し地味に聞こえるかもしれません。

それでも、普段は車両しか通らない線路を乗客が走り抜けたという事実には、なかなか不思議なものがあります。

電車は通るのに停まらない駅

京成上野駅と日暮里駅の間には、かつて博物館動物園駅という地下駅がありました。

1933年に開業し、上野公園の博物館や動物園へ向かう人たちに利用されていた駅です。

「そんな駅、今の路線図にはないけど?」

その通りです。

現在は廃止されています。

けれど、駅の跡まで完全に消えたわけではありません

現在も京成線の列車は、かつてのホームの横を通過しています。

ドアは開きません。
駅名を知らせる放送もありません。
列車は暗いホームの前を、そのまま通り過ぎていきます。

事情を知らずに窓の外を見ていたら、

「今、駅のようなものが見えなかった?」

と感じるかもしれません。

次の瞬間には、再び暗闇です。

怪談では、存在しない駅に電車が停まります。

博物館動物園駅は、その反対だったりします。

駅の跡は確かに残っている。
けれど、電車はもう停まらないのです。

特別な場所に造られた博物館動物園駅

博物館動物園駅には、もう一つ不思議な話があります。

駅が造られた場所は、当時、皇室に関係する特別な土地でした。

そのため駅舎を建設するには、御前会議を経て、天皇の勅許を得る必要があったとされています。

「地下駅を一つ造るのに、そこまで必要だったの?」

現在の感覚では、少し大げさに見えるかもしれません。
けれど、それほど特別な場所に建てられた駅でした。

地上の駅舎も、一般的な駅とは雰囲気が違います。
西洋の寺院を思わせる、重々しい姿をしています。

それほど特別な駅でしたが、時代が進むと使いにくさが目立つようになりました。

大きな問題は、ホームの短さです。
開業当時の短い列車には対応できました。
しかし列車が長くなると、すべての車両がホームへ収まらなくなります。

地下にあるため、大規模な改修も簡単ではありませんでした。

利用者も減少し、1997年に営業を休止。
2004年には正式に廃止されています。

特別な許可を得て造られた駅も、時代の変化には逆らえなかったのです。

列車を一度も迎えなかった未成線

廃線とは、かつて列車が走っていた路線の跡です。

では、未成線は何でしょうか?

「廃線と同じではないの?」

似ていますが、大きな違いがあります。

廃線は、列車が走ったあとに残ります。
未成線は、列車が一度も走らないまま残ったりするのです。

橋を造った。
トンネルを掘った。
土地も整えた。
けれど、鉄道そのものは完成しなかった。

そのような場所が、日本各地に残っています。

理由はさまざまです。

戦争。
資金不足。
計画変更。
利用者数の見込み違い。

あと少しで鉄道になりそうだった場所が、途中の姿のまま残されています。

見た目だけなら、今にも列車が走ってきそうです。
けれど、そこに時刻表はありません。
待っていても、列車は来ません。

未成線に残っているのは、走っていた列車の記憶ではなく、最後まで実現しなかった計画だったりするのです。

未成線を走る小さな乗り物

山口県岩国市には、旧国鉄岩日線の未成区間があります。

もともとは、山口県から島根県方面へ鉄道を延ばす計画でした。

工事は進み、トンネルも造られました。

「そこまで完成していたなら、開業したのでは?」

残念ながら、鉄道として開業することはありませんでした。

計画が途中で中止されたためです。

完成したトンネルも、列車を一度も迎えないまま残されました。
けれど、その場所は現在、別の方法で使われています。

未成線の跡を走っているのが「とことこトレイン」です。

名前は電車のようですが、鉄道車両ではありません。

ゴムタイヤで走る、小さな遊覧車です。

本来なら大きな列車が走るはずだった道を、小さな乗り物がゆっくり進んでいきます。

「最初の計画とは、ずいぶん違うね」

確かに、まったく違う姿になりました。
けれど、何も走らなかったはずの道が、今も人を運んでいると考えると、どこか面白く感じられます。

乗客が走っているのは、実現しなかった鉄道の途中だったりするのです。

列車が渡らなかった橋

島根県浜田市周辺には、今福線と呼ばれる未成線の遺構が残っています。

山の中には、コンクリート製のアーチ橋があります。

「橋があるなら、昔は列車が走っていたのでは?」

そう思ってしまいますよね。
けれど、その上を列車が通ったことはありません。

橋は造られました。
トンネルも掘られました。
路盤も整えられました。

それでも、一つの鉄道路線として完成することはなかったのです。

橋やトンネルだけを見ると、今にも列車が現れそうです。

けれど、待っていても列車は来ません。

未成線の遺構が不思議に見えるのは、形だけが鉄道の未来を残しているからかもしれません。

そこに残っているのは、古い列車の姿ではありません。

いつか列車が来るはずだった場所なのです。

一年に二日だけ列車が停まる駅

香川県三豊市の予讃線には、津島ノ宮駅という駅があります。

「聞いたことがないな」

そう感じる人が多いかもしれません。

この駅に列車が停まるのは、例年、一年に二日ほどだからです。

近くにある津嶋神社の夏季例大祭に合わせて、8月4日と5日に営業します。

それ以外の日は、列車がホームの横を通過していきます。

駅はそこにあります。
ホームもあります。
駅名標もあります。
けれど、一年の大半は列車が停まりません。

「それなら、駅をなくしてもいいのでは?」

そう思うかもしれません。
ところが祭りの日になると、多くの人がこの駅を利用します。

普段は静かなホームへ人が集まり、列車が次々と停車します。

二日間が終わると、駅は再び静かになります。

次に人々を迎えるのは、また一年後です。

特定の日にだけ使われる駅。

それだけを聞くと、都市伝説のようにも感じられます。

けれど、津島ノ宮駅に怪異があるわけではありません。

祭りへ向かう人を迎えるために、必要な日だけ動き出す駅だったりするのです。

最後に

地図に描かれていない線路は、何もない場所へ続いているわけではありません。

別の路線へ車両を送り届けるための道だったり。
誰も降りなくなったホームの横を通る道だったり。
あるいは、いつか町と町を結ぶはずだったものの、最後まで列車を迎えられなかった道だったりします。

僕たちは電車に乗ると、出発駅と到着駅ばかりを気にしてしまいます。

何時に着くのか?
どこで乗り換えるのか?
あと何駅あるのか?

窓の外に一瞬だけ現れる小さな分岐まで、気に留めることはほとんどありません。

けれど、その一本にも、きっと理由があります。

今も鉄道を支える仕事が続いているのかもしれません。
かつて大勢の人が電車を待った場所へ続いているのかもしれません。
あるいは、誰かが思い描きながら、とうとう実現できなかった未来の途中なのかもしれません。

次に電車へ乗ったとき、暗いトンネルの奥へ分かれていく一本の線路が、ほんの一瞬だけ見えるかもしれません。

その先がどこなのか、路線図を見ても分からないでしょう。
電車はすぐに通り過ぎ、分岐も暗闇の中へ消えていきます。

それでも、その線路には今も続きがあります。

僕たちの知らない場所で、誰かの仕事や、町の記憶や、完成しなかった行き先へと、静かにつながり続けているのです。

おまけの4コマ

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、無駄雑学などの小噺を発信しています。
どうぞ、ふらりと覗いてみてください。
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