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深夜の公園で、一台だけ揺れるブランコの正体

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

「……あれ?誰か乗ってる?」

深夜。

公園の横を通りかかった男が、足を止めました。

ギィ……

ギィ……

街灯の下で、ブランコが揺れています。

前へ。

後ろへ。

また前へ。

けれど、誰も乗っていません。

「風か……」

そう思って隣を見る。

もう一台のブランコは、

まったく動いていない。

男は少しだけブランコから離れました。

「……なんで、あれだけ?」

こうなると話が変わってきます。

風なら、隣も揺れそうです。

誰かが押したなら、その人がいるはずです。

ところが公園には誰もいない。

では、

ブランコは本当に“勝手に”揺れることがあるのでしょうか?

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

「放っておけば、そのうち止まる」

翌朝。

男は同じ公園へ戻ってきました。

今度は明るい時間です。

ブランコを手で押します。

「えい」

ブランコが大きく前へ出る。

戻ってくる。

また前へ。

ところが見ていると、

少しずつ揺れが小さくなっていきます。

「……普通に止まるじゃん」

その通りです。

ブランコは、物理的には振り子に近い仕組みをしています。

一度動かせばしばらく往復しますが、

空気抵抗や取り付け部分の摩擦によって、少しずつエネルギーを失います。

何も力が加わらなければ、やがて止まります。

つまり深夜のブランコが長く揺れているなら、

どこかから少しずつ力を受け取っていることになります。

そこで一番身近な容疑者が、

風です。

「風なら、二台とも揺れるだろ」

夜。

男は友人を連れて公園へ戻りました。

また同じブランコが揺れています。

「ほら。やっぱり動いてる」

友人は隣を指さしました。

「でも、こっちは止まってるぞ」

「だから怖いんだよ」

たしかに見た目だけなら、

同じ柱からぶら下がった同じブランコです。

でも、完全に同じとは限りません。

チェーンの長さ。
座面の重さ。
取り付け部分の摩擦。
ブランコの向き。

ほんの少し条件が違えば、

揺れやすさも変わります。

しかも風は、

ずっと同じ強さで吹いているわけではありません。

弱くなったり、

急に強くなったり、

向きが少し変わったりします。

風の中に置かれた振り子を調べた研究でも、乱れた風による圧力の変化によって、それぞれの振り子が違った動きを見せることが確認されています。

つまり、

同じ場所に二台あるから、同じように揺れるとは限らないのです。

「一台だけ動いている」

という一番怖く見える部分も、

それだけで怪奇現象とは言えません。

「小さな風で、そんなに揺れる?」

男はまだ納得していません。

「でもさ。今ほとんど風ないぞ」

友人がブランコを見ながら答えます。

「ブランコって、押すタイミングが大事だろ?」

子どものころを思い出すと分かります。

ブランコの揺れを大きくしたいからといって、

力任せに何度も押せばいいわけではありません。

戻ってきたところで、

ちょうどいいタイミングで押す。

すると少しずつ揺れが大きくなります。

振り子には、それぞれ揺れやすいリズムがあります。

そこへ外からの力がうまく重なると、

小さな力でも揺れが目立つことがあります。

これが、いわゆる共振です。

もちろん、

「共振だから勝手に動いた」

という意味ではありません。

共振には、

まず外から力が加わる必要があります。

その候補の一つが風です。

つまりブランコは、

強風にドンと押されなくてもいい。

弱い力が、

いいタイミングで何度も入ればいいのです。

「……これ、実際に事件になってるぞ」

友人がスマホを見ながら言いました。

「アルゼンチンにもあったらしい」

「何が?」

「勝手に動くブランコ」

2007年。

アルゼンチンのフィルマットという町で、

ある公園のブランコが話題になりました。

そこでも、

一台のブランコだけが大きく揺れていた

と報じられています。

隣のブランコはほとんど動かない。

それを撮影した映像が広まり、

町では、

「亡くなった子どもの幽霊ではないか?」

という話まで出ました。

騒ぎはすぐには終わりません。

翌年も現地メディアが取り上げ、

数年後には海外のテレビ制作チームまでやって来ました。

測定機器を持ち込んで調べる人まで現れます。

いつの間にか、

ただの公園の遊具が、

町の有名スポットになっていました。

原因が完全に決着したわけではありません。

ただ、一つだけ分かることがあります。

誰もいないブランコが一台だけ揺れていたら、

世界の反対側でも、

人はだいたい同じことを考えるようです。

「……幽霊じゃない?」

「昼なら、たぶん怖くない」

次の日の昼。

男は問題のブランコの前に立っていました。

風が吹きます。

ギィ……

ブランコが少し動きます。

男はそれを見ても、

何とも思いません。

「今日は風あるな」

ところが夜になると、

同じ音でも印象が変わります。

ギィ……

姿の見えない誰かが、

ゆっくり漕いでいるように見えてくる。

人間は恐怖を感じているとき、

曖昧なものを危険なものとして受け取りやすくなることが、実験でも確かめられています。

暗い。

静か。

周囲に誰もいない。

そんな場所では、

小さな動きにも意味を探してしまいます。

昼なら、

「風だな」

で終わる揺れが、

夜になると、

「誰かいるのでは?」

に変わる。

変わったのは、

ブランコではありません。

見ている人間の方なのです。

最後に

その夜。

男はもう一度、公園の横を通りました。

例のブランコは、

今日も少し揺れています。

ギィ……

男は立ち止まりません。

「風だろ」

そう言って通り過ぎます。

数歩歩いたところで、

風が止まりました。

背後ではまだ、

ギィ……

と鳴っていました。

男は振り返らず、

少しだけ歩く速度を上げその場を後にしました。

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、無駄雑学などの小噺を発信しています。
どうぞ、ふらりと覗いてみてください。
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