本を「タバコのように」売った出版社――1930年代の自動販売機
はじめに

本が出てくる自動販売機
1937年。
ロンドンの街角に、
少し変わった自動販売機が置かれていました。
男性が硬貨を入れます。
番号を選びます。
ガタン。
取り出し口から出てきたのは、
タバコでも、
お菓子でもありません。
本です。
男性が、
少し驚いた顔でつぶやきます。
「……本まで自販機で売るのか?」
この機械の名前は、
Penguincubator
(ペンギンキュベーター。本の自動販売機)
設置したのは、
イギリスの出版社、
Penguin Books
(ペンギン・ブックス)です。
現在では、
世界最大級の出版グループである、
Penguin Random House
(ペンギン・ランダムハウス)
へとつながる名前です。
ただし当時は、
創業してから、
まだ2年ほどしか経っていませんでした。
そんな若い出版社が、
なぜ本を作るだけでなく、
自動販売機まで置いたのでしょうか?
そのきっかけは、
3年前の駅にありました。
※本記事は筆者個人の感想をもとに制作されているため、正確ではない情報の可能性があります。また、本文中の人物名については、文章を読みやすくするため敬称を省略しています。
駅に本はある。でも、読みたい本がない

1934年。
アレン・レーンは、
列車に乗る前に、
駅の売店へ立ち寄りました。
車内で読む本を探します。
棚には、
何冊も本が並んでいます。
ところが、
読みたいと思える本が見つかりません。
レーン。
「本はあるのに、読みたいものがないな」
そこで、
一つの疑問が浮かびます。
もっと良い本を、もっと気軽に買えないだろうか?
翌1935年。
ペンギン・ブックスが誕生します。
本の値段は、
1冊6ペンス。
現在の日本円の感覚に直すと、
ざっくり、
500円弱ほど。
当時のタバコ一箱ほどの値段でした。
これなら、
わざわざ高い本を買うつもりがなくても、
「一冊くらい読んでみようかな」
と手を伸ばせます。
ところが、
本を安くしただけでは、
まだ困ることがありました。
夜に本が欲しくなっても、
本屋が閉まっていれば買えません。
本屋が閉まっていても、本は買える

当時、
自動販売機そのものは、
すでに珍しい存在ではありませんでした。
タバコや、
チョコレートなどは、
硬貨を入れれば機械から買えます。
そこでレーンは、
同じ仕組みを本にも使えないかと考えます。
「本も自販機で売ればいい」
夜のロンドン。
本屋は、
すでに閉まっています。
店内にも、
もう人はいません。
その店の外で、
男性が自動販売機に硬貨を入れます。
番号を選ぶ。
ガタン。
本が出てきます。
通行人が言います。
「もう店は閉まってるよ」
男性は、
取り出した本を見ながら答えます。
「でも、ここなら買えるよ」
こうして登場したのが、
ペンギンキュベーターでした。
新しい種類の自動販売機を、
一から発明したわけではありません。
すでにタバコやお菓子を売っていた方法を、
本にも使ってみたのです。
ところが、
店員がいない販売方法には、
別の問題もありました。
機械をよく見た客の中に、
こんなことを考える人が現れます。
「これ、もう一冊取れないかな?」
便利になると、抜け道を探す人も現れる

一人の客が、
自動販売機をじっと見ています。
6ペンスを入れます。
操作すると、
ガタン。
一冊の本が出てきます。
ところが、
さらに機械を操作すると、
また、
ガタン。
もう一冊出てきました。
男性。
「……これ、もう一冊取れるぞ」
初期のペンギンキュベーターには、
操作の仕方によって、
一冊分の代金で複数冊取れてしまう問題
があったとされています。
もちろん、
そのままにはできません。
機械は、
不正に本を取られにくいよう改良されました。
便利な仕組みを作る。
すると、
その仕組みを悪用する人も現れる。
そして、
今度は悪用されないように改良する。
今なら、
無人レジや電子決済でも、
見覚えのある流れです。
でも、
似たことは、
1937年の本の自動販売機でも起きていました。
初期のペンギンキュベーターは、
不正に本を取られにくいよう、
機械そのものを改良する必要があったのです。
便利なものが生まれると、
その便利さの穴を探す人も現れる。
どうやら、この組み合わせは昔から変わらないようです。
最後に

本を、読みたい人の近くへ
駅で、
読みたい本が見つからなかった。
そこで、
本を安くした。
買える場所を増やした。
最後には、
自動販売機にまで入れました。
レーンが変えたのは、
本そのものではありません。
本を手に取るまでの遠さでした。
どれだけ良いものでも、
届かなければ選ばれません。
でも、
手を伸ばせる場所まで近づけば、
「一冊くらい読んでみようかな?」
という人が増えていきます。
ペンギン・ブックスが広げたのは、
本そのものではなく、
本を読むきっかけだったのかもしれません。

