鎧はオシャレのために着るものだった?中世ヨーロッパ歩兵の「戦場ファッション」残酷物語
はじめに

もしあなたが中世ヨーロッパの戦場にタイムスリップしたら、まず最初に何を見ると思いますか?
剣がぶつかり合う音?
兵士たちの怒号?
それとも、やたらと目立つ派手な鎧と兜のファッションショーでしょうか。
実はその直感、あながち間違いではありません。
中世の戦場は泥と血にまみれた地獄であると同時に、意外なほど「ファッション」と切っても切れない世界だったのです。

命を懸けた殺し合いの場でありながら、
「俺の装備どう?」
「その兜、イケてるじゃん」
と無言のマウント合戦が繰り広げられる
――そんな地獄のランウェイが、かつてヨーロッパ各地に広がっていました。
少しだけ視点を変えて当時の兵士たちを眺めてみると、戦場の景色はぐっと立体的に見えてきます。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
戦場は“ファッションショー”でもあった

まず大前提として、中世の戦場では「見た目」は生死に直結する重要な情報でした。
・誰が味方で、誰が敵なのか
・どこの領主に仕えているのか
・どれくらい偉いのか
これらを一瞬で判断する必要があったため、兵士たちは鎧や兜、盾や上着にさまざまな紋章や色をまとっていました。
つまり戦場とは、命がけの自己紹介会場。

履歴書は不要ですが、間違えるとその場で「不採用(=死亡)」になります。
しかも中世の戦場は煙と土埃と怒号で視界最悪。
その中で目立たなければ「敵にやられる」し、目立ちすぎると「敵に狙われる」
まさに戦場ファッションは、攻めすぎても守りすぎてもダメな絶妙バランスの世界だったのです。
歩兵の装備は「重ね着ファッション」だった

さて、では実際の歩兵たちはどんな装備をしていたのでしょうか。
よくある誤解が「中世の兵士=全身鉄の缶詰」というイメージですが、現実はかなり違います。
基本は、いわば“レイヤードコーデ”。(重ね着とも)
下に着るのは、厚手のキルティング服(ガンベゾンやジャックと呼ばれる防護服)。
これは現代でいう「分厚い防寒ダウン兼プロテクター」みたいな存在です。
その上に、部分的な鎖帷子や補強材を追加。
さらに外側には、ジャック・オブ・プレートやブリガンディンと呼ばれる「服の中に小さな鉄板を仕込んだ防具」を着込みます。

つまり、見た目はほぼ「ちょっとゴツい服」
金属むき出しのロボット兵ではありません。
そして頭にはケトルハット(鉄帽)。
鍋をひっくり返したような形の兜で、安く作れて、視界も広く、呼吸もしやすい。
デザイン性は…正直あまりありません。
ですが「安い・軽い・見やすい」は正義。
戦場においては、「高価なブランド品」より「雑に扱いやすい作業着」が最強なのです。
紋章と飾りは「命を守るデザイン」だった

鎧や兜に描かれた派手な模様や立体飾り。
これを単なる装飾だと思ったら大間違いです。
あれは中世版のネームタグであり、所属証明であり、ステータス表示でした。
ライオンは勇気と力。
鷲は支配と先見性。
ドラゴンは強さと知恵。
色にも意味があります。
赤は勇気、青は忠誠、金は高貴さ、黒は不屈の精神。
「俺は勇敢な〇〇家の戦士だぞ!」
「このマーク見えない?有名貴族の家臣だぞ?」
そんな無言のアピールが、鎧の上で飛び交っていたわけです。

さらに兜の上に角や羽根を生やす“クレスト”文化まで登場。
…が、盛りすぎると引っかかる。
枝に。
味方に。
敵の槍に。
戦場はファッション誌ではありません。
実用性ゼロのアクセサリーは、だいたい死亡フラグです。
カッコよさ=ステータスという戦場マウント社会

中世の兵士社会は、想像以上に「見た目の階級社会」でした。
裕福な兵士ほど良い装備を持ち、派手な紋章を入れ、立派な兜をかぶる。
さらに「リヴァリー」と呼ばれる、主君の色や紋章をあしらった上着を支給されることもありました。
これは中世版の制服です。
胸や帽子にはバッジを付け、 「俺はこの有力貴族の家臣だぞ」という身分証をぶら下げる。
もはや戦場は、武器を持ったサラリーマンの大運動会。

しかも当時は「奢侈禁止令(しゃしきんしほう)」(別名:贅沢禁止法)という法律まであり、 身分以上に派手な服装をするのはNG。
つまり
「盛りすぎると違法」
「地味すぎるとナメられる」
この微妙なラインを攻める、命がけのコーディネートだったのです。
「動けない鎧」はウソ。でも悲劇は本当

よく「中世の鎧は重すぎて動けなかった」と言われますが、これは半分ウソです。
実戦用の全身鎧は約20〜25kg。
現代の消防士や自衛隊員と同じくらいの装備重量で、しかも全身に分散されています。
普通に走れます。
立ち上がれます。
ジャンプもできます。
ただし問題は“疲労”。
鎧を着ると、同じ速度で歩いてもエネルギー消費は約2倍。
つまり「動けるけど、すぐバテる」

さらに泥、密集、転倒が重なると地獄。
有名なアジャンクールの戦いでは、膝まで沈む泥の中で重装備の兵士たちが次々に転倒。
立ち上がれず、踏まれ、押しつぶされ、討たれていきました。
鎧が悪いのではなく、 環境と疲労と密集が合体すると“詰み”になる。
まるで満員電車でスキーウェアを着ているようなものです。
最後に

それでも人は、カッコよくありたかった
ここまで読むと、中世の戦場は理不尽で過酷で、しかもオシャレに厳しい世界だったと分かります。
それでも人は、鎧を磨き、紋章を誇り、飾りを付けました。
なぜか?
それはきっと、 「どうせ命を懸けるなら、少しでも誇れる姿でいたい」 という、人間らしい見栄と願いがあったからでしょう。

戦場は命の最前線。
そこで人は、剣だけでなく、自分の物語も背負って戦っていたのです。
ピカピカの鎧も、鍋みたいな兜も、 すべては「生き様」の延長線でした。
そう思うと、博物館に並ぶ無言の甲冑たちも、 どこか少し、誇らしげに見えてきませんか?
次に鎧の展示を見るときは、ぜひこう想像してみてください。
――これは、かつて誰かが「カッコよく死ぬかもしれない覚悟」で身にまとった、戦場ファッションなのだと。
そして今日のあなたの服装もまた、 平和な現代版の“戦場コーデ”なのかもしれません。
おまけの4コマ


