ゲームの話
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なぜホラーゲームは何も起きない廊下を、あんなにも長く歩かせるのか

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

ホラーゲームを遊んだことがある人なら、
たぶん十中八九、こんな独り言を心の中でつぶやいたことがあるはずです。

「……この廊下、長くない?」

敵は出てこない。
音楽も鳴っていない。
照明は暗いけど、事件性ゼロ。

それなのに、コントローラーを握る手はなぜか湿り気を帯び、
心臓だけがやたらと意識高く働き始める。

冷静に考えれば安全なはずです。
今のところ、何も起きていない。

……なのに怖い。

正直に白状すると、
敵が飛び出してきた瞬間よりも、
その前の「何も起きない時間」のほうが、よほど神経に悪い

ここで「自分はビビりなのでは?」と反省会を開く必要はありません。
それを始めると、夜が明けます。

ただ、人間の感情が
一番ざわつく瞬間を、きれいに引き延ばされているだけの話です。

廊下がやたらと長いのも、
何も起きない時間が妙に続くのも、
すべて計算済み。

言ってしまえば、
あなたが十分に怖くなるまで、
向こうが律儀に待ってくれているだけです。

ただ歩いているだけなのに不安になる理由も、
敵より廊下のほうが妙に記憶に残る理由も、
気づけば自然と見えてきます。

今夜、家の廊下を歩くとき、 ほんの一瞬だけ足を止めたくなったなら──

それは、たぶん気のせいです。

たぶん。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

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「来るかもしれない」という時間

■怖いのは敵じゃない

ホラーと聞くと、たいていの人は即答します。

「怖いのは、突然出てくる敵でしょ?」

まあ、それはそう。
心臓に悪いし、 できれば三日前くらいに予告してほしい。
(そして当日、忘れていて見事に引っかかる)

でも、よく思い出してみてください。
本当に一番イヤな瞬間って、 敵が出た“あと”ではなく、 出るかもしれないと思っている時じゃありませんか。

たとえば──

・ホラー映画で、誰もいないはずの廊下を延々と歩かされる時間
・お化け屋敷で、次の曲がり角が見えているのに、なぜか進めない瞬間
・対策をせずに挑んだテストの返却日、名前が呼ばれる直前に教室で待っている時間

……最後のはホラー作品じゃありませんが、
心臓の挙動だけは完全にホラー仕様です。

人は「何か起きそうだ」と感じた瞬間から、
頭の中で勝手にシミュレーションを始めます。
しかも、その想像はだいたい希望的観測では終わりません。

ホラーゲームの長い廊下は、
この不安が熟成する時間を、
これでもかというほど与えてくれる場所です。

敵が出るまでの助走。
怖がる準備運動。

つまり、
廊下が長い=不安を温める時間が長い

恐怖は、
何かが起きた瞬間に生まれるのではなく、
「起きるかもしれない」と考え始めた時点で、
もう始まっている。

そう考えると、
廊下は単なる移動ルートではなく、
恐怖そのものを育てる場所だと言っていいでしょう。

見えないという恐怖

■「見えない」は、それだけで怖い

ホラーゲームの廊下を思い浮かべてみてください。

・だいたい直線か、L字
・無駄に曲がり角が多い
・視界はなぜか常にギリギリ

……これ、偶然じゃありません。
決して「たまたまそうなった」わけでもありません。

廊下は構造がシンプルだからこそ、
プレイヤーに渡す情報量を、好きなだけ絞れる空間です。

曲がり角の先は見えない。
背後は完全にノーチェック。

すると、どうなるか。

「……今、後ろに何かいないよね?」

はい、その疑問が頭に浮かんだ瞬間、
もう設計者側の勝ちです。
おめでとうございます。

実際、敵が一度も出ていないのに、
やたらと後ろを振り返ってしまう人は多いはずです。

もちろん、ほとんどの場合は何もいません。

いませんが──

「いない可能性」
「いる可能性」
同時に存在している。

この状態が、人の神経を一番すり減らします。

全部見えていれば、安心できます。
危険があるなら、覚悟もできます。

でも、見えない。

だから想像する。
しかも、人間の想像力は
なぜか良い方向に働かない。

結果、
勝手に怖くなる。
勝手に疲れる。
勝手にドキドキする。

廊下は、その一連の流れを
ほぼ自動で発動させる装置です。

何もしていないのに緊張する。
それこそが、
この場所が一番やっかいな理由なのです。

廊下が挟まる

■ずっと怖いと、人は慣れる

意外に思われるかもしれませんが、
人は「怖い」にも普通に慣れます。

はい、ここで夢を壊してしまってすみません。

どんなに恐ろしい敵でも、
どんなに心臓に悪い演出でも、
毎回全力でビビってくれるほど
人間の神経は素直にできていません。

最初はあれほど怖かった敵も、
何度か遭遇すると、
「はいはい、君ね。今日は左から来るんでしょ?」
と、謎の余裕すら生まれてきます。

怖さが薄れる原因はシンプルです。
慣れ

そこで登場するのが、
あの“何も起きない廊下”です。

いきなり事件を連発せず、
あえて何も起こさない時間を挟む。

するとどうなるか。

さっきまで少し慣れ始めていた神経が、
「……あれ? 次はいつ来るんだ?」
またソワソワし始めます。

この
緊張 → いったん落ち着く → また緊張
という波を作るために、
廊下は非常に重宝されます。

・部屋で事件が起きる
・何も起きない廊下を歩かされる
・また次の部屋で事件が起きる

この「何も起きない時間」があるからこそ、
次の出来事が、
ちゃんと新鮮に、ちゃんと嫌な感じでやって来る。

例えるなら、
ずっと怒鳴られ続けるより、
一度黙られたあとに
急に名前を呼ばれるほうが心臓に悪い。

廊下は、
怖さをサボらせないための調整時間でもあるのです。

音は先に届く

■だから廊下は強い

ホラーゲームを思い返してみてください。

「姿を見て悲鳴を上げた記憶」より、
「よく分からない音を聞いて身構えた記憶」のほうが、
案外はっきり残っていませんか。

足音。
遠くで鳴る、正体不明の物音。
やたらと存在感を主張してくる自分の呼吸音。

……落ち着け、と言いたいところですが、
呼吸音が聞こえる時点で、
もう全然落ち着けていません。

廊下は、音の演出と相性が抜群です。

・よく響く
・距離感が信用できない
・方向もだいたい裏切ってくる

要するに、
音だけで状況が分からなくなる

人間の脳は、
音を聞いた瞬間に「原因探しモード」に入ります。

何の音?
どこから?
近い? 遠い?

でも、目で確認できない。

するとどうなるか。

脳が勝手に、
一番嫌な可能性を採用し始めます。

「来たかもしれない」
「さっきより近い気がする」

……だいたい、気のせいです。

気のせいですが、
心臓はそうは思ってくれません。

廊下は、
“見せずにドキドキさせる”ことに関して、
異常に優秀な空間です。

何も起きていないのに緊張する。

それでいて、
ちゃんと楽しい。

だから廊下は、
今日も音だけでこちらを追い詰めてきます。

一番現実的で、一番重要な理由

■ロード時間

ここまで読んで、
「なるほど、廊下って人の心を揺さぶるために、相当いろいろ仕込まれてるんだな」
ちょっと感心してしまったかもしれません。

……が、ホラーゲームの廊下が長い理由。

実はもう一つ、
非常に身も蓋もない理由があります。

それは──

ロード時間です。

そう、身も蓋もないですが、ゲームは次のエリアを裏で読み込まなければなりません。
敵も、演出も、音も、全部まとめて。

でも、ここで
「Now Loading…」
と画面に出した瞬間、
さっきまでの緊張感は見事に蒸発します。

「はいはい、読み込みね」

現実に引き戻される速度だけは、
異常に速い。

そこで制作側が考えました。

――どうすれば、ロードしてる感を出さずに済むか。

答えはシンプル。

プレイヤーを歩かせる。
しかも、走らせない。

そう、廊下です。

廊下は
・ドキドキさせながら
・テンポを崩さず
・裏でしっかりロードできる

という、
演出と現実が完全に手を組んだ存在

怖がらせる。
待たせる。
ロードする。

全部、一本の通路で片づく。

冷静に考えると、
あまりにも仕事ができすぎていませんか。

最後に

だから廊下は、今日も長い

ホラーゲームの廊下は、
決して「アイデアが尽きたから」でも、
「作るのが面倒だったから」でもありません。

むしろその逆。

人の心がどう動くか。
どこで緊張して、どこで油断するか。
音や視界が、どれくらい不安を増幅させるか。

さらにその裏で、
きっちりロードまで済ませたいという
大人の事情。

それら全部を一身に背負った結果、
廊下は、ああいう長さになっています。

言ってしまえば、
あの廊下は
人間心理と現実的事情の折衷案

かなり働き者です。

次にホラーゲームで、
「まだ着かないの?」
心の中でツッコミながら
廊下を歩かされているときは、
少しだけ思い出してみてください。

今この瞬間、
あなたは暇なのではありません。

きっちりドキドキさせられている最中です。

……さて。

この文章を読み終えたあと、
夜、家の廊下を歩くとき、
なぜか足音に耳を澄ませてしまったり、
無意識に後ろを気にしてしまったなら。

それもたぶん、
偶然ではありません。

たぶん。

きっと。

設計通りです。

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佐藤直哉(Naoya sato-)
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