なぜRPGの最初の敵は、いつもスライムなのか?――“最弱モンスター”が生まれた意外と合理的な理由
はじめに

「RPGの最初の敵って、だいたいスライムじゃない?」
誰に頼まれたわけでもないのに、なぜか全員が同意してしまう。
そんな不思議な“共通認識”があります。
青いしずく。
丸い目。
どこか余裕のある笑顔。
殴っても恨まれなさそうな雰囲気。
うっかりすると、こちらが悪者みたいになる顔です(気のせいです)。
でも、この「スライム=弱い敵」というイメージ、実はかなり後から作られたもの。
少し昔をのぞくと、スライムは
「近づくと装備が溶ける」
「通路に溶け込む罠」
「遭遇したくないタイプ」
――と、性格の悪さがにじみ出る存在でした。
ぜんぜん初心者向けじゃない。

それがどうして、気づけば
「最初に倒す相手」
「弱さの代表」
みたいな顔をしているのか。
不思議に思って振り返ってみると、TRPGから海外のコンピュータRPG、日本の国産RPG、そして「ドラゴンクエスト」へと、スライムはバトンを渡され続けていました。
しかもそのたびに、少しずつ“弱くて都合のいい役”に寄せられながら。
気づけば王座に座っていた雑魚代表。
その過程を、寄り道しながらたどっていきましょう。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
まず前提

■スライムは昔から“優しい雑魚”だったわけではない
ここで一度、思い込みをほどいておきましょう。
スライムは、最初から「初心者にやさしい存在」ではありませんでした。
テーブルトークRPG、とくにD&D系の世界では、「ウーズ/スライム」と聞いた時点で、ちょっと身構えるのが普通です。
理由は単純で、だいたい性格が悪いから。
代表格として名前が挙がるのが、D&D初期から登場するゼラチナス・キューブ。
ダンジョンの通路(10フィート四方)にぴったり収まるよう設計された、透明な立方体です。
……もうこの時点で嫌な予感しかしません。
「通路だと思って進んだら、それでした」
という、RPG史上でもトップクラスに理不尽な事故を量産してきた存在です。
初見殺しというより、初見溶解。

つまり本来のスライム系は、
- いきなり殴っても効かないことがある
- 対処を間違えると装備やHPを持っていく
- とにかく出会いたくない
という、完全に玄人向けの嫌がらせ枠でした。
「かわいい弱敵」どころか、
“最初に出してはいけないタイプの敵ランキング”
があったら、かなり上位に食い込む存在です。
もし初心者の冒険の最初に、こういうスライムを配置したらどうなるか。
想像してみましょう。
プレイヤー「よし、冒険が始まったぞ!」
スライム「装備、溶かしておいたよ」
プレイヤー「タイトル画面に戻ります」
ゲームとしては、想定よりだいぶ短命です。
少なくとも“国民的RPG”にはなりません。
実は……

■“弱いスライム”は、ドラクエ以前からこっそり存在していた
ここで話が少しややこしくなります。
「スライム=序盤の雑魚」という配置、実はドラクエが最初に思いついたわけではありません。
もう少し前から、静かに、しかし確実に芽吹いていました。
1970年代後半。
コンピュータRPGがまだ「これは何をする遊びですか?」と説明書とにらめっこされていた時代です。
その頃すでに、“弱いスライム”は画面の端っこにいました。

代表例が Beneath Apple Manor(1978)。
当時のレビューでは、序盤に出てくるスライムについて「pretty weak(かなり弱い)」と、わりと容赦なく書かれています。遠慮ゼロ。
さらに資料をのぞくと、「一般にトロルはグリーンスライムより危険」といった難度の序列まで確認できます。
つまりこの時点で、
- スライム=最初に出すやつ
- =強さの物差し
という役割が、すでにうっすら決まっていたようです。
ここまで来ると、制作側の気持ちも想像できます。
正直に言うと、スライムは扱いやすい。
形は自由。
説明は雑でいい。
「なんかぬるっとしてます」で成立する。

人型でも動物でもないから、倒しても倫理的に角が立たない。
数値もいじりやすくて、「弱そう」にするのが簡単。
……冷静に考えると、これはもう“便利な新人”です。
ゲーム制作の現場で言えば、
「とりあえず最初はスライム置いとくか」
が成立してしまう存在。
そりゃ出番、増えます。
もちろん油断は禁物です。
この時代のスライムは、
「弱いけど、ときどき性格が悪い」
というタイプも混ざっています。
油断すると普通に装備を溶かしてきます。
便利だけど信用はできない。
――この二面性、あとで大きな意味を持つことになります。
決定的な導火線

■Wizardryが「倒せるスライム」を量産しはじめた
ここで時代が一段、カチッと切り替わります。
1981年、「Wizardry」の登場です。
D&Dの影響をしっかり受けつつも、このゲームは「コンピュータRPGとしてどう遊ばせるか」をかなり割り切って考えていました。
要するに、
強さはノリじゃなくて、数値で決めよう
という判断です。
すると何が起きるか。
スライムはここで、はっきりとした役職を与えられます。
低レベル帯担当。
殴れば倒せる係。

TRPG時代のスライムが
- 罠だったり
- 対処を誤ると痛い目を見る存在だったり
していたのに対して、Wizardryのスライムはずいぶん素直です。
ちゃんと戦えば倒せる。
しかも、いきなり出てくる。
この時点で、もう察しがつきます。
「あ、これは練習用だな」と。
つまりスライムは、
プレイヤーに“戦闘ってこういう流れですよ”と教える係
に就任したわけです。
異動です。
しかも長期。
この“倒せるスライム”の設計は、日本に渡ったときにも強く作用しました。

危険な存在だったはずのスライムが、
「最初に会う」
「ちゃんと勝てる」
という記憶とセットで刷り込まれていく。
ここで大事なのは、スライムが弱くなった理由が
たまたまじゃない
という点です。
初戦でプレイヤーに求められているのは、壮絶な死闘ではありません。
「コマンドを選ぶ」→「攻撃が当たる」→「敵が倒れる」
この一連の流れを、安心して体験すること。
スライムは、その条件を全部満たしてしまった。
結果として、スライムは
あなたの初勝利を量産する装置になりました。
気づけば、全国のプレイヤーの「最初の一勝」を何万回も見届けてきた存在です。
国産での普及ルート

■1984年、日本のRPG画面にスライムが住み着いた
日本のゲーム史を少し引いて見ると、1984年前後はなかなか重要な時期です。
この頃から、プレイヤーの脳内に
「あ、RPGが始まったな」
という感覚を呼び起こす“おなじみの風景”が、定着し始めます。
その風景の中央に、だいたい居座っているのがスライムでした。
ドルアーガの塔(1984)――弱くて遅くて、ちょうどいい
『ドルアーガの塔』には、敵キャラとしてスライム系(SLIME)がはっきり登場します。
動きは遅く、派手な攻撃もしない。
つまりプレイヤーからすると、
「あ、今の自分でも相手できそう」
と思わせてくれる存在です。
そして面白いのが後年の語られ方。
「スライム=弱い印象を最初に決定づけた“戦犯”はドルアーガだ」
と、設計者側が自称する文脈があるところです。
……戦犯。
この言葉を、自分で使ってしまう潔さがすごい。
「やったのは我々です」と名乗り出るスタイル。
歴史的事実への向き合い方としては誠実ですが、言い方はまあまあ強めです。
ハイドライド(1984)――また最初にスライムがいる
同じ1984年の『ハイドライド』でも、序盤に「ジェリー」や「スライム」といった敵が登場します。
ここでプレイヤーは、うっすら気づき始める。
「あれ、RPGって最初にスライム出す決まりでもあるの?」
もちろん決まりではありません。
でも、体験としてはそう見えてしまう。
こうして
- 「ドルアーガ」でもスライム
- 「ハイドライド」でもスライム
という状況が続くと、人間の脳は勝手に学習します。
反復は、常識を作る。
何度も見るうちに、それは「仕様」になり、やがて「当たり前」になります。
CMのメロディが頭から離れないのと、仕組みはだいたい同じです。
しかもスライムは、弱くて、分かりやすくて、倒しても後味が悪くない。
日本のRPG体験の入口に、これ以上ちょうどいい存在はありませんでした。
こうしてスライムは、日本のプレイヤーにとって
「最初に会うやつ」
として、しっかり記憶に刷り込まれていったのです。
決定打

■ドラゴンクエスト(1986)が“弱くて可愛い”を国民に刷り込んだ
そして1986年、『ドラゴンクエスト』の登場です。
ここでスライムは、ついに決定的なポジションを獲得します。
- いちばん最初に出会う敵
- しかも、だいたい一番弱い
もう逃げ場はありません。
全国規模で「最初の相手」を任されました。
しかも、このスライム。
ただ弱いだけじゃない。
見た目が、あまりにも“安心して殴れる”。
これが致命的でした(褒めています)。

当時の開発スタッフの話としてよく語られるのが、海外RPGに強く影響を受けていた、という点です。
ただし、最初に思い描かれていたスライム像は、もっとこう……
「どろっ」
「ぬるっ」
とした、正体不明の塊だったらしい。
それを見て、キャラクターデザインの段階で大きく方向転換が入ります。
結果、出てきたのが――あの形です。
涙滴型。
丸い目。
ゆるい口。
どう見ても、敵より先にグッズ化しそうな顔。
冷蔵庫に貼っても違和感がないし、下手すると文房具売り場に紛れ込める。
この時点で、スライムはもう「数値」では勝負していません。
印象で勝っている。

プレイヤーは初見で、ほぼ必ずこう思います。
「……これ、たぶん勝てるよね?」
この“根拠のない自信”が、ゲームの入口ではものすごく大事です。
初戦で必要なのは、緊張感ではなく、成功体験。
ドラクエのスライムは、その役目を完璧にこなしました。
そしてシリーズが国民的ヒットになると、スライムは一気に露出を増やします。
最初の敵として、何度も登場。
グッズになり、スピンオフに出張し、コラボで働き続ける。
反復、反復、また反復。
その結果、私たちの脳内では、いつのまにかこう登録されました。
スライム=弱い敵
変更不可。
パッチ配布予定なし。
(たまにメタル化して手のひらを返してくるのは、反則ではなく伝統芸です)
文化史としての結論

■スライムは“最弱役”に適性がありすぎた
ここまで振り返ってみると、スライムが「弱い敵の象徴」になった理由は、情緒でも運命でもなく、かなり現実的です。
言ってしまえば、向いていた。
びっくりするほど、最弱役に。
1) 倫理的にマイルドすぎる問題

人間でも動物でもない。
叫ばない。倒れてもドラマが生まれない。
だからプレイヤーは、最初の一撃をためらわない。
「これ、本当に殴っていいやつかな……?」という葛藤を、一切発生させない。
初心者が最初に倒す相手として、ここまで気を使わせない存在は珍しいです。
2) 表現コストが低すぎる問題

形は抽象的。
輪郭は自由。
初期ハードでも描けるし、色を変えれば別個体に見える。
制作側からすると、
「とりあえず増やしても破綻しない」
という、夢のような素材。
プレイヤー側も「見た瞬間にスライムだと分かる」ので、混乱しません。
両者に優しい。
3) チュートリアル性能が高すぎる問題

攻撃は単純。
動きも素直。
命中、ダメージ、経験値――全部いじりやすい。
結果として、
「あ、勝てた」
という体験を、ほぼ確実に提供できる。
これはもう、敵というより教材です。
4) ドラクエが“完成形”を作ってしまった問題

ドラクエのスライムは、
「弱いから可愛い」のではありません。
倒せるように設計された上で、可愛さが決定打になった。
この順番が、致命的でした(褒めています)。
可愛くて、弱くて、何度も出てくる。
その結果、スライムは「最弱」という役を、記号として背負わされることになります。
気づけばもう、別の役を与えられる余地がない。
だからこそ、ここまで長生きしたのです。
最後に

あなたの初勝利の記憶もたぶんスライムが担当しています
初めてRPGを遊んだ日のことを、少しだけ思い出してみてください。
右も左もわからない。
コマンドの意味も怪しい。
世界は広いし、敵は怖そう。
……でも、なぜかスライムだけは倒せた。
たぶん攻撃ボタンを押しただけ。
戦略も工夫もない。
それでも画面には「勝利」の文字が出て、経験値が入る。
あの瞬間に生まれた、
「あ、これ、いけるかも」
という小さな確信。

あれがなかったら、私たちはRPGを続けていなかった可能性があります。
割と本気で。
スライムは、最弱であることによって、物語を始める役を引き受けました。
派手なボスのように記憶に残るわけではない。
むしろ、すぐ忘れられる。
でも、“最初に勝たせてくれた相手”というポジションは、意外としぶとい。
次にスライムを見かけたら、ほんの一瞬だけ考えてみてください。
「この子がいなかったら、私はここまで来ていなかったかもしれないな」と。
……と感慨にふけるのは、そこまでです。

そのあと普通に叩きます。
RPGなので。
でも、倒したあとにほんの少しだけ余韻が残る。
あの青いしずくは、今日もどこかで誰かの“最初の一勝”を静かに支えているのです。

