深夜、布団が世界一うるさくなる理由
はじめに

天井の模様をぼんやり眺めながら、スマホの明かりを消します。
寝ようとしているのに、なぜか無意味に模様を数え始めてしまいます。
もちろん、数えたところで何も解決しません。
昼間はどうでもよかったことが、暗くなると急にスーツを着て整列し始めます。
「あの一言はまずかったんじゃないか?」
「明日の会議は詰むのではないか?」
「そもそも人生この方向で合っているのか?」
誰ですか、夜にだけ開く脳内会議室を予約したのは。

なんだかおかしいですよね。
同じ頭、同じ自分のはずなのに、なぜ夜だけ思考がフル稼働するのでしょうか。
昼間の自分は定時で帰ったんでしょうか。
置き去りにしないでほしいところです。
結論から言うと、夜に考え事が増えるのは欠陥でも性格でもありません。
むしろ「ちゃんと人間の脳を使っている証拠」だったりします。
ええ、働き者すぎるだけです。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
脳は夜になると内職を始めます

昼間の脳は、外注まみれです。
仕事、連絡、雑音、移動、通知。
次から次へと案件が飛び込んできます。
ところが夜になると、急に暇になります。
すると脳はこう思います。
「お、空き時間だな。じゃあ棚卸しでもするか」
ここで登場するのが、いわゆる“内側モード”です。
難しい名前はさておき、過去を振り返ったり、未来を勝手に予行演習したり、自分についてあれこれ考える時間のことです。
静かな夜ほど、頭の中の独り言が増えるのは正常運転です。
脳がサボっているのではなく、むしろ残業しています。
しかも無給です。
夜の脳、ブレーキが甘くなります

さらに厄介なのが、夜は脳の体力が切れていることです。
一日分の判断、我慢、気遣いを使い果たしたあとの状態です。
理性的な部分は電池切れ寸前です。
その一方で、不安担当の部署は妙に元気です。
その結果どうなるかというと。
昼なら「まあ大丈夫でしょ」で済んだことが、 夜になると「いや、あの判断はまずかったかもしれん」と変換されます。
これは意志が弱いわけではありません。
単に脳のブレーキパッドがすり減っているだけです。
夜はネガティブ思考が割増料金になる時間帯なのです。
布団は反省会場ではありません

ここで、多くの人がやらかします。
布団に入ってから、なぜか人生の総集編を始めてしまうことです。
しかもディレクターズカット版。
「あの言い方、絶対まずかった」
「なんであの選択をしたんだ自分」
「将来どうするんだ俺。というか今どうするんだ俺」
脳はここで盛大に勘違いします。
「お、この話題は重要案件ですね。では覚醒レベルを引き上げます」
誰に頼んだんですか、その機能。
こうして、
考え事が増える → 眠れない → 眠れない
ことを考えるという二段ロケットが発射されます。
しかも燃料は不安。
推進力は後悔。
どこにも着地しません。
ちなみに、布団は寝る場所です。
人生を追い込むジムではありません。
そこで反省を始めるほど、睡眠は「あ、じゃあまた今度で」と言って帰っていきます。
スマホは思考の増幅器です

夜のスマホは、例えるなら拡声器です。
小さな不安も、大きく反響します。
しかもタチが悪いのは、「ちょっとだけ」のつもりが平気で30分消えることです。
ここでよくあるのが、
「今日は自分の時間がなかったから、夜くらい自由にしたい」
という心理です。
いわゆる“仕返し夜更かし”です。
昼に我慢した分、夜に取り返そうとします。
結果どうなるかというと。
寝るのが遅れる → 疲れる → 感情の制御がさらに落ちる → 考え事が増える
完全に自作自演です。
脚本・主演・監督・編集、ぜんぶ自分です。
アカデミー賞は来ません。
夜は記憶の整理整頓タイムです

夜、ふと昔の失敗を思い出すことがあります。
十年前のどうでもいいやつを、なぜ今なのか。
これは脳が記憶の整理をしているからです。
特に優先されるのは、感情が動いた記憶です。
気まずさ、後悔、恥。
脳内では、段ボールを抱えた係員が走り回っています。
「この黒歴史、どこにしまいましょう?」
その過程を、僕たちは“考え事が止まらない”と感じています。
夜中のキッチンで

時計は0時を回っています。
そっとキッチンへ行き、冷蔵庫を開けると、白い光が顔を照らします。
まるで取り調べを受けている気分です。
「さては、何か考えてますね?」
いえ、何も考えていません。
ただ眠れないだけです。
麦茶をコップに注ぐと、トクトクという音がやけに大きく響きます。
この家で今、動いているのは僕と冷蔵庫だけ。
家は静まり返っているのに、頭の中だけ騒がしいです。
さっきまで「まあ何とかなる」と思っていたことが、急に国家規模の問題に昇格します。
そのとき、ふと気づきます。
もしかして、脳は昼に考えなかった分を、ここで一気に片づけようとしているのではないかと。
なるほど。
だから夜になると考え事が増えるのか。
そう納得した瞬間、脳は満足そうに言いました。
「では本日の業務は終了です。おやすみなさい」
そして僕は、コップを持ったままキッチンで立ち尽くしました。
肝心の眠気だけが、どこかへ帰ってしまったあとで。
考え事は消さなくていいです

よく「考えないようにしよう」と言われますが、 それは「海に向かって“今日は波立たないでください”とお願いする」くらい無茶な話です。
聞いてくれるなら、台風であんなに苦労していません。
現実的なのは、消そうとすることではなく、うまくあしらうことです。
・思いついた不安は紙に書いて「明日の昼に考える」と予約します(夜の自分に決定権は与えません)
・眠くないなら一度布団を出ます(布団を“考える場所”に格下げしないためです)
・夜のスマホは物理的に遠ざけます(視界に入ると負けます)
どれも地味ですが、効きます。
派手な必殺技はありませんが、じわじわ効く漢方みたいなやつです。
最後に

夜の考え事は敵ではありません
夜に浮かぶ考えは、だいたい大げさで、感情的で、少し不器用です。
昼なら三行で済む話を、夜は長編ドラマに仕立て上げてきます。
脚本家は脳。
視聴者は僕。
誰も得しません。
でもそれは、脳が静かな時間にようやく口を開いた証拠でもあります。
昼の喧騒に埋もれていた声が、夜になってマイクを握るだけです。
しかも音量MAX。
夜の思考は、人生の最終結論ではありません。
だいたい走り書きのメモです。
誤字だらけで、主語も迷子です。

朝になれば、光の中で読み直せます。
「なんでこんな大事件にしてたんだ僕は」と、たぶん笑えます。
布団の中で世界がうるさくなったら、
「ああ、脳が今日の領収書を整理してるんだな」と思えばいいです。
夜は、心の倉庫番が働く時間です。
眠りは、そのシャッターが下りたあと、遅刻気味にやってきます。

