日常のふしぎ
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気づけばみんな何か始めてる——大人がいま“新しい趣味”に手を出してしまう本当の理由

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

周りが急に忙しそうな件について

最近、周りがやたらと忙しそうだ。

筋トレにハマった同僚、英語学習アプリと心中している友人、週末になると編み物の話しかしない知人。
極めつけは「AIで曲作った」と言い出した幼なじみ。
……待って、君は去年までスマホの機種変更すら一人でできなかったよね?

気づけばあちこちで聞こえてくる「新しい趣味、始めたんだ」という報告。

最初は流行りかと思いました。
次はSNSのせいかとも思いました。
アルゴリズムが悪い、時代が悪い、全部外部要因にしたかった。

でもどうも違う。

これは、誰か一部の意識高い人たちの話ではなく、わりと普通の大人たちが、静かに、しかし確実に何かを始めている現象です。

仕事帰りにジムへ寄る人。
寝る前に英語アプリを開く人。
休日に「とりあえず触ってみるか」で始めた編み物が、いつの間にか習慣になっている人。

なぜ今なのか。

理由は一つではありません。
でも、話を聞いていくと、だいたい同じところに行き着きます。

大人たちは突然ストイックになったわけでも、人生を立て直そうと決意したわけでもない。ただ、今の生活にちょうどよくハマる“何か”を探していただけです。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

時間は増えていない。でも「余白」は増えた

■理由①

「忙しくて趣味なんて無理」

いつもの殿堂入りワードです。
このセリフ、人生で何回使いましたか。
私はもう数えません。
数えると落ち込みます。

でも冷静に考えると、本当に時間が消えたわけではありません。
消えたのは、まとまった時間です。

コロナ前後で、通勤や移動に使う時間は減りました。
その代わりに増えたのが、名前もつかない細切れ時間。

1日30分。
週に数時間。

正直に言いましょう。
映画1本は無理です。
ドラマ1話も怪しい。

でも、ストレッチ10分ならできる。
英語アプリ5分なら触れる。
動画を眺めながら「へぇ…」と言うくらいなら余裕です。

ここで人は気づきます。

「全部やらなくてもいいのか」と。

腰を据えて始める必要はない。
準備万端じゃなくていい。
とりあえず、つま先だけ入れてみればいい。

この“本気じゃなくてもOK”という発見が、新しい趣味へのハードルを一気に下げました。

やる気が出てから始めるんじゃない。
始めてから、やる気が出る。

順番がひっくり返っただけで、世界はわりと優しくなります。

テレワークは終わらなかった(きれいさっぱりとは)

■理由②

「在宅勤務って、もう過去の話でしょ?」

――はい、私もそう思っていました。
思っていましたとも。
だってニュースでも「出社回帰!」とか言ってたし。

でも、現実はどうか。

完全に終わったかと言われると、そうでもない。
むしろ、しぶとく生き残っています。雑草のように。

週1日だけ在宅。
月に数回だけリモート。

この“やってるような、やってないような”中途半端さ。
正直、制度としては微妙です。
でも、生活にはちゃんと影響を与えている。

・通勤で体力を根こそぎ削られない日がある
・平日の夜に、なぜか少し元気が残っている
・帰宅後、即ソファで意識を失わずに済む

この瞬間、人は思います。

「あれ? 今日、まだ何かできるのでは?」と。

この「今日はまだ人間として機能している感じ」が、危険なんです。

なにが危険か。

余計なことを始めてしまう。
筋トレを検索する。
英語アプリを入れる。
気づいたら編み物キットをカートに入れている。

つまり、

趣味は“時間持ちの人の特権”ではなくなった

という話です。

余裕があるから始めたんじゃない。

余裕が、ちょっとだけ残った日があった。

それだけで、人は何かを始めてしまう生き物なのです。

上達より大事なものがあると、みんな気づいた

■理由③

少し前まで、趣味には暗黙のルールがありました。

ギター? 弾けるようにならないとダメ。
ランニング? 記録が伸びないと意味がない。

……誰が決めたんでしょうね、この厳しさ。
趣味なのに、なぜか評価制度だけは一流企業並み。

当然の帰結として、三日坊主。
そして自己嫌悪。

「自分は意志が弱い」
「才能がない」

いや違う。
求められているものが重すぎただけです。

でも今は、空気が変わりました。

疲労やストレスを感じている人が増え、ストレス解消法の上位は
「睡眠」
「食べる」
「動画を見る」

ここでようやく、みんな気づきます。

あれ?
もしかして、回復できれば十分なのでは?

そう、

いま趣味に求められているのは“成長”より“回復”

上手くならなくていい。
結果が出なくていい。
人に見せなくてもいい。

やったあと、ちょっと肩の力が抜ける。
少しだけ気分が戻る。

それで合格です。

趣味の採点基準は、いつの間にか
「他人」から「自分」に変わりました。

これは、かなり大きな進化だと思います。

人付き合いは面倒。でも孤独はもっと面倒

■理由④

「新しい人間関係、増やしたいですか?」

……いきなり正面から聞かれると困りますね。
正直に答えるなら、「できれば今のままで」ではないでしょうか。

友達ゼロは困る。
でも、飲み会が月3回に増えるのも困る。

この、
孤独はイヤだけど、人付き合いも正直しんどい問題

現代人、だいたいここで立ち止まっています。

でも、ここで聞き方を変えてみましょう。

「同じ趣味の人と、自然に話せたら?」

……どうでしょう。

さっきより、ちょっとだけ前向きになりませんか。
僕はなりました。
悔しいけど。

趣味は、この点がとても優秀です。

・いきなり人生観を語らなくていい
・話題が最初から用意されている
・合わなければ、無理に続けなくていい

人間関係なのに、説明書がついている感じ。

つまり、

趣味は「人とつながる練習問題」

として機能します。

ガッツリ仲良くならなくてもいい。
でも、完全に一人でもいなくていい。

孤独は避けたい。
でも、濃密な交流は重たい。

その面倒な本音を、趣味は黙って受け止めてくれます。

趣味が“将来の保険”になる時代

■理由⑤

英語、動画編集、AI、料理。

このあたりを聞くと、だいたい誰かが言い出します。

「それって趣味なの? 勉強じゃない?」と。

……そう、境界線はもう溶けました。
溶けて原型がありません。

今はもう、
趣味なのか、学びなのか、
ついでに将来の備えなのか、
本人ですらよく分かっていない領域です。

学び直しへの関心が高まる中で、
「楽しそう」だけで始めるのは、少し不安。
かといって「役に立たない」と思うと、腰が重い。

そこで登場したのが、この都合のいい基準。

楽しそうで、ワンチャン役に立ちそう

人はこの言葉に、とても弱い。
僕も弱いです。
全力で弱い。

ただし、ここで毎回やらかす落とし穴があります。

「最初から副業にしよう」
「いつか転職に使おう」

これは、だいたい続きません。

なぜか。

楽しいはずの趣味が、
気づいたら“成果を出さなきゃいけない案件”に変わるからです。

正解は、もっと雑でいい。

気づいたら続いていた。

なんだか詳しくなっていた。

あとから振り返ったら、
「あれ? これ、意外と役に立ってない?」

この流れです。

楽しんでいたら、あとから役に立った

この順番だけは、どうやら裏切らないようです。

推し活は、趣味を増殖させる

■理由⑥

推しを応援する。
ライブに行く。
グッズを集める。
感想を書く。
動画を作る。

……ちょっと待ってください。

これ、冷静に見ると「一つの趣味」じゃありません。

もはや趣味の詰め合わせセットです。

最初は「応援してるだけ」だったはずなのに、
気づけば現場に行き、グッズを調べ、感想を書き、編集ソフトを立ち上げている。

誰に強制されたわけでもない。
むしろ、自分から進んでやっている。

……怖いですね。推し活。

でも、ここが重要です。

推し活が広がったことで、
「趣味に時間とお金を使う=無駄」という感覚は、かなり薄れました。

だって、感情が動いている。
仲間がいる。
次にやることが自然に生まれる。

続かない理由が、見当たらない。

そりゃ、趣味も増えます。

むしろ増えない方が不自然です。

推し活は、
人を趣味沼に引きずり込む、非常に優秀な入口
なのかもしれません。

始め方が、もう全部ネットにある

■理由⑦

昔は、
「どうやって始めるの?」
「教室どこ?」
「高くない?」

……と、ここで一回止まります。

調べることが多すぎて、そのままやらない。
これ、何度も経験しました。
経験しすぎました。

でも今は違います。

今は、
「検索→動画→口コミ→無料体験」

以上です。
拍子抜けするほど短い。

思いついた瞬間に検索すると、
始め方、必要な道具、向いてない理由まで全部出てくる。
親切すぎて、逆に怖い。

しかも動画付き。

もう「想像できないから不安」という言い訳が成立しません。

その結果どうなるか。

思いついたら、その日のうちに入口まで行ってしまう。

気づいたら無料体験を予約している。

「いつかやろう」は、
検索ボタンを押した瞬間に消えました。

文明の進化、恐るべしです。

それでも始められない人へ

「時間がない」
「続かなそう」
「向いてなかったら嫌だ」

そう思ってしまう人は多いようです。

新しいことを前にして不安になるのは普通です。
ただし、それで何もしないまま終わるのは、少しだけもったいない。

趣味は失敗しても、評価も下がらないし、人生にも響きません。
数日でやめてもOK。
合わなければ戻ればいい。

残るのは「一度やってみた」という事実だけ。

それで十分です。

趣味は成功するためのものじゃない。
動かなくならないための、軽い一歩です。

最後に

趣味は、生活の“支え”になった

ここまでの話を並べてみると、
どうやら大人が趣味を始めている理由は、とても単純です。

人生を変えたいわけでも、
自分を高めたいわけでもない。

ただ、毎日を
「このままやり過ごすだけ」にしたくないだけ。

仕事と用事と疲労のあいだに、
ほんの少しだけ、自分の感覚が戻ってくる時間が欲しい。

その役目を、いまは趣味が引き受けています。

だから別に、
立派な目標も、継続の覚悟もいりません。

気になったら触る。
違ったらやめる。
それで終わり。

もし今日、
スマホを閉じる前に
「これ、ちょっと気になるな」と思うものが浮かんだら、

それを調べて終わってもいいし、
五分だけ触ってみてもいい。

大事なのは結果じゃありません。

何も起こらない日を、何もせずに終わらせないこと。

この文章を閉じたあと、
あなたの一日が
ほんの少しだけ動けば、それで十分です。

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、小噺を発信しています。
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