レトロブームが終わらない本当の理由──昭和も平成も、いつだって“いまが一番エモい”
はじめに

街を歩けば、だいたいレトロに当たります。
純喫茶のクリームソーダ、フィルムカメラ、レコードショップの長蛇の列。
気づけばSNSのタイムラインも
「昭和レトロ」
「平成レトロ」
「Y2K」
だらけ。
「いやいや、令和どこ行った?」
……とツッコミたくなるくらい、過去のものたちが元気です。

しかも面白いのは、このブームを支えているのが「昔を懐かしむ大人」だけじゃなく、
Z世代の7割がレトロゲームに注目していると言われていること。
“そもそも当時を知らない若者”だというのに……。
なぜ「レトロブーム」は、こんなにも長く、しぶとく、終わらないのか。
昭和・平成・令和をまたぎながら、その正体を考えていきます。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
またこの記事は2025年11月執筆時の情報で作成されています。
いま起きているレトロブームの「輪郭」

まずはざっくり、現在地の確認から。
- 純喫茶や「昭和レトロ」な喫茶店がSNSでバズる
- フィルムカメラや「写ルンです」が若者のマストアイテム化
- Y2K(2000年代)ファッションや平成ギャルのリバイバル
- レトロゲームやアーケードゲームに行列ができる
- シティポップが海外から“逆輸入”的に再評価される
レトロと一口に言っても、
「昭和レトロ(50〜80年代)」と「平成レトロ(90〜00年代)」が同時進行しているのが今の特徴です。
昭和レトロは、木目調・オレンジ色の照明・分厚いガラスのコップ。
平成レトロは、ルーズソックス・ガラケー・たまごっち・VHSっぽいザラつき動画。
アナログの温かさと、ちょっとチープなサイバー感。
この二つがごちゃ混ぜになって、「レトロ=なんかエモい」として消費されています。

しかも、Z世代のレトロ好きが面白くて、
「懐かしい」ではなく
「新しい」
「発掘した感」
で楽しんでいるんですよね。
親世代が「なつかし〜!」と言っている横で、
子ども世代は
「逆に新しくない?」
「このダサさが良い」
と言って写真を撮っている。
同じ喫茶店のソファで、まったく違う感情が同居しているわけです。
音楽とモノが教えてくれる「レトロのしぶとさ」

レトロブームのしぶとさを一番わかりやすく見せてくれるのが、音楽とモノの世界です。
レコードはなぜ“絶滅”しないのか

世界の音楽市場では、ストリーミングが売上の約2/3を占める一方で、
アナログレコードは9年連続で売上増加という数字が出ています。
デジタル最強の時代に、なぜそんなに盤を回したいのか。
理由はいくつかあって、
- 音質や「アルバム1枚をちゃんと聴く」という体験価値
- ジャケットを含めた「モノとしての所有欲」
- レコード屋を巡る「カルチャー体験」
など、単なる再生手段以上の意味を持っているから。
「Spotify」で便利に聴きつつ、
「本当に好きなものはレコードで持っておきたい」という二層構造になっているわけですね。
つまり現代人は、
日常用:ストリーミング
ごちそう用:アナログ
という贅沢な二刀流をしている。
そりゃレトロも簡単には終わりません。
フィルムカメラも「不便だからいい」

同じ構図はカメラにもあります。
- スマホ → いつでも撮れる・すぐシェアできる
- フィルム → 枚数制限・現像するまで見られない・でも“エモい”
合理性だけで考えたらスマホ一択ですが、
「1枚1枚を大事に切る感じが良い」
「仕上がるまでの時間も含めて楽しい」
という
“不便さごと体験”として買っているのがフィルムカメラ。
便利さの世界が行きつくところまで行くと、
なぜか人は「不便でも愛せるもの」に戻っていく。
レトロブームは、デジタル社会の副作用としての癒やしでもあるんです。
レトロゲームと電気街は「タイムスリップ観光地」

次に、レトロゲームの話。
世界のゲーム市場は、2023年時点で約30兆円規模。
そのほとんどは最新ゲームやスマホゲームですが、
その片隅で、レトロゲームやアーケードゲームがじわじわ人気を伸ばしています。
秋葉原・大須・日本橋などの電気街では、
レトロゲーム店やゲームセンターに外国人観光客がぎゅうぎゅう。
「昔やってた〇〇を探しに来ました!」という大人と、
「歴史を学びにきました(違う)」というZ世代が、
同じ棚の前でスーパーファミコンのソフトを手に取っている光景はもはや日常です。

ここで大事なのは、
- レトロゲームが「思い出の回収現場」であると同時に
- 「観光コンテンツ」「推し活の場」になっている
ということ。
つまり、レトロゲーム屋は
ゲーム好きの聖地であり、タイムスリップ観光地でもあるわけです。
“懐かしさ”だけでなく、
“ここで写真を撮ってSNSにあげたい”というモチベーションも加わることで、
ビジネスとしても継続しやすくなっています。
ファッションとお菓子から見る「レトロの再解釈」

レトロは、単に昔のものをそのままコピーしているわけではありません。
ハイブランドもY2Kに回帰中

ラグジュアリーブランドも2000年代のヒットアイテムを次々と復刻・アップデートしています。
- ロゴがドーンと入ったTシャツ
- キラキラのバッグ
- どこかチープでポップな配色
一度「ダサい」と切り捨てられたものたちが、
今度は
「逆にイケてる」
「皮肉っぽくて良い」
として返り咲く。
つまりファッション界は、
黒歴史をも回収してコンテンツ化するプロなんです。
スナック菓子も“あの頃パッケージ”で再ヒット

お菓子や飲料でも、90年代風パッケージや味の復刻が各国で増えています。
- 90年代に子どもだったミレニアル世代には「ドンピシャの懐かしさ」
- 当時を知らないZ世代には「レトロ可愛いデザイン」として新鮮
同じ商品を、
世代によってぜんぜん違う理由で好きになってくれるわけです。
企業からすれば、
- 既に知られているブランド資産がある
- 「昔から愛されている」という安心感がある
- SNSで「懐かし〜」「逆に新しい」と二重に拡散される
という、ほぼチート級のマーケティング素材。
つまり企業にとってレトロは、
「出せばそこそこ売れる安心メニュー」みたいな存在。
だから何度でも出したくなるんです。
人はなぜ、そんなに「懐かしさ」が好きなのか

ここで、ちょっとだけ心理の話を。
ノスタルジアは“心の安全装置”

ノスタルジアマーケティングの専門家は、
ノスタルジアをこう説明しています。
過去のポジティブな記憶を呼び起こし、
不安な今を生きる人に「安心」と「一体感」を与えるもの
ポイントは、「過去そのもの」よりも
“過去をどう記憶しているか”が大事だということ。
現実の昭和が実際にどれだけ大変だったかはさておき、
私たちが覚えているのは
- 学校帰りの駄菓子屋
- 家族で見たテレビの光景
- 夏休みに親戚の家で遊んだファミコン
など、“フィルターのかかった思い出”です。
不安定な令和を生きるうえで、
こうした「安全に美化された過去」は、
ちょっとした心のセーフルームになってくれます。
Z世代のノスタルジアは「歴史的ノスタルジア」

とはいえ、Z世代は昭和も90年代もリアルタイムでは知りません。
それなのになぜ、昭和レトロの喫茶店で
「エモすぎ」
「ここに住みたい」
などと言っているのか。
ここで働いているのが、
“歴史的ノスタルジア”と呼ばれる感覚です。
- 親やメディアから聞いた話
- YouTubeやSNSで見た昔の映像・写真
- シティポップや古いCM、ドラマの断片
こうした“他人の記憶のアーカイブ”を大量に浴びた結果、
「自分は体験していないのに、なぜか懐かしい」という不思議な感覚が生まれます。
つまり現代のレトロブームは、
親世代の「個人的ノスタルジア」
× 子世代の「歴史的ノスタルジア」
が合体した、ハイブリッドノスタルジア状態なんです。

構造的に「レトロブームが終わらない」5つの理由

ここまでの話を、いったん整理してみます。
なぜレトロブームは終わらないのか?
その理由は、ざっくり言うとこの5つ。
① 懐かしさは20〜30年周期で必ず“旬”が回ってくる

80s → 90s → 00s → 10s…と、
「ちょうどよく忘れかけた頃」に、その時代が“レトロ”として返ってくるサイクルがあります。
つまり、誰かの青春は、
必ず次の世代にとっての「レトロ資源」になる。
これ、冷静に考えるとすごくて、
レトロブーム自体が“自動更新システム”付きなんですよね。
終わるほうが難しい。
② デジタル社会が進めば進むほど、アナログが恋しくなる

- 仕事も趣味も人間関係も、ほぼスマホの中
- 24時間、通知とタイムラインに追いかけ回される毎日
そんな中で、
- 触れるモノ
- 行かなきゃ体験できない場所
- すぐには結果がわからない不便さ
は、「面倒くさいけど、だからこそ愛おしい」存在になります。
デジタルの海で疲れた人にとって、
レトロはちょっとした“陸地”のようなものなのかもしれません。
③ 世代をまたいで同じコンテンツを楽しめる

レトロの強みは、とにかく客層が広いこと。
- 中高年 → 自分の青春として懐かしむ
- 20〜30代 → ほんのり覚えているので「エモい」
- Z世代 → 歴史的ノスタルジアとして「新しい文化」として消費
1コンテンツで三世代集客できる。
テーマパークより効率がいいかもしれません。
④ SNSとレトロの相性が良すぎる

レトロな喫茶店、フィルム写真、古いパッケージ、レコードのジャケット。
これらはすべて、
「一枚の写真で世界観が伝わる」ビジュアルコンテンツです。
つまり、SNS時代の条件を完璧に満たしている。
- 写真映えする
- 物語性がある
- ハッシュタグをつけやすい(#昭和レトロ #平成レトロ #Y2Ketc…)
きっとレトロは、
“デジタルで拡散されるアナログ文化”として、これからも消費され続けるでしょう。
⑤ 企業がレトロを手放す理由がない

最後にビジネス視点。
企業にとってレトロは、
- すでに好かれているブランド資産
- ちょっと変えるだけで「新商品」として出せる
- 失敗しにくい(最低でも「懐かしい」はもらえる)
という、かなりおいしいカードです。
しかも、ノスタルジアマーケティングの成功事例がどんどん蓄積されているので、
「じゃあうちもやってみるか」と真似しやすい。
つまり、
企業側にも「レトロを使い続けるインセンティブ」がたっぷりあるんですね。
最後に

それでも世界は、レトロの上に進んでいく
ここまで読むと、
「なるほど、レトロブームは永遠に終わらないってことね?」
と思われるかもしれません。
でも、ちょっとだけ訂正すると──
終わらないのは「レトロブーム」ではなく、「誰かにとっての過去が、常に最前線に復帰し続ける」という現象です。

今日あなたが撮ったスマホ写真も、
数十年後にはきっと「令和レトロ」として愛でられます。
今は「なんでもない日常」でも、
未来の誰かにとってはこんな時代もあったなという「エモすぎるアーカイブ」になるかもしれません。
そう考えると、
レトロって過去の話じゃなくて、
“未来の誰かに向けて、今を保存しておく行為”なのかもしれません。
レコードを買うのも、フィルムで撮るのも、
純喫茶でナポリタンをすすりながら写真を撮るのも。
全部ひっくるめて、
僕たちは「いま」を、ちゃんと“レトロ化”して残そうとしています。
レトロブームが終わらない理由を一言でまとめるなら、こうです。
人はいつだって、自分の時間を愛したい生き物だから。

昭和も、平成も、令和も。
どの時代も、誰かにとっての“いちばんエモい瞬間”でできている。
その積み重ねが、これからのレトロを作っていきます。
もしかしたら、いつか「2020年代レトロ」がブームになる日が来るはず。
そのとき、あなたのクローゼットやカメラロールから、
次の世代にバズる“お宝”が発掘されるかもしれません。
……というわけで、
今日のコーデも、カフェも、ゲームも、
未来の誰かに見られても恥ずかしくないように、
ちょっとだけ“エモさ”を足しておきませんか。
あなたの「いま」は、もうすでに、誰かの“レトロ予備軍”なのですから。

