真剣に考えすぎるのをやめた時に、最高の仕事が生まれる理由――頑張っているのに、うまくいかないのはなぜ?
はじめに

考えすぎて、何が正解か分からなくなる
スマホでメッセージを書いています。
相手に失礼のないように、言葉を選びます。
一度書き終えて、読み返します。
「ちょっと冷たい言い方かな?」
少し柔らかい表現に直します。
でも、今度は妙によそよそしい気がします。
「いや、これも違うな……」
書いては消して、また書き直す。
気づけば、たった数行の文章に何分もかけています。
とうとう面倒になって、スマホを置きました。
しばらくして、もう一度読み返すと、
「……最初の文章で良かったんじゃない?」
丁寧に考えていたはずなのに、考えるほど何が良いのか分からなくなっていました。
良い文章にしようとして、かえって迷ってしまう。
なぜ人は、真剣に考えすぎると、うまくできなくなることがあるのでしょうか?
※本記事は筆者個人の感想をもとに制作されているため、正確ではない情報の可能性があります。また、本文中の人物名については、文章を読みやすくするため敬称を省略しています。
頭の良い人ほど、失敗した?

人前で説明するとき、練習では言えたことが、本番になると急に出てこなくなることがあります。
「絶対に失敗できない」
そう思った途端、次に何を話すのか分からなくなる。
2005年。
心理学者サイアン・ベイロックらは、プレッシャーが数学の成績に与える影響を調べました。
参加者には、普通に問題を解く場合と、プレッシャーがかかる場合を用意します。
注目したのは、途中の数字などを一時的に覚えながら考える「ワーキングメモリ」という能力です。
複雑な計算では、この能力が高い人ほど有利になります。
ところが、能力の高い人ほど、プレッシャーによって成績を大きく落とす場合があったのです。
能力が高いのに、なぜ失敗したのでしょうか?
頭の中が、不安でいっぱいになる

例えば、暗算をしているとします。
途中の数字を覚えながら、次の計算を進めています。
そこで、
「間違えたらどうしよう」
という考えが浮かんだらどうでしょう。
計算だけでなく、失敗する可能性まで気になってしまいます。
研究者たちは、こうした不安が、計算に使うワーキングメモリを奪うと考えました。
頭の中で、計算と心配事が場所を取り合っていたのです。
大事な場面ほど失敗が気になるのは自然なことです。
ただ、失敗しないことばかり考えていると、肝心の作業に集中できなくなる場合があります。
「絶対に失敗しないぞ」と意気込んだ結果、いつもの力が出せなくなる。
真剣になることにも、少し厄介な一面があるようです。
難問を解く前に、コメディ映画を見せた

考え事をしているとき、友人との雑談で笑った後に、急に別の考えが浮かぶことはないでしょうか。
楽しい気分になることは、アイデアの出やすさにも関係するのでしょうか。
1987年。
心理学者アリス・アイゼンらは、気分と創造的な問題解決の関係を調べました。
参加者には、短いコメディ映画を見せます。
別の実験では、小さなお菓子を渡す方法も使われました。
どちらも、楽しい気分になってもらうためです。
その後、創造的な問題を解いてもらい、比較条件の参加者と成績を比べました。
楽しい気分になった人の方が、普段とは違う解決方法を思いつきやすくなるのでしょうか?
実験には「ろうそく問題」という課題が使われました。
箱は、物を入れるためだけにある?

机の上には、ろうそく、マッチ、画びょうの入った箱があります。
課題は、ろうが下に垂れないよう、ろうそくを壁に取り付けることです。
ろうそくを直接壁に固定しようとしても、うまくいきません。
そこで、箱から画びょうを取り出します。
空になった箱を壁に固定し、その上にろうそくを立てれば完成です。
箱を「入れ物」ではなく、「台」として使えばよかったのです。
例えば、家の中でスマホを立てかけたいとき。
専用のスタンドがなくても、本や箱で代用できることがあります。
普段とは違う使い方を思いつけば、意外と簡単に解決するものです。
ろうそく問題でも、箱の使い方を変える発想が必要でした。
笑っていた人の方が、答えを見つけた

実験では、コメディ映画などで楽しい気分になった参加者が、創造的な問題で良い成績を示しました。
研究者たちは、ポジティブな気分が柔軟な発想を助ける可能性を示しました。
例えば、家族や友人と何かを計画しているとき。
一人で考えていたときには思いつかなかった案が、楽しく話しているうちに浮かぶことがあります。
もちろん、笑えば何でも解決するわけではありません。
それでも、難しい問題ほど、真剣に考え込むことだけが正解とは限らないのです。
行き詰まったら、少し気分を変えてみる。
考え方を変えるきっかけになるかもしれません。
ノーベル賞物理学者は、皿で遊んでいた

好きだったことが、いつの間にか義務のように感じられる。
そんな経験はないでしょうか?
例えば、趣味で始めたイラスト。
最初は描くこと自体が楽しかったのに、上達や評価ばかり気にするようになると、描くことが苦しくなってしまう。
物理学者リチャード・ファインマンにも、研究を楽しめなくなった時期がありました。
1940年代後半、重要な成果を出そうと考える一方で、研究への意欲を失っていたのです。
そんなある日、大学の食堂で誰かが皿を空中へ投げました。
クルクル回りながら、ぐらぐら揺れる皿。
その動きが気になったファインマンは、回転と揺れの関係を計算し始めます。
同僚のハンス・ベーテは、何のために調べているのかと尋ねました。
しかし、特別な目的はありません。
ただ、面白かったのです。
役に立たない研究が、研究意欲を取り戻した

ファインマンは、皿の回転を調べるうちに、物理学を楽しむ感覚を取り戻しました。
その後、電子の運動などについても考えるようになり、量子電磁力学の研究を進めていきます。
1965年には、ノーベル物理学賞を受賞しました。
もちろん、皿の計算だけで受賞したわけではありません。
彼が取り戻したのは、研究そのものを面白がる気持ちでした。
例えば、好きな料理を作っているとき。
誰かの評価を気にせず、材料や味付けを試している時間が、一番楽しいこともあります。
ファインマンも、成果になるかどうかを気にせず、興味を持ったことを調べていました。
役に立つかどうかを考えなくなったことで、研究すること自体が再び楽しくなったのです。
座って悩むより、歩いた方がいい?

机で考えても思いつかなかったことが、散歩中や買い物の途中で急に浮かぶ。
そんな経験はないでしょうか?
2014年。
スタンフォード大学の研究者たちは、歩くことでアイデアの出やすさが変わるのかを調べました。
参加者には、身近な物の新しい使い道を考えてもらいます。
例えば、ボタンを服に付ける以外に、どんな使い方ができるかという課題です。
座って考える場合と、歩きながら考える場合を比較しました。
すると、歩いているときの方が、多様なアイデアを考えやすくなる傾向が見られました。
しかも、自然の中を散歩する必要はありません。
室内のランニングマシンでも効果が確認されたのです。
アイデアが出ないとき、ずっと机に向かっている必要はないのかもしれません。
ただし、歩けば何でも解けるわけではない

研究者たちは、アイデアをたくさん出す問題だけでなく、一つの正解を見つける問題でも歩く効果を調べました。
例えば、複数の言葉に共通してつながる言葉を一つ見つける課題です。
ところが、こちらでは歩いても成績は良くなりませんでした。
歩くことが役立ったのは、主に自由にアイデアを広げる場面だったのです。
例えば、休日に何をするか考えるなら、散歩しながら候補を思いつくままに挙げるのもよさそうです。
しかし、行き先の予算や移動時間を比べるなら、座って確認した方が便利かもしれません。
新しい案を出すときと、その中から答えを選ぶときでは、適した方法が違います。
大切なのは、ただ歩くことではなく、何を考えたいのかに合わせて方法を変えることなのです。
最後に

頑張ることが、目的になっていないか?
何かがうまくいかないとき、僕たちはつい、もっと頑張ろうとします。
文章を何度も書き直す。
予定を細かく立て直す。
納得できるまで考え続ける。
それでも結果が出ないと、まだ努力が足りないと思ってしまいます。
でも、そこで一つ考えたいことがあります。
今やっていることは、本当に結果を良くしているのでしょうか?
メッセージを何度も書き直しても、相手に気持ちが伝わりやすくなるとは限りません。
考える時間を増やしても、良いアイデアが生まれるとは限りません。
行き詰まったら、いったん手を止めてみる。
それも、物事を良くするための選択です。
努力した時間より、その努力が本当に役立っているかを考える。
良い結果を出すためには、そのくらいの余裕があってもよいのかもしれません。

