日常のふしぎ
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なぜイルカは家畜にならなかったのか? 賢くて人になつくのに飼われない理由

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

海軍にはいるのに、牧場にはいない不思議

水族館のプールで、トレーナーが片手を上げます。

「ジャンプ!」

イルカは水面から飛び出し、輪をくぐります。

「よくできました」

魚を一匹もらうと、今度は尾びれで水面をたたきます。

場所を海へ移しても、イルカの仕事は変わりません。

ブラジルでは漁師と一緒に魚を追い込みます。
アメリカ海軍では、海中に沈んだ機雷を探します。

人間の合図を覚えられる。
複雑な仕事もできる。
魚だけでなく、イカや甲殻類も食べる。

そして、食用にされた歴史もあります。

それなら、牛や豚と同じように飼い、繁殖させることもできそうです。

ところが、世界のどこを探しても、牛が並ぶ牧場はあっても、イルカが並ぶ牧場は見つかりません。

「これほど賢いのに、なぜ飼わないんだ?」

答えは、イルカの能力ではなく、人間側の都合にありました。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

飼いならせても、家畜とは限らない

水族館のイルカが、笛の音を聞いて戻ってきます。

「人の言うことを聞くなら、もう家畜では?」

そう思いたくなります。

けれど、人に慣れた動物と家畜は、同じではありません。

野生のオオカミを一頭捕まえ、人に慣れさせたとしても、その一頭が犬になるわけではありません。

家畜化には、何世代もの繁殖が必要になるのです。

人間がおとなしい個体を残す。
育てやすい個体を残す。
よく増える個体を残す。

その選択を世代ごとに繰り返し、動物の性質そのものが変わっていきます。

「このイルカは、とてもおとなしい」

「では、その子どもも育てよう」

「次は、その子どもの子どもだ」

ここまで続けて、ようやく家畜化が始まります。

イルカは訓練できます。
飼育下で繁殖した例もあります。

しかし、長い年月をかけて人間が繁殖を管理し、野生とは異なる集団を作るところまでは進みませんでした。

イルカは飼いならせます。

問題は、その先にあるのです。

イルカ肉一キロのために、魚を何キロ使うのか?

牛は草を食べる

農家が牛を眺めています。

牛は地面の草をむしり、ゆっくりとかみ続けています。

「人間は、その草を食べない」

「でも牛は食べられる」

牛や羊の強みは、人間がそのまま利用しにくい草を、肉や乳へ変えられることです。

山羊は低木の葉を食べます。
豚は残飯や木の実を食べます。
鶏は穀物や虫を食べ、卵を産みます。

家畜は、人間にとって価値の低い餌を、価値の高い食料へ変えてきました。

イルカは魚を食べる

一方、イルカの餌箱には魚が入っています。

「今日の餌です」

「その魚、人間も食べられますよね?」

ハンドウイルカは、魚やイカ、甲殻類などを食べる捕食者です。

イルカを肉用に育てるなら、人間が食べられる魚を毎日与え、何年も太らせることになります。

そして最後に得られるのは、与えた魚より少ないイルカ肉です。

正確な量は、イルカの種類、年齢、水温、運動量によって変わります。

それでも、食べた魚がすべて体の成長に使われるわけではありません。

毎日泳ぎ続けるためにも、体温を保つためにも、多くのエネルギーが必要です。
心臓を動かし、呼吸し、餌を消化するだけでも、食べた魚の一部は使われていきます。

そのため、大量の魚を与えても、その重さがそのままイルカ肉として増えるわけではありません。

漁師が餌の山を見て、首をかしげます。

「この魚をイルカに食べさせて、そのイルカを食べるのか?」

隣の漁師が魚を一匹持ち上げます。

「最初から、こっちを食べよう」

イルカは、人間が食べられないものを食料へ変えてくれる動物ではありません。

人間と同じ魚を取り合う動物です。

牧場が作られなかった最大の理由は、ここにあるのではないでしょうか?

十年育てて、子どもは一頭

飼育員が、若いイルカを見ています。

「この子は、いつ子どもを産むんですか?」

「まだ先です。大人になるまで何年もかかります」

ハンドウイルカが繁殖できるようになる年齢は、個体によって異なります。

早くても数年。
遅い個体では、十年以上かかります。

ようやく大人になっても、一度に生まれる子どもは、ほとんどの場合一頭です。

妊娠期間は約一年。

その後も母親は、長い時間をかけて子どもを育てます。

子どもは母親のそばを泳ぎながら、餌の捕り方や群れでの暮らし方を覚えます。

「次の子は、いつ生まれるんですか?」

「早くても数年後です」

出産から次の出産まで、三年から六年ほど空くこともあります。

豚は一度に何頭もの子を産みます。
鶏は何度も卵を産みます。
イルカは、何年も育てて、ようやく一頭です。

人に従順なイルカだけを選んで増やそうとしても、次の世代がそろうまで長い時間がかかります。

家畜として増やすには、あまりにもゆっくり過ぎるのです。

柵の向こうが、そのまま大海原

牛の柵

牧場では、牛たちが柵の中で草を食べています。

外へ出られるのは、農家が門を開けたときだけです。

「この雄牛と、この雌牛を同じ場所へ入れよう」

農家は牛を分けることで、どの牛を繁殖させるか選べます。

子牛が生まれても、柵の外へ逃げてしまうことはありません。

親と一緒に育て、そのまま牧場の群れへ加えられます。

柵があるからこそ、人間は同じ動物を何世代も育て続けられるのです。

イルカの柵

牛なら、柵と門があれば群れを囲えます。

しかし、イルカを飼う場所は海です。

海に杭を立てる。
大きな網を張る。
波や潮の流れに耐えられるようにする。
嵐が来ても壊れないようにする。

それだけでも、簡単な仕事ではありません。

古代の漁師が入り江を見渡します。

「ここを全部、囲うのか?」

「網が破れたら、どうする?」

答えは一つです。

イルカは、そのまま海へ戻ってしまいます。

家畜化するには、一頭を捕まえるだけでは足りません。
雄と雌を何年も飼い、子どもを産ませ、その子どもも逃がさず育てる必要があります。

さらに、その次の世代まで残さなければなりません。

牛なら、柵の中で続けられます。
イルカの場合は、海の一部を何十年も囲い続けなければなりません。

現代でも、大きな水槽や海上施設の維持には多くの費用がかかります。
まして数千年前の人間には、イルカの群れを何世代も管理できる設備はありませんでした。

捕まえることはできても、家畜として増やし続けることができなかったのです。

飼うくらいなら、海で捕ればよかった

海辺の村へ、漁船が戻ってきます。

船の上には魚と一緒に、小型の鯨類も載っています。

「これを牧場で育てられないか?」

「何年かかる?」

「十年ほど」

「餌は?」

「毎日、魚だ」

漁師はしばらく考えます。

「海で捕ったほうが早いな」

イルカや小型の鯨類は、地域によって食用にされてきました。

肉が利用され、油が取られることもありました。

それでも、肉を得るために飼育する習慣は広がりませんでした

欲しいときに野生の個体を捕まえられるなら、海を囲い、大量の魚を与え、何年も繁殖を待つ必要がありません。

牛や豚が家畜になったのは、野生動物を毎回探して捕まえるより、近くで増やしたほうが便利だったからです。

イルカでは、その計算が逆になります。

捕るのも難しい。
しかし飼うのは、もっと難しい。

人間はイルカを食べられなかったわけではありません。

食べるだけなら、家畜にする必要がなかったのです。

家畜ではなく、漁師の同僚になった

ブラジル南部の町、ラグーナ。

浅瀬に漁師たちが並び、投網を構えています。

けれど、海は濁っています。

「魚が見えないな」

「どこに網を投げればいい?」

そのとき、沖からイルカが近づいてきます。

イルカは水中でボラの群れを見つけ、岸へ追い込みます。

魚の群れが漁師の前まで来ると、イルカが急に深く潜ります。

「今だ!」

漁師たちは、その動きを合図に網を投げます。

「それっ!」

広がった網が、魚の群れを包みます。

驚いた魚は、網の外へ逃げようとして散らばります。

その魚を、今度はイルカが捕まえます。

「人間が魚を捕る」

「イルカも魚を捕る」

どちらか一方だけが得をしているわけではありません。

漁師は、濁った水の中にいる魚を見つけてもらえます。
イルカは、網で散らばった魚を捕まえやすくなります。

漁師たちは、背びれの形や傷を見て、イルカを一頭ずつ見分けています。

「あのイルカが来たぞ」

「今日はよく魚を追い込んでくれるな」

イルカに首輪はありません。
誰かに飼われているわけでもありません。
仕事が終われば、そのまま沖へ帰っていきます。

それでもこの漁は、少なくとも百年以上にわたって続いてきました。

年長の漁師が、若い漁師へ合図の見方を教えます。

親イルカも、子イルカと一緒に魚を追います。

人間もイルカも、それぞれのやり方を次の世代へ伝えてきました。

イルカは家畜にはなりませんでした。
その代わり、野生のまま漁師の仕事仲間になったのです。

最後に

もし昔の人が、イルカ牧場を作ろうとしたらどうなったでしょうか?

海を囲い、魚を運び、何年も育てる。

ようやく子どもが生まれても、一頭だけ。

その子が大人になるころには、さらに長い年月が過ぎています。

農夫は空になった魚籠を見て、ため息をつくでしょう。

「ずいぶん食べたな」

漁師が海を指さします。

「それで、あいつは何をしてくれるんだ?」

イルカは賢い動物です。

人の合図を覚え、複雑な仕事もこなせます。

けれど、家畜に必要だったのは、賢さや愛らしさだけではありませんでした。

少ない餌で増えること。
逃げないこと。
生きている間にも、乳や卵、毛や力を返してくれること。

イルカは、そのどれにも向いていません。

海軍に入れるほど優秀でも、牧場では採算が合わなかったのです。

牛や豚が家畜になった陰には、人間と動物の長い付き合いがあります。

しかし、その始まりにあったのは友情ではなく、かなり現実的な計算でした。

イルカが家畜にならなかった理由も、最後はそこへ戻ります。

人間はイルカの賢さを認めました。

ただし、魚を食べさせながら何世代も飼うほど、高くは評価しなかったのです。

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佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、無駄雑学などの小噺を発信しています。
どうぞ、ふらりと覗いてみてください。
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