貯金箱はなぜ豚なのか?かわいい姿に隠された「生きた貯金」の歴史
はじめに

なぜリスではなく豚なのか?
机の上に、豚の貯金箱があります。
丸い体。
短い脚。
背中には、硬貨を入れる細い穴。
十円玉を一枚入れます。
「チャリン♪」
硬貨は丸い腹の中へ消えていきました。
見慣れた光景ですが、考えてみると少し妙です。
お金をためる動物なら、ほかにも候補がいそうです。
リスは木の実を巣へ運びます。
アリも食料を少しずつ集めます。
「貯金箱なら、リスのほうが自然じゃない?」
そう思っても不思議ではありません。
ところが、世界中で親しまれてきたのは豚の貯金箱でした。

豚は木の実を隠しません。
硬貨を集める習性もありません。
それでも昔の農家にとって、豚はお金をためることによく似た動物でした。
背中から一枚ずつ硬貨を入れる現在の貯金箱には、豚を育てながら暮らしていた時代の感覚が残っているのかもしれません。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
最初の貯金箱は豚ではなかった

「昔から、貯金箱は豚だったの?」
答えは違います。
古代の貯金箱には、さまざまな形がありました。
古代ギリシャでは、小さな神殿のような形をした貯金箱が使われていました。
ローマ時代には、壺や人物像の中へ硬貨を入れるものも作られています。
「豚はどこ?」
実はまだ登場しません。
中世ヨーロッパで広く使われたのも、丸い陶器の壺でした。
上には硬貨を入れる細い穴があります。
しかし、底にふたはありません。

「お金を出したいんだけど」
「箱を割ってください」
現在の感覚では、少し乱暴です。
当時の貯金箱は、一度入れた硬貨を簡単に取り出せないように作られていました。
中身が必要になったら、陶器ごと割ります。
つまり、最初の貯金箱に求められていたのは、かわいい姿ではありません。
硬貨を入れられること。
簡単には取り出せないこと。
必要なときには壊せること。
その条件を満たしていれば、神殿でも壺でも人物像でもよかったのです。
豚型貯金箱は、貯金箱の原型ではありません。
長い歴史の途中で選ばれ、いつの間にか代表の席へ座った形でした。
割る貯金箱から開ける貯金箱へ

では、豚の形をした貯金箱は、いつごろ現れたのでしょうか?
現存する古い例の一つは、ヨーロッパではなく、現在のインドネシアにあたるジャワ島で見つかっています。
12世紀以降の遺跡から、豚やイノシシをかたどった陶製の貯金箱が発掘されているのです。
背中には硬貨の投入口があります。
丸い腹の中に、お金がたまります。
「もう豚の形をしている」
「でも、どうやって開けるの?」
開けません。
中身を取り出すときは、陶器ごと割りました。
形は豚になっても、仕組みは昔の壺と同じだったのです。
ヨーロッパでも、18世紀末から19世紀ごろになると、豚型の貯金箱が見られるようになります。
こちらも多くは取り出し口を持っていませんでした。
硬貨を入れる。
豚が重くなる。
満杯になったら割る。
「せっかく育てた豚なのに」
「中身を使うなら仕方がない」
当時の陶製貯金箱は、一度きりの道具でした。
開けるときは、その貯金箱との別れでもあったのです。

この姿が変わっていくのは、20世紀に入ってからです。
陶器だけでなく、ゴムやプラスチックなど、壊れにくい素材でも貯金箱が作られるようになりました。
さらに、豚の底や腹に穴を開け、ゴムや樹脂の栓でふさぐ商品が広まります。
「お金を出したい」
「今度は豚を割らなくても大丈夫」
栓を外せば、硬貨を取り出せます。
数え終わったら、また栓を戻して使えます。
現在のような取り出し口を誰が最初に考えたのか、正確な年は分かっていません。
ただし、1950年代には、腹部の開口部を栓で閉じる豚型貯金箱の特許が確認されています。
取り出し口が付いた背景には、貯金箱の役割の変化がありました。
昔の貯金箱は、大切なお金を簡単に使わせないための容器でした。
一方、豚型貯金箱はしだいに、子どもがお金を入れ、数え、また貯めるための道具としても使われるようになります。
そのたびに壊していたら、新しい貯金箱がいくつあっても足りません。
「開けにくいこと」
よりも、
「繰り返し使えること」
が求められるようになったのです。
貯金箱は長い時間をかけて、
壊さなければ開かない陶器の壺から、
何度でも開けられる豚へ変わりました。
ただし、誰でも自由に開けられる貯金箱ばかりになったわけではありません。
同じころ(もしくは少し前)の銀行は、まったく別の方法で、人々のお金を取り出しにくくしていました。
鍵を持っていたのは銀行だった

家庭で使われる貯金箱が、まだ陶器ごと割って開けられていた時代。
銀行では、容器を壊さずに何度も使える、別の貯金箱が考えられていました。
19世紀末から20世紀初めごろ、銀行は家庭向けに小さな金属製の貯金箱を貸し出します。
見た目は頑丈な箱です。
硬貨を入れる穴があります。
鍵穴もあります。
銀行員が箱を渡します。
「少しずつ貯金してください」
「分かりました」
利用者が箱を受け取ります。
そこで一つ、気になることがあります。
「鍵は?」
「銀行で預かります」
鍵は渡されません。
硬貨は自由に入れられます。
しかし、自分では開けられません。
夜になって、
「少しだけ使おうかな?」
と思っても開きません。
箱を振れば音はします。
「チャラチャラ」
けれど、中身には手が届きません。

ある程度たまったら、箱を銀行へ持っていきます。
銀行員が専用の鍵で開けます。
「貯まりましたね」
硬貨を数え、そのまま口座へ入金します。
地域によっては、銀行員が家庭を回り、貯金箱を回収することもありました。
かなり物理的な貯蓄方法です。
「使わないように我慢してください」
と注意する代わりに、
「そもそも開かない箱を渡そう」
と考えたわけです。
現在なら、アプリで自動的に積み立てたり、給料から一定額を別口座へ移したりできます。
当時の銀行が用意したのは、鍵を渡さない金属の箱でした。
仕組みは単純です。
しかし、財布の近くにお金があると使ってしまう人には、かなり効果があったのではないでしょうか?
豚型ではありませんが、
「入れるのは簡単。出すのは難しい」
という貯金箱の古い考え方は、ここにもしっかり残っていました。
豚は農家の生きた貯金だった⁉

昔の農家で、子豚が餌を食べています。
「今日の残り物だよ」
「ブーブー」
豚は人が食べなかった野菜くずや穀物、台所から出た残り物も食べました。
高価な餌を大量に用意しなくても、少しずつ育てることができます。
最初は小さかった子豚も、時間がたてば体が大きくなります。
肉が増えます。
脂が増えます。
市場へ連れていけば、売ることもできます。
「今すぐお金にはならないの?」
「大きくなるまで待とう」
豚に与えた餌は、その場では戻ってきません。
しかし、豚の体の中で少しずつ価値へ変わっていきます。
これは貯金とよく似ています。
十円玉を一枚入れても、すぐに暮らしが豊かになるわけではありません。
二枚。
三枚。
また一枚。
小さな積み重ねが、時間とともに大きな金額になります。

豚も同じです。
残り物を食べる。
少し太る。
翌日も食べる。
また少し太る。
農家にとって豚は、食べ物を将来の財産へ変えてくれる存在でした。
銀行口座へ数字をためるのではありません。
納屋の中で鳴き、歩き、餌をねだる貯金です。
「うちには貯金がある」
そう言いながら指さした先に、丸々と太った豚がいたとしても、昔なら冗談ではなかったのです。
豚型貯金箱も、硬貨を入れるたびに少しずつ重くなります。
まるで、餌を与えられて太っていく豚のように。
丸い体にお金をためる形は、当時の暮らしを知る人にとって、とても分かりやすかったのでしょう。
豚と貯金箱は同じ冗談にされた

17世紀のイギリスには、ケチな人をからかう少し意地の悪い表現がありました。
「あの人は豚みたいだ」
現在なら、食べ方や体形の話に聞こえます。
しかし、当時は別の意味でも使われました。
豚は生きている間、毎日餌を食べます。
肉や脂として大きな価値をもたらすのは、最後に豚を食用や売買へ回すときです。
そのため、豚について、
「死ぬまで飼い主の役に立たない」
という趣旨の冗談が語られることがありました。
もちろん、実際の豚は子豚を産み、土地を掘り返し、家の財産として役立っています。
それでも、食べてばかりで、最後になるまで価値を渡さない。
そんな見方が冗談になったのです。
同じころ、金をため込む人は陶器の貯金箱にもたとえられました。
「少しくらい貸してくれないか?」
「嫌だ」
「ずいぶん持っているだろう?」
「それでも嫌だ」

貯金箱は硬貨を受け取るばかりです。
十円入れても何も返しません。
百円入れても黙っています。
中身を取り出すには、最後に箱を割らなければなりません。
「入るばかりで、出てこない」
この性質が、ため込んだ金を手放さない人と重ねられました。
豚も、最後になるまで価値を渡さない。
貯金箱も、壊されるまで中身を渡さない。
ケチな人を見た当時の人が、両方を思い浮かべたとしても不思議ではありません。
ただし、この冗談から豚型貯金箱が誕生したと断定できるわけではありません。
それでも、
豚。
金をため込む人。
壊さないと中身が出ない陶器の箱。
この三つが、同じ笑い話の中で近い位置に置かれていたことは分かります。
後に豚の形をした貯金箱が現れても、
「なぜ豚なんだ?」
と首をかしげるより、
「なるほど、よくできている」
と笑った人のほうが多かったのかもしれません。
最後に

昔の農家で、子どもが丸々と太った豚を見上げています。
「この豚、いつ食べるの?」
父親は少し考えて答えます。
「困ったときだ」
豚は毎日、残り物を食べます。
今日与えた餌が、その日のうちに何かを返してくれるわけではありません。
それでも家族は、豚を育てました。
冬が来たとき。
収穫が少なかったとき。
急にお金が必要になったとき。
その丸い体が、家族の暮らしを支えてくれるからです。

机の上の豚にも、硬貨を一枚入れてみます。
「チャリン」
豚は何も言いません。
お礼も言いません。
少し太ったようにも……見えません。
昔の人は、今日余った食べ物を豚に与えました。
僕たちは、今日使わなかった硬貨を豚に入れます。
どちらも、今すぐ使わないものを、必要になる日まで取っておくための行為です。
農家の庭から机の上へ。
貯金箱が豚の形をしているのは、可愛いからだけではなかったのでしょう。
本物の豚が担っていた役目を、小さな陶器の豚が引き継いだ名残なのかもしれません。

