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インカ帝国の黄金はどこへ消えた? 皇帝が払った史上最大級の身代金

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

1532年。

インカ皇帝アタワルパは、スペイン人征服者ピサロに捕らえられました。

閉じ込められた部屋で、皇帝はとんでもない提案をします。

「私を自由にするなら、この部屋を黄金で満たそう」

しかも、少し積む程度ではありません。

自分の手が届く高さまで黄金を入れる。

さらに、

「銀なら、もっと用意できる」

とも約束しました。

普通なら、

「そんな量、本当にあるの?」

と思いますよね。

ところがインカ帝国は、本当に金銀を集め始めます。

そしてここから、500年近く語られる「インカの黄金」の話が始まります。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
 また読みやすさを優先し、本記事では歴史上の人物の敬称を省略しています。

皇帝は本当に「部屋いっぱいの黄金」を払った

アタワルパが捕らえられたのは、現在のペルーにあるカハマルカという町でした。

ここに皇帝が監禁されていると知り、インカ帝国の各地へ命令が伝わります。

「皇帝を助けろ!」

すると、各地からカハマルカへ金銀の品々が運ばれてきました。

金の器。

装飾品。

宗教儀礼に使われていた品。

銀製品。

「部屋いっぱいの黄金なんて、さすがに後世の作り話では?」

そう思いたくなりますが、この身代金についてはスペイン側の同時代記録にも残っています。

つまり、

大量の黄金が皇帝の身代金として集められたこと自体は、ただの財宝伝説ではありません。

では、約束どおり黄金を渡したことで、皇帝は自由になれたのでしょうか?

黄金を払ったのに、皇帝は助からなかった

各地から集められた金銀を見て、スペイン人たちは驚きました。

「本当に、これほどの量を集めたのか」

ところが、多くの金銀製品はそのまま残されませんでした。

金の器も、装飾品も、宗教儀礼に使われていた品も、

次々と溶かされていきます。

インカの人々にとっては、

「これは神聖な儀式に使うものだ」

という品でも、征服者側からすれば、

「金として、どれくらいの価値がある?」

という話です。

そして、身代金が集まったあと。

アタワルパは、

「これで自由になれる」

と思ったかもしれません。

ところが、スペイン人たちは彼を解放しませんでした。

そこには、スペイン人たちのある恐れがありました。

「この皇帝を生かしておいて大丈夫なのか?」

アタワルパは捕虜になっていても、インカの人々にとっては皇帝でした。

スペイン人は少人数。
周囲にはまだインカ側の勢力が残っています。

「皇帝が命令すれば、こちらが襲われるかもしれない」

そんな警戒が強まっていきました。

やがてスペイン側は、アタワルパを裁判にかけます。

反乱を企てたこと。
偶像崇拝を行ったこと。
そして、皇帝の座を争っていた兄ワスカルを死なせたことなど、いくつもの罪を並べて有罪としました。

そして1533年。

アタワルパは処刑されます。

スペイン人は黄金を受け取った。

それでも、

「この皇帝を生かしておけば、自分たちの方が危ない」

という恐れは消えませんでした。

黄金を渡せば自由になれるはずだった皇帝は、結局、自由になることなく命を落とします。

そしてここで、もう一つ気になることが出てきます。

「では、皇帝のもとへ届かなかった黄金はどこへ行ったのか?」

では、残りの黄金はどこへ?

インカ帝国は広大でした。

皇帝が捕まったからといって、その瞬間に帝国中の金銀がすべてスペイン人へ渡ったわけではありません。

そこで後世、こんな話が生まれます。

「皇帝のもとへ運ぶ途中だった黄金があったのでは?」

有名なのが、リャンガナティスの財宝伝説です。

伝説では、アタワルパを救うために黄金を運んでいた人々のもとへ知らせが届きます。

「皇帝が殺された」

すると、

「だったらスペイン人には渡さない」

と、財宝を山中へ隠した――。

さらに、

「ジャングルの奥には、インカの人々が逃げ込んだ秘密の都市がある」

というパイティティ伝説まで生まれました。

ただし現在まで、

「ここに巨大なインカ財宝があります」

と証明された場所は見つかっていません。

本当に隠されたのか?
少しだけ残っていたのか?

それとも、

「あれだけの黄金が全部なくなったなんて信じられない」

という思いから話が大きくなっただけなのか?

答えは今も分かっていません。

最後に

アタワルパが差し出した黄金は、自分の命を救うためのものでした。

しかし、その黄金は皇帝を救うことなく、溶かされ、別の形へ変えられていきました。

それから500年。

今も人々は、失われたインカの黄金を探し続けています。
もちろん、本当に巨大な財宝がどこかに残っている証拠は見つかっていません。

それでも、この話が長く語り継がれているのは、黄金が残っているからではないのかもしれません。

黄金を手に入れようとした人々。
黄金を差し出して命を守ろうとした皇帝。
そして、消えた黄金を探し続ける人々。

一つの財宝をめぐって起きた出来事が、500年後の今も物語として残っています。

インカの黄金伝説とは、見つからない財宝の話であると同時に、黄金に翻弄された人々の記憶なのかもしれません。

おまけの4コマ

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佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、無駄雑学などの小噺を発信しています。
どうぞ、ふらりと覗いてみてください。
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