黄金都市を探して湖の水を抜いた人々――エルドラド伝説の正体
はじめに

南米コロンビアの山中に、グアタビータ湖という丸い湖があります。
16世紀、この湖の岸では、男たちが土を掘り、水路を作ろうとしていました。
「湖の水を外へ流せ」
「底まで見えれば、黄金を拾える」
湖には大量の金が沈んでいる。そんな話を信じた人々が、本当に湖の水を抜こうとしていたのです。
考え方は驚くほど単純でした。
金は水の底にある。邪魔なのは水だけなのだから、それをどければいい。
人々は湖の岸を削り、水位を下げ、露出した湖底の泥を探りました。
やがて黄金は見つかります。
ただし、彼らが期待していたような黄金の山ではなく、泥の中から現れたのは、わずかな小さな金製品でした。
それでも人々は、そこで諦めません。
「これだけではないはずだ」
少しでも黄金が出たことで、湖のさらに奥には莫大な財宝が眠っているという期待が、かえって強くなりました。
こうしてグアタビータ湖の黄金探しは、何世紀にもわたって続いていきます。
けれど、彼らが追い続けたエルドラドは、最初から黄金都市だったわけではありません。
伝説の始まりにいたのは、金粉をまとった一人の男でした。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
黄金都市ではなく「黄金の男」

現在、エルドラドと聞けば、黄金に輝く都市を思い浮かべる人が多いでしょう。
宮殿も神殿も金で飾られ、地下には宝石が眠っている。そんな都市が、南米のどこかに隠されているという伝説です。
ところが、「エル・ドラド」は本来、都市の名前ではありません。
スペイン語で、おおよそ「黄金をまとった者」という意味です。
伝説のもとになったとされるのは、現在のコロンビア高原に暮らしていたムイスカの人々でした。
後世の記録には、新しい族長が即位する際の儀礼が残されています。
族長は身体に樹脂を塗り、その上から金粉をまといました。
家臣たちと筏に乗ってグアタビータ湖の中央へ進み、金製品や宝石を水中へ捧げたといいます。
湖の上に現れる、全身を金色に輝かせた族長。
最初に語られたエルドラドとは、この「黄金の男」のことでした。
ところが、この話を聞いたヨーロッパ人が知りたかったのは、儀礼の意味ではありません。
「その金は、どこから持ってきたのか?」
金粉を全身に塗り、金製品まで湖へ投げられるのなら、近くには大量の黄金があるはずだ。
そう考えたのです。
人々は黄金の男が暮らす土地を探し始めました。
しかし、目的地へ着いても、期待した財宝は見つかりませんでした。
それでも人々は、エルドラドそのものを疑いません。
「場所を間違えたのだ」
「本当の黄金郷は、もっと先にある」
そう考えて、次は別の山や川の向こうを探しました。
見つからないたびに探索する場所だけが変わり、エルドラドは南米のさらに奥へ追いやられていったのです。
語られる内容も、少しずつ大きくなりました。
黄金をまとった族長がいる。
↓
その族長は、金の豊富な土地を治めている。
↓
その土地には、豪華な都市がある。
↓
その都市は、巨大な王国の中心に違いない。
こうして、一人の族長を表していたエルドラドは、黄金の土地へ変わり、やがて黄金都市、さらに巨大な帝国として語られるようになりました。
伝説の中で黄金が増えたのは、現地で新しい財宝が見つかったからではありません。
見つからなかった理由を説明するたびに、話のほうが大きくなっていったのです。
黄金は本当に沈んでいた

エルドラド伝説は、すべてが根拠のない作り話だったわけではありません。
グアタビータ湖には、実際に金製品が捧げられていた可能性があります。
ムイスカの人々にとって、金は貯め込むためだけの財産ではなく、神々や祖先へ捧げる奉納品でもありました。
湖や洞窟、山など、人間の世界とは異なる力につながると考えられた場所へ、金製品を納めていたのです。
彼らは金を捨てたわけでも、誰かに見つからないよう隠したわけでもありません。
捧げるべき相手へ届けたつもりでした。
ところが、ヨーロッパ人には同じ行為がまったく違って見えます。
「金を湖へ投げた?」
「では、まだ底に残っているな」
ムイスカにとって神聖な儀礼だったものが、探検家には埋蔵金の場所を教える話として聞こえました。
実際に湖を探すと、小さな金製品が見つかることもありました。
これが、かえって伝説を終わらせにくくします。
何も出なければ、最初から作り話だったと疑えます。
しかし一つでも黄金が見つかれば、「話は本当だった」と考え、その先にさらに大きな財宝が眠っていると期待してしまいます。
「これだけではないはずだ」
グアタビータ湖に黄金はありました。
ただし、黄金都市の存在を証明するほどの量ではありません。
それでも、わずかに見つかった金製品は伝説を否定する材料にはならず、湖のさらに奥には巨大な財宝があるという期待を強めてしまったのです。
黄金より大きくなった排水工事

湖の底に金があるのなら、水を抜けば拾える。
16世紀、人々はそんな単純な発想から、グアタビータ湖の金銀や宝石を回収する計画を本格的に進めました。
湖の縁を切り崩して水を外へ流し、水位が下がったところで泥の中を探る。計画だけを聞けば、理屈は通っています。
ただし、相手は小さな池ではなく、山の中にできた湖でした。
岸を削れば土が崩れ、水が流れ出すと湖底には深い泥が現れます。
人は足を取られ、乾いた泥は今度は硬く固まり、簡単には掘れなくなりました。
金を探しに来たはずの人々は、いつの間にか水路を掘り、崩れた斜面を直し、泥を運ぶ作業に追われます。
「黄金は出たか?」
「まだです」
「では、もう少し水を抜け」
目的は宝探しですが、目の前で続いているのは大規模な土木工事でした。
しかも、泥の中から小さな金製品が見つかると、作業はいっそうやめにくくなります。
一つ出たのなら、二つ目もある。二つ出たのなら、その下にはさらに多くの黄金が眠っているはずだ。
湖底から現れたわずかな黄金は、探索の成果であると同時に、次の工事へ進む理由にもなりました。
その後もグアタビータ湖では、時代や道具、探す人間を変えながら、何度も財宝探しが繰り返されます。
「今度こそ、湖の底まで調べられる」
そう期待して岸を削り、水を抜き、泥をさらっても、伝説に見合う黄金の山は現れませんでした。
回収できた金製品は、費やした人手や年月に見合う量ではなかったのです。
それでも、途中でやめるのは簡単ではありません。
これだけ苦労したのだから、何もないはずがない。
すでに多くの金と時間を使ったからこそ、ここで諦めれば、すべてが無駄になってしまう。
金を手に入れるために始まった計画は、いつしか、これまで費やした労力を無駄にしないための計画へ変わっていきました。
本物の黄金の筏

エルドラド伝説を象徴する遺物に、「ムイスカの筏」と呼ばれる金製品があります。
長さは約20センチ、幅と高さは約10センチ。
実際に人が乗る筏ではなく、両手のひらに載せられるほどの小さな模型です。
その中央には高位の人物が立ち、周囲を家臣や祭司らしき人々が取り囲んでいます。
小さな作品ですが、人物の立ち位置や装飾は細かく作られており、黄金をまとった族長が湖の中央へ進んで儀礼を行う場面を形にしたように見えます。
この黄金の筏が見つかったのは、1969年でした。
ただし、発見された場所は、何百年も財宝探しが続けられたグアタビータ湖ではありません。
湖から離れたパスカという地域の洞窟でした。
泥だらけの湖底から引き上げられたのでもありません。
陶器の容器に収められた状態で見つかっています。
人々は長いあいだ、グアタビータ湖の岸を削り、水を抜き、湖底の泥を探り続けました。
「今度こそ、伝説の証拠が出る」
そう信じて何度も湖を掘ったものの、エルドラドを象徴する黄金の筏は、まったく別の土地の洞窟から現れたのです。
何百年も探し続けた場所にはなく、探していなかった場所に、小さな陶器の中へ収められていた。
宝探しとしては、ずいぶん意地の悪い結末でした。
最後に

博物館の展示ケースに、黄金の筏が置かれています。
長さは、およそ20センチ。
何百年もの探索を生んだ伝説の象徴は、両手に載せられるほどの大きさです。
筏を見た人が尋ねます。
「これは、グアタビータ湖から見つかったのですか?」
答えは、違います。
人々が岸を削り、水を抜き、泥を掘り返した湖ではなく、遠く離れた洞窟から発見されました。
もちろん、グアタビータ湖からも小さな金製品は見つかっています。
ただし、それは黄金都市の財宝ではなく、ムイスカの人々が儀礼のために捧げた奉納品でした。
ところが、金製品が一つ見つかると、人々は考えます。
「ほかにも沈んでいるはずだ」
もう一つ見つかれば、今度はこう考えます。
「これだけあるなら、もっと多くの黄金が残っているはずだ」
その期待を確かめるために、湖の岸を削り、水を抜き、何度も泥を掘り返しました。
けれど、費やした人手や年月に見合う黄金の山は、最後まで現れませんでした。
ひょっとしたら、エルドラド探しで最も多く集まったものは、黄金ではなく「次こそ見つかる」と信じて湖へ注ぎ込まれた、人間の労力だったのかもしれません。

