未発見ファイル
PR

ゾンビの本当の起源|人を食う怪物ではなく「自由を奪われた人間」だった

佐藤直哉(Naoya sato-)
<景品表示法に基づく表記>当サイトのコンテンツ内には商品プロモーションを含みます。

はじめに

ゾンビは最初から人を襲う怪物だったのか?

「ゾンビ」と聞くと、あなたはどんな姿を思い浮かべるでしょうか?

青白い顔で歩き回る。
人を襲う。
噛まれた人までゾンビになる。
そして気づけば町全体がゾンビだらけになる。

映画やゲームでは、すっかりおなじみの存在です。
ところが、ゾンビの起源をたどると話は少し変わってきます。

現代人
「ゾンビ怖い!」

昔のハイチ人
「怖いですよ」

現代人
「噛まれるんでしょ?」

昔のハイチ人
「いえ、働かされます」

現代人
「そっちか……」

実は本来のゾンビは、人を食う怪物ではありませんでした。

「死んでもなお、自分の意思を奪われて働かされる人間」

として語られていたのです。

つまり、ゾンビの怖さは最初から「食べられる恐怖」ではありません。

本当の恐怖は、死んだあとですら自由になれないこと。
自分の意思を失い、誰かに支配され続けることでした。

これってつまり、

「死んだのに出勤が終わらない」

という状況です。

人肉を食べる怪物より先に、その設定を考えた人間の発想のほうが少し怖いかもしれません。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

起源はハイチ|ゾンビはヴォドゥー信仰から生まれた

ゾンビの起源は、カリブ海にあるハイチの民間信仰「ヴォドゥー」にあります。(ブードゥーとも呼ばれます)

そのルーツは西アフリカにあり、奴隷貿易によってハイチへ運ばれた人々が、故郷の信仰を守り続けたことで受け継がれました。

やがてキリスト教などの要素も加わり、ハイチ独自の宗教文化が生まれていきます。
そして、その中で語られたゾンビは現代のイメージとは大きく違っていました。

現代人
「ゾンビって、人を追いかけて噛むんでしょ?」

ハイチの伝承
「いえ、働きます」

現代人
「え?」

ハイチの伝承
「しかも黙々と」

方向性が完全に違います。
当時のゾンビは、人を襲う怪物ではありませんでした。
死者が蘇り、自我を失ったまま働き続ける存在だったのです。

つまりゾンビとは、

「人間が怪物になった存在」

というより、

「人間なのに自由だけ奪われた存在」

でした。

後の映画では世界を滅ぼす怪物になりますが、最初のゾンビはむしろ“永遠に仕事が終わらない人”だったのです。

本来のゾンビは「永遠の奴隷」だった

ゾンビという存在を理解するには、ハイチの歴史を避けて通ることはできません。
ハイチは長い間、植民地支配と奴隷制度に苦しめられてきました。

当時の人々にとって、支配されることは遠い話ではありません。
それは日常のすぐそばにある現実でした。

たとえば、

自分の人生を自分で決められない
働くことを強制される
命令に逆らえば罰を受ける
死ぬまで支配から逃れられない

こうした現実が、ゾンビ伝承の土台にありました。
だからこそ、ゾンビの恐怖は単に「死者が歩いているから怖い」というものではありません。

死んだあとですら自由になれない。
命が終わっても、誰かに支配され続ける。

この感覚こそが、本来のゾンビの恐ろしさでした。

現代人
「ゾンビ怖いなぁ。追いかけられるし」

当時のハイチ人
「追いかけられるだけならまだいい」

現代人
「え?」

当時のハイチ人
「働かされる」

現代人
「それはそれで嫌だな……」

現代人は「ゾンビに襲われるのが怖い」と考えます。
しかし当時の人々にとって本当に怖かったのは、

「自分がゾンビにされること」(永遠の奴隷にされること)

だったのです。

ゾンビを作る呪術師「ボコール」とは?

ハイチの伝承には、ボコールと呼ばれる呪術師が登場します。
人々は、このボコールが人間をゾンビにする力を持っていると信じていました。

伝承ではゾンビ化は、

毒のようなもので相手を仮死状態にする
周囲の人々が死んだと思い、埋葬する
ボコールが墓から掘り起こす
意識や判断力を奪う
労働力として使う

という流れだと語られています。

現代人
「ゾンビになる原因は?」

ハイチの伝承
「呪術です」

現代人
「噛まれるんじゃないの?」

ハイチの伝承
「まず埋めます」

現代人
「思ったより手順が多いな……」

もちろん、これをすべて事実として受け取る必要はありません。
けれど大切なのは、この話が当時の人々にとって強い現実味を持っていたことです。

「死んだはずの人間が戻ってくる」

それだけでも不気味です。

さらに怖いのは、

戻ってきても、もう以前のその人ではない

という点です。

ここに、後のゾンビ像につながる重要な要素がありました。

ゾンビは「実在する」と信じられていた

ゾンビは、ただの昔話として片づけられていたわけではありません。

1930年代、人類学者であり作家でもあったゾラ・ニール・ハーストン氏は、ハイチを訪れ、ゾンビに関する調査を行いました。

彼女はその中で、

「すでに死亡したはずの女性が生きていた」

とされる事例を記録しています。

もちろん現在では、このような話にはいくつもの説明が考えられます。

別人を見間違えた可能性
精神疾患によって本人確認が難しかった可能性
毒物や薬物によって意識に影響が出ていた可能性

現代人
「なるほど。じゃあ謎は解決ですね」

研究者
「いや、そう簡単でもない」

現代人
「え?」

研究者
「当時の人たちは本気で信じてたんです」

真相を簡単に断定することはできません。
ただ、ここで重要なのは、当時の人々がゾンビを本気で恐れていたということです。

現代人にとってゾンビは、映画やゲームの存在です。
しかし当時のハイチでは、ゾンビは「本当に起こり得るかもしれない恐怖」として受け止められていました。

それは、

「夜道で出会ったら怖い怪物」

ではなく、

「近所に現れるかもしれない現実」

だったのです。

映画で広がったゾンビ|最初はまだ人を食べなかった

ゾンビが世界的に知られるようになった大きなきっかけは映画でした。
1932年に公開された『ホワイト・ゾンビ』は、初期の本格的なゾンビ映画としてよく知られています。

ただし、この映画に登場するゾンビは、現在のゾンビとはかなり違います。

走らない
噛んで感染させない
人間を食べない
命令に従って働く

現代人
「ゾンビ映画か。どうせ追いかけてくるんでしょ?」

1932年のゾンビ
「仕事中です」

現代人
「え?」

1932年のゾンビ
「本日も黙々と労働しております」

つまり、映画に登場した初期のゾンビは、まだハイチの伝承に近い存在だったのです。

この時点でのゾンビは、世界を滅ぼす怪物というよりも、意志を奪われた労働者でした。
だからこそ、『ホワイト・ゾンビ』の怖さは派手なパニックではありません。

人間が人間のまま、まるで道具のように扱われる怖さだったのです。

現代ゾンビを作ったジョージ・A・ロメロ氏

現在、多くの人が思い浮かべるゾンビ像を作ったのは、映画監督ジョージ・A・ロメロ氏です。

1968年公開の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』によって、ゾンビのイメージは大きく変わりました。

死者たちが集団で人間を襲う。
人肉を求めて迫ってくる。
逃げ場がなくなっていく。
社会そのものが崩れていく。

ここでゾンビは、「個人を支配する恐怖」から「世界全体を壊す恐怖」へと進化したのです。

昔のゾンビ
「黙々と働きます」

ロメロ版ゾンビ
「世界を終わらせます」

昔のゾンビ
「急にスケール大きくなったな!?」

まるで町工場が翌日には世界征服を始めたような変化です。
さらに面白いことに、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』では「ゾンビ」という言葉がほとんど使われていません。

それなのに観客たちは、

「こいつらがゾンビだ!」

と認識しました。

こうしてゾンビは、終末世界や感染パニックを象徴する怪物として世界中へ広がっていったのです。

ゾンビ最大の弱点は「塩」だった?

ゾンビ伝承には、少し意外な話があります。
ハイチの伝承では、ゾンビに塩を食べさせると正気を取り戻すと考えられていました。

現代のゾンビ映画なら、


火炎放射器
チェーンソー
装甲車

と、だいたい物騒な装備が並びます。

ところが昔のゾンビ対策は違います。

現代人
「武器を持て!」

ハイチの伝承
「塩を持て!」

現代人
「料理始める気か!?」

あまりにも身近すぎて拍子抜けしてしまいます。
しかし、この話には大切な意味があります。

塩を食べることでゾンビが自分を取り戻す。

つまり目的は怪物を倒すことではありません。

失われた人間性を取り戻すこと

だったのです。

現代ゾンビが「退治する相手」だとすれば、昔のゾンビは「助け出す相手」でした。

だから昔のゾンビ伝承は、怪物退治の物語というより、

「友人を正気に戻すために塩を食べさせる話」

だったのです。

ゾンビ映画史上、最も平和的な必殺技かもしれません。

最後に

ゾンビの本当の恐怖は「人間性を失うこと」だった

ゾンビの歴史をたどると、それは単なるホラー怪物の歴史ではありませんでした。

現代のゾンビは、人を襲い、感染を広げ、世界を崩壊させる存在として描かれます。

つまり恐怖の中心は、「感染症の恐怖」です。

一方で、ハイチの伝承に登場する本来のゾンビは違いました。

自由を奪われること。
自分の意思で動けなくなること。
死んだあとですら働かされること。
人間なのに、人間として扱われなくなること。

そこにあったのは「支配される恐怖」だったのです。

現代人
「ゾンビ怖い! 感染して人類滅亡だ!」

昔のハイチ人
「ゾンビ怖い! 死んでも畑仕事だ!」

現代人
「なんか地味だな」

昔のハイチ人
「休みも退職もないぞ」

現代人
「それは確かに地獄だ……」

こうして見ると、ゾンビとは死者の怪物というより、

自由を失った人間の姿そのもの

だったのかもしれません。

腐った死体が歩いてくることよりも、
人間が人間として扱われなくなること。

その恐怖が、ゾンビという怪物の奥に今も残っているのです。

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、小噺を発信しています。
このブログでは、
●明日誰かに話したくなる小ネタ
●普段の視点が少し変わる“発見”
などを気軽に受け取っていただけます。
どうぞ、ふらりと覗いてみてください。
記事URLをコピーしました