医者に行くと危ない?中世ヨーロッパ医療のちょっと怖くてかなり面白い現実
はじめに

病院に行くと安心…とは限らない時代
体調が悪い。
病院に行く。
薬をもらう。
治る。
現代では、だいたいこの流れです。
多少の不安はあっても、「医者に行ったら命の危険があるかもしれない」と本気で思う人はあまりいません。
しかし、もしあなたが1000年前のヨーロッパに住んでいたらどうでしょう?
体調が悪い。
医者に行く。
血を抜かれる。
もう一度血を抜かれる。
「体の調子どうですか?」
弱っています。
当時、これは珍しい出来事ではありませんでした。
ただし、ここで重要なことがあります。
中世ヨーロッパの医療は、全部がデタラメだったわけではありません。
薬草。
安静。
食事療法。
こうした方法は、今でも健康の基本です。
問題はここから先です。
当時の医療には
麻酔がない。
消毒がない。
細菌という概念もない。
それなのに
体を切る。
焼く。
血を抜く。
つまり、かなり本格的な治療だけは普通に行われていました。
例えるなら
自転車の乗り方を知らないのに、いきなりツール・ド・フランスに出場する感じです。
気合いはあります。
技術はありません。
結果はだいたい想像できます。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

中世医療にはちゃんと理論があった

中世医療というと
祈る。
お守り。
怪しい薬。
そんなイメージを持つ人も多いかもしれません。
しかし実際には、当時の医療にはきちんとした理論がありました。
それが
四体液説です。
この理論では、人間の体は次の4つの体液でできていると考えられていました。
血液
黄胆汁
黒胆汁
粘液
そして、このバランスが崩れると病気になると説明されていました。
現代で言えば、料理の味付けのようなイメージです。
塩が多すぎる。
砂糖が足りない。
バランスが崩れると料理は台無しになります。
四体液説では、人間の体も同じだと考えられていました。
体液の配合が崩れる。
だから体調が悪くなる。
ではどうするか。
バランスを戻します。
ここまでは分かります。
問題は、その方法です。
血を抜くという発想

体液のバランスを整える方法。
それが
瀉血(しゃけつ)です。
血を抜きます。
とてもシンプルです。
余分な血がある。
だから抜く。
理屈としては分かりやすい。
ただし少し大胆です。
瀉血の方法はいくつかありました。
刃物で血管を切る。
ヒルに吸わせる。
カップで吸い出す。
まとめると
だいたい血は出ます。
そして当時は、これが特別な治療ではありませんでした。
かなり普通の治療です。
実際、ケンブリッジ大学に残る15世紀の医学書には、瀉血の方法が真面目に説明されています。
医師たちは、本気で患者を治そうとしていました。
ただ一つ問題があります。
本当に血を抜くと治るのか?
当時は、それを確かめる方法がありませんでした。
その結果
体調が悪い。
血を抜く。
さらに体力が落ちる。
もう少し血を抜く。
という、あまりありがたくない循環が生まれることもありました。
外科手術という過酷な世界

中世医療の中で、特に危険だったのが外科手術です。
理由はとても分かりやすい。
現代の手術に必要なものが、ほとんど存在しなかったからです。
麻酔。
消毒。
細菌学。
この三つが整うのは、ずっと後の時代です。
つまりどうなるか。
手術は
痛い。
とても痛い。
かなり痛い。
しかも患者は意識があります。
そのため、動かないように押さえられることもありました。
想像すると、かなり大変です。
さらに問題があります。
手術が終わっても安心できません。
感染です。
当時は細菌の存在が知られていなかったため、傷口の衛生管理も十分ではありませんでした。
その結果
手術は成功。
しかし数日後に感染症。
ということも少なくありませんでした。
それでも医師たちは真面目だった

ここまで読むと
「中世の医療はめちゃくちゃだったのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、そう単純な話でもありません。
当時の医師たちは、限られた知識の中で真剣に医療を発展させようとしていました。
観察する。
理論を作る。
治療を試す。
結果を記録する。
この積み重ねが、後の医学につながっていきます。
例えば14世紀の外科医ジョン・オブ・アーダーン氏は
傷をむやみに触らないこと
刺激の強い薬を使いすぎないこと
などを書き残しています。
現代の医学でも、傷をむやみにいじらないことは重要です。
つまり中世医療は
完全な迷信の世界ではなく
試行錯誤の世界でした。
医療を支えていた人たち

中世の医療というと、白衣の医者が一人で何でもやっている姿を想像しがちです。
ところが実際は、もう少しにぎやかな現場でした。
修道士。
助産師。
薬草を扱う人。
そして家庭で手当てをする人たち。
体調が悪くなれば、まず近くの誰かに相談する。
そんな形で医療は社会のあちこちに広がっていました。
とくに修道院は、小さな研究所のような役割も持っていました。
庭では薬草を育てる。
乾燥させる。
すりつぶして薬を作る。
さらに医学書を書き写して保存する。
静かな場所で黙々と薬草を刻む修道士たちの姿を想像すると、ちょっとした工房のようでもあります。
もちろん万能の薬が生まれるわけではありません。
それでも、こうした地道な作業のおかげで医療の知識は消えずに残りました。
派手ではありませんが、後の医学につながる大事な仕事だったと言えます。
結局、中世医療は危険だったのか

結論を言えば
中世ヨーロッパの医療は、現代の基準から見るとかなり危険でした。
特に外科手術は
感染
出血
痛み
この三つの問題を抱えていました。
ただし、それは人々が愚かだったからではありません。
単純に
人間の体について分かっていないことが多かったのです。
科学は、少しずつ進みます。
失敗。
試行錯誤。
観察。
その積み重ねの上に、現代の医学があります。
最後に

もし中世ヨーロッパにタイムスリップすることがあったら、まず心がけたいのは体調管理です。
栄養をとる。
よく眠る。
できれば風邪をひかない。
理由は単純です。
現代なら、風邪をひけば薬を飲んで休むだけで済むことが多い。
しかし中世では、体調が悪いと医者に診てもらうことになります。
そして医者は言います。
「体液のバランスが崩れていますね」
次の瞬間、腕を出すように勧められる。
処方箋は薬ではありません。
血を少し抜きましょう、という提案です。
そう考えると、健康第一という言葉がいつも以上に重みを持ってくると思いませんか?


