日常のふしぎ
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なぜ人は“隣人”を魔女にしてしまうのか?――4万人が処刑された、集団ヒステリー

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

とりあえず黒猫に責任を押しつけてみる前に

ある朝、ブドウ畑が全滅していたとします。

雹です。

天気予報はありません。
気象衛星もありません。
エルニーニョも知りません。

あるのは、隣の家の黒猫だけです。

もちろん黒猫に罪はありません。
ですが16〜17世紀のヨーロッパでは、黒猫はだいたい空気が悪いときに疑われるポジションでした。

そして空気が最悪になると、
その飼い主まで処刑されます。

結果として、約4万〜6万人が命を落としました。
ドイツだけで約2万5千人です。

ずいぶん大胆な因果関係ですが、当時の人々は本気でした。

怖いのは、彼らが「なんとなく」やっていたわけではないことです。

むしろ、きちんと理屈がありました。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

魔女、まさかのハイエンド化

中世の魔女は「薬草に詳しいちょっと怪しい人」程度でした。

ところが近世になると仕様が変わります。

  • 悪魔と正式契約
  • 夜間に秘密集会
  • 空を飛行
  • 天候操作
  • 組織犯罪的陰謀

だいぶ盛られています。

1487年に出版された『魔女に与える鉄槌』は、その設定資料集のような本でした。

しかも活版印刷のおかげで量産可能です。

恐怖がテンプレ化されました。

当時最強のSNSは印刷機です。

「いいね」は押せませんが、
代わりに火刑台が立ちます。

無限ループ式・告発システム

制度も整っていました。

当時の裁判は糾問主義です。
裁判官が自ら捜査し、拷問も認められていました。

しかも魔女は「例外犯罪」です。

証拠のハードルが下がります。

噂話も証言です。
子どもの証言も証言です。
拷問で引き出した言葉も、もちろん証言です。

そして始まる流れ。

拷問

自白

「共犯者がいます」(そう言わないと拷問が続く)

逮捕

拷問

まるで自動更新され続ける告発装置のような仕組みです。
解約ボタン?もちろんありません。

アメリカ・マサチューセッツ(現在のアメリカ合衆国)で1692年に起きた「セイラム魔女裁判」では、少女たちの奇妙な行動をきっかけに約200人が告発されました。
そのうち19人が処刑され、さらに5人が獄中で亡くなりました。

告発が止まった理由は単純です。

総督が止めたからです。

つまり、止める権限があれば止まります。
なければ続きます。

システムは正直です。

迷信だけでは説明できません

「昔の人は迷信深かった」で終わらせたくなりますが、実は地域差があります。

  • 神聖ローマ帝国の一部で激化
  • スペインでは大規模化しにくい
  • アイスランドでは被告の約80%が男性(つまり「魔女=女性」という固定観念すら地域によって異なっていた)

もし単なる迷信や性差別だけが原因なら、どこでも似た構図になったはずです。

しかし現実は違いました。

制度の違い。
裁判権の分散。
競い合う地域権力。

つまり、感情だけでなく「仕組み」が火力を決めていました。

人間の怖いところは、
感情よりも、仕組みのほうが長持ちすることです。

寒いと、人は犯人を欲しがります

小氷期と呼ばれる寒冷期がありました。

寒い。
作物が取れない。
家畜が死ぬ。
お腹が空く。

理性は空腹に弱いです。

「自然現象です」では心が満足しません。

「誰のせいですか?」

顔がほしいのです。

魔女は、説明責任を一身に引き受けてくれる便利な存在でした。

便利な犯人ほど、長生きします。

ブームはどうやって終わったのか

魔女が急に消えたわけではありません。

変わったのは問い方です。

  • 拷問の自白は信用できるのか
  • 嵐は悪魔か、それとも気圧か

ガリレオやニュートンの時代、人々は自然を法則で考え始めました。

裁判も慎重になります。

熱狂は、ゆっくり冷えました。

冷却装置は「疑う力」でした。

そして現代へ

ホウキにまたがる人はいません。

ですが、

  • 不安
  • 拡散される物語
  • 手続きの緩和

この三つがそろうと、
誰かは簡単に「怪しい存在」になります。

黒猫は関係ありません。

問題は、「みんながなんとなく正しいと思い込んでしまう集団の思い込み」です。

この集団の思い込みはいつの時代も優秀です。
証拠より早く広がり、疑いより先に結論を決めてしまいます。

最後に

こうした仕組みを知ってしまった以上、せめて僕たちは、

黒猫を見かけたら撫でるくらいの余裕を持ちたいものです。

疑う前に一度、「それは本当に因果関係ですか」と考える余裕を

16世紀より賢くなったと言い切る勇気はありませんが、
少なくとも、同じ仕組みを知っています。

知っているということは、
巻き込まれない可能性があるということです。

火刑台より、検証を。

できれば、黒猫にはごはんを。

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、小噺を発信しています。
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