なぜ僕たちは“得”をゴミ箱に捨ててしまうのか――クーポン失効という小さな悲劇
はじめに

スーパーのレジ横で、くしゃっと丸まったレシートの束を見かけることがあります。
よく見ると、その中に
「10%OFF」
「本日まで有効」
と書かれたクーポン。
それはまるで、使われるはずだった未来の割引が、静かに息絶えている墓場です。
僕たちは節約したい、得したい、賢く買い物したい
――そう思ってクーポンを取ります。
それなのに、気づけば期限切れ。
損を避けるために手に入れたはずのクーポンが、いつの間にか“損失の象徴”になっている。この奇妙な価値の逆転現象。
どうやらこれは、僕たちの意志が弱いからではなく、人間らしさがちゃんと発動した結果らしいのです。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
忘れる生き物、それが人間

「覚えておこう」と思った瞬間から、人間の脳はそれを忘れる準備を始めます。
クーポンは、財布やアプリの奥底にそっと収納されます。
するとどうなるか。
次に思い出すのは、だいたい期限が切れた後です。
心理学の研究では、人は「覚えていること」よりも「思い出せること」に支配されると言われています。
存在していても、意識に上らなければ存在しないのと同じ。
冷蔵庫の奥でミイラ化した野菜と、クーポンは同じ運命をたどるのです。
面倒くささは最強のラスボス

クーポンを使うには、いくつもの小さな関門があります。
アプリを開く。
条件を読む。
対象商品を探す。
会計で提示する。
これらは一つひとつ見ると取るに足らない手間ですが、合体するとボスモンスターになります。
「今日はいいや」
この一言で、クーポンは静かに敗北します。
人間は、得よりも“楽”を選ぶ生き物です。
10円引きより、レジでスムーズに会計を終える快感を優先する。
それが現代人です。
未来の自分に丸投げ問題

期限が1か月あるクーポンを見ると、僕たちは安心します。
「まだ大丈夫」
これは呪文です。
未来の自分は、時間があり、冷静で、計画的で、クーポンを忘れない完璧な存在だと信じているのです。
ところが現実の未来の自分は、今の自分と同じく、疲れていて、スマホに気を取られ、クーポンの存在を完全に忘れています。
こうしてクーポンは、誰にも使われないまま静かに消えていきます。
恥ずかしさという見えない通行料

ここで、誰もが経験したことのありそうな“ある場面”を想像してみてください。
夜のファミレス。
スプーンが皿に当たるカチャカチャという音。
コーヒーの苦い香り。
レジ前の蛍光灯の白い光。
あなたはスマホを取り出し、クーポン画面を開こうとします。
しかし背後には同僚。
前には店員。
指が止まります。
「…なんか、せこいと思われない?」
実際、日本の調査では「同席者にせこいと思われそうだからクーポンを使いづらい」と答えた人が約45%。
たった数十円のために、社会的評価を下げるリスクを取りたくない。
人はお金よりも“顔”を守る生き物なのです。
使われないことにも意味がある世界

ここで少しだけ視点を変えます。
企業側から見ると、クーポンは「必ず使われるもの」ではありません。
むしろ「一定数は使われない」という前提で設計されます。
これは会計の世界では「ブレイケージ」と呼ばれています。
未使用分が出ること自体が、ビジネスモデルの一部。
つまり、あなたが使わなかったクーポンは、どこかで静かに帳簿に溶けていくのです。
これは陰謀ではありません。
ただの仕組みです。
それでも人はクーポンを集める

面白いのは、日本では約9割の人が「クーポンを使ったことがある」という事実です。
使うのに、使い切れない。
この矛盾。
クーポンは、割引というより「希望」に近い存在なのかもしれません。
未来の自分が得をするかもしれない、という小さな可能性。
宝くじよりは当たりやすい夢。
でも夢は、管理しないとすぐに消えてしまいます。
クーポンと上手に別れる方法

まず言っておきます。
クーポンを全部使い切ろうとするのは、たぶん人生で一番コスパの悪い努力です。
冷蔵庫の野菜は賞味期限を見て処分できるのに、なぜかクーポンだけは永久保存しがち。
僕たちは紙切れ一枚に、やたらと情を移しすぎです。
大事なのは「全部使う」ことではなく、「ちゃんと選ぶ」こと。
・期限が近いものだけ残す(遠い未来の自分に丸投げしない)
・次に行く店の分だけ持つ(予定のない割引は幻想です)
・価値が小さいものは捨てる(10円引きで脳を疲れさせない)
クーポンとは「節約」ではなく、「選択の練習」なのかもしれません。
使わなかったクーポンは失敗ではありません。
ただ「今回はこれを選ばなかった」というだけの話。
それなのに、期限切れクーポンを見ると妙に反省してしまう。
……いや、別に悪いことしてませんからね。
クーポンを使わなかったあなたは、浪費家ではなく、意思決定者です。
最後に

クーポンよ、安らかに
クーポンが期限切れになるのは、人間が怠け者だからではありません。
忘れて、迷って、ちょっと恥ずかしくなって、つい後回しにする。
その一連の流れが、あまりにも人間らしいだけの話です。
財布の中で静かに眠るクーポンは、たぶんこう思っているはずです。
「使われる予定だったけど、あなたが悩む時間もそれなりに楽しかったよ」と。
……ずいぶん聞き分けのいい紙切れです。
僕ならもっと文句を言います。
クーポンの失効とは、小さな失敗ではなく、小さな選択の記録。
今日もどこかで一枚のクーポンが、誰にも責められず、そっと役目を終えています。
そして僕たちはまた新しいクーポンを受け取り、
「今度こそ使おう」と、わりと本気で思うのです。


