中世の兵士たち
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救急車ゼロの戦場で、担当は理髪師だった⁉——中世ヨーロッパ“応急処置”のリアル

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

鎧がぶつかる音。
ぬかるんだ地面。
鉄と汗と、少し血の匂い。

そこに倒れる歩兵が一人います。

現代人なら反射的にこう叫ぶでしょう。

「救急車!ドクター!AED!」

しかし中世ヨーロッパには、救急車もドクターコールもありません。
あるのは布、刃物、祈り、そしてワイン。
飲むためではなく、洗うためのワインです。

医療は未熟。
設備はほぼゼロ。
成功率は運しだい。

……なのに、人は生き延びました。

不思議ですよね。

それは「医学が遅れていたから」ではなく、「限界の中で、必死に知恵を絞ったから」でした。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

とりあえず押せ。止まらなければ焼け。

負傷兵に最初に行われる処置は、驚くほどシンプルです。

押します。

包帯?そんな高級品はありません。
シャツを裂き、外套をちぎり、ついでに将来設計も一緒に裂きます。

そして、血が止まるまで、ひたすら圧迫。

問題は、止まらないとき。

そこで登場するのが焼灼(しょうしゃく)
赤く熱した鉄で、傷口を焼いて塞ぐ方法です。

現代人の感想: 「それ、治療というより拷問では?」

当時の感想: 「止血できればOK」

医学というより物理。

でも、選択肢が少ない戦場では、これが最も合理的でした。

矢は抜くな?抜け?運命の二択

矢や槍が刺さった場合、判断はさらに難しくなります。

浅ければ抜く。
深ければ抜かない。
骨に噛んでいれば、とりあえず祈る。

無理に抜くと、血管まで一緒に持っていく可能性があります。
そのため、柄だけ切って固定し、後で処置することもありました。

有名なのが、後のヘンリー5世になる王子の顔面矢傷事件です。

専用器具で矢じりを抜き、ワインで洗浄。
王子は生き延びました。

当時の王子:
「顔に矢が刺さったけど生還しました」

現代のSNS:
「#メンタル強すぎ」

医者はいる。でも切らない。

ここで大きな誤解があります。

「中世には医者がいなかった」

これは半分ウソです。

医者はいました。
ただし、切りません。

大学で学ぶ医師は、体液のバランスや星の運行を語る理論派。

一方、実際に切る・縫う・抜くのは別の人たちです。

それが理髪外科医

理髪師が外科? と聞くと不安になりますが、考えてみれば納得です。

毎日カミソリで喉元をなぞる職業。
手が震えたら即アウト。
散髪、髭剃り、抜歯、膿の切開、傷の縫合、骨折固定、時には足の切断。

メニュー表に載せたら、客は二度と来ません。

医師が「ここを切れ」と指示し、理髪外科医が実行する。
司令塔と現場担当の分業制でした。

修道院は静かな病院だった

もう一つの医療拠点が修道院です。

修道院には薬草園があり、植物を育て、薬を作ります。

さらにインファーマリー(療養区画)があり、旅人や巡礼者も受け入れました。

いわば「泊まれる救護所」

売店はありませんが、祈りはあります。

修道士は派手な外科手術はしませんが、洗い、覆い、見守り、祈ります。

この仕組みが、後の病院の原型になりました。

ワインは飲むな。洗え。

当時の状況を想像してみてください。

薄暗い小屋。
藁の匂い。
湿った木の壁。

負傷兵が横たわり、理髪外科医が膝をつきます。

火鉢の上で鉄が赤くなります。

ジッ……という音。

金属が熱を吸い、空気が少し焦げる匂いに変わります。

誰かが皮袋からワインを注ぎます。
甘い香りが、ふっと立ちます。

ただし、飲みません。
傷を洗います。
消毒液の代わりがワインと酢。

13世紀の外科医テオドリクス(イタリア・ボローニャ)は「膿はいらない。清潔にして閉じよ」と主張していました。

しかし世の中は、そう簡単に更新されません。
「膿が出るのは良い兆候」という誤解は長く信じられていました。

患者:
「よかった、いい膿だ」

数日後:発熱。

悲劇は、善意と無知のあいだで起こります。

蜂蜜は甘いが、仕事はシビア

火傷や傷には蜂蜜が使われました。

料理に使うものかと思いきや、立派な治療材料です。

蜂蜜+油脂+薬草オイル。

家庭の知恵フル動員。
冷水、雪、氷で冷やすこともあります。

効く時もあれば、効かない時もある。

当時の最終判断はいつも同じです。

「神しだい」

医療と信仰の共同経営でした。

痛み止め?あります。でも賭けです。

基本は麻酔なし。

対処法は、酒、薬草、祈り、そしてスピード。

名医ほど早い。
数分で終える手術が賞賛されました。

眠らせるために、オピウムやマンドレイクを浸した「眠りのスポンジ」もありました。オピウムはケシから取れる成分で、強い鎮痛作用と眠気をもたらす薬。
マンドレイクは鎮静・催眠作用をもつ薬草です。
どちらも現代で言えば“麻薬に近い性質”のもの。

問題は、量の調整がほぼ勘だったこと。
少なければ効かない。
多すぎれば呼吸が弱まり、意識が戻らないこともありました。

効けば天国。

効きすぎると……永眠。

つまり、眠れるか二度と起きないかは紙一重。
運要素つき医療です。怖すぎる。

最後に

治すより、つなぐ

中世の医療は万能ではありません。
感染は止められず、死は近い。
それでも、人は人を見捨てませんでした。

布で押さえる手。
赤熱した鉄に顔を背ける仲間。
薬草を煎じる修道士。
刃物を握る理髪外科医の指の震え。

彼らがしていたのは「治療」というより「つなぐ」こと。
命と命のあいだを、細い糸で結ぶ行為でした。

僕たちは今、便利な時代に生きています。
ボタン一つで救急車が来て、傷は滅菌され、痛みは管理されます。

それでも、不安な夜に欲しいのは、案外薬よりも誰かの手だったりします。

焚き火は夜が深くなるほど小さくなります。
でも、火を囲む人の息づかいは消えません。

中世の医療とは、技術の歴史というより、
弱った人のそばに座る勇気の歴史だったのかもしれません。

おまけの4コマ

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、小噺を発信しています。
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