消えたリモコンの謎:犯人はソファか、それともあなたの注意力か?
はじめに

リモコン消失事件、発生
夜、ソファに体を預け、テレビをつけようと腕を伸ばす。
その先にあるはずのリモコンが、ない。
……ない?
テーブルの上を確認。ない。
クッションの上を確認。ない。
さっきまで確実に握っていた感触だけが、手のひらに残っている。
まるで忍者だ。いや、忍者に失礼か。
あちらはちゃんと姿を消す訓練を受けている。
こちらは何もしていないのに消える。
「おかしいな…」と独り言を言いながら、ソファを分解する勢いでクッションを持ち上げる僕。
このとき僕たちは、重大な勘違いをしている。
リモコンが消えたのではない。
消えたのは、僕たちの記憶のほうだ。
物理的にはリモコンはこの部屋のどこかに存在している。
ただし、脳内マップからだけ綺麗に削除されています。
GPSを失った探検隊のように、僕はリビングをさまよう。
物は失われていません。
ただ、脳の中から座標情報だけが、蒸発しているのです。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
リモコンは“失くし物界の王様”

英国の保険会社の調査(2020年度前後)によると、家の中で最も失くされる物ランキング第1位はリモコン。
アメリカ(2017年)では、7割以上の人が「月に1回以上なくす」と答えたという。
月1回って、ほぼ定期イベントである。
給料日より安定している。
鍵でもない。
財布でもない。
スマホでもない。
この小さな長方形のプラスチック板が、世界規模で集団失踪している。
まるでリモコンだけで秘密結社を作っているかのようです。
リモコン界からすれば、これはもう静かな反乱でしょう。
「そんなにボタンを押すなら、たまには探す苦労もしろ」
そう言わんばかりに、今日もどこかのソファの奥へ姿を消しています。
人類とリモコンの関係は、便利と裏切りで成り立っているのかもしれません。
ソファはブラックホールである

調査によると、約半分のリモコンはソファで発見されるとのこと。
クッションの隙間、背もたれの奥、謎の布の谷間。
もはやソファは家具ではなく、小型ブラックホールと化しています。
やがて始まる、恒例行事「リモコン発掘作業」
僕は考古学者のような顔つきで、ソファに向き合います。
五感を総動員する時間だ。
指先に伝わる、ひんやりしたプラスチックの感触。
ほこりと布が混ざった、少し遠い昔の匂い。
ガサガサ、ゴソゴソと布をかき分ける音。
このとき僕の脳内では、なぜか壮大なBGMが流れている。
たぶんインディ・ジョーンズだ。
そして突然、指が何か硬いものに当たります。
……いた。
声に出すと負けた気がするので、心の中でだけつぶやく。
引きずり出されたリモコンは、なぜか誇らしげだ。
「よくぞ見つけたな、人類」
そんな顔をしている。
まるで長い眠りから目覚めた古代遺物。
ソファ文明の遺跡から発掘された、貴重な文化財……とでもいうべき存在。
敵は記憶力ではなく“注意力”

心理学では、これを「アブセントマインデッドネス(注意散漫)」と呼ぶそうです。
名前だけ聞くと強そうですが、要するに頭は別の場所に行っていて、手だけが仕事をしている状態のこと。
テレビを見ながら。
スマホを見ながら。
会話にうなずきながら。
その合間に、リモコンをポンと置く。
この瞬間、僕たちの意識はすでに別世界にワープしています。
リモコン?
ああ、いたね。さっきまで。
つまり、
「どこに置いたか覚えていない」のではなく、 「そもそも脳が記録していない」のです。
これはレジで財布をしまった直後に、 『あれ、財布どこだっけ』と青ざめる現象と同じ仕組み。
脳はとても合理的です。
「テレビが面白い」
「会話が気になる」
「このCM長いな」
そんな重要案件でメモリが満杯になっていると、 『リモコンを机に置いた』という情報は、容赦なく削除されます。
まるで上司に言われる
『その議題、今日は議事録に残さなくていいです』というセリフ。
リモコンは、脳内会議で毎回却下される案件なのです。
結果として、リモコンは脳内ドラマでエキストラ扱いになります。
セリフなし、名前なし、存在感ゼロ。
そして数分後、僕は叫ぶ。
「リモコン、どこいった!?」
……いやいや、 出ていったんじゃない。
最初から覚えていなかっただけなのです。
定位置を持たない流浪の民

鍵には定位置がある。
財布にもある。
スマホにもある。
なのに、リモコンにはない。
なぜだ。
なぜ君だけ住所不定なのだ。
ソファの右。
テーブルの左。
床。
時にはキッチン。
行動範囲がやたら広い。
まるで自由を愛するバックパッカーです。
リモコンは今日も放浪している。
これはもう「住所不定無職」というより、 「定住を拒否する思想家」ですね。
住民票がない物体は、当然ながら捜索が難しい。
警察も困る。
いや、警察は来ないが、僕が困る。
毎回違う場所に置けば、毎回違う場所を探す羽目になる。
探索範囲はネズミ算式に増えていく。
昨日はソファ。
今日はテーブル。
明日はなぜか冷蔵庫の上。
もはやこれは、かくれんぼではない。
ワールドツアーです。
参加者はリモコン1人。
探す側は僕たち全人類。
勝率は、いつもリモコンのほうが高いのです。
色が地味すぎる問題

多くのリモコンは黒い。
黒いソファ。
黒いテーブル。
暗い部屋。
……カモフラージュ完了。
これは視覚迷彩。
戦場に出るならMVP級ですが、リビングではただの擬態生物。
人間の脳は、コントラストが低いものを見つけるのがとても苦手です。
つまり僕たちは、
見ているのに、見えていない。
目の前にあるのに、存在しないことになっている。
黒い布の上に黒いリモコン。
この組み合わせは、忍者と夜の闇くらい相性がいい。
リモコンは今日も言っています。
「我、ここに在り。だが誰にも気づかれぬ」
その姿、もはや家電というよりステルス兵器。
たぶん先祖は伊賀か甲賀かも。
リビングで修行を積む、忍者家電なのです。たぶん。
共有物という名の犯人不明事件

一人暮らしなら犯人は自分。
逃げ場はない。
潔く自首しよう。
しかし家族がいると話は変わります。
「最後に使ったの誰?」
……。
沈黙がリビングを支配する。
まるで推理ドラマのクライマックスです。
BGMは鳴らないが、緊張感だけは一流。
全員が容疑者で、全員が被害者。
そして誰も供述しない。
「僕じゃない」
「私は触ってない」
「犬かもしれない」
急に人狼ゲームが始まります。
誰かが言う。
「この中に、人狼(=リモコンを隠した者)がいます」
僕たちは互いの顔を見つめ合い、無意味に目を細める。
疑心暗鬼という名のスポットライトが、リビングを照らす。
リモコンは、集団心理のスキマにするりと紛れ込みます。
責任が分散すると、記憶も一緒に処刑台へ送られるのです。
「たぶん昨日の夜に…」
「いや、朝はここに…」
証言は錯綜し、真実は闇の中。
ついには、誰も触っていないはずのリモコンが、
――存在しなかったことになります。
つまりリモコンは、家族会議という名の人狼裁判で追放される存在。
存在しているのに、誰の記憶陣営にも属さない。
それはもう物ではありません。
リビングに残された、永遠の未解決事件です。
失くす時間は、人生を削る

調査によると、人は生涯で110日を探し物に使うそうです。
リモコンだけでも6日以上。
6日。
ほぼ一週間です。
一週間あれば、
本を何冊読めるだろう。
映画を何本観られるだろう。
旅に何回行けるだろう。
……いや待て。
僕たちはその貴重な一週間を、
「ソファの隙間をのぞき込む」という行為に捧げている。
これはもう修行僧レベルの集中力だ。
悟りは開けないが、ほこりの溜まる場所には詳しくなる。
人生で一番長く見つめている景色が、
エッフェル塔でも海でもなく、
ソファの裏側だという現実。
誰がこんな人生設計をしたのか。
たぶん犯人はリモコンである。
リモコンは、静かに時間を奪う装置。 しかも電池式。
気づけば僕たちは、
自分の人生の数日分を
『リモコン捜索ミッション』に課金しています。
無料ゲームのようでいて、 支払っているのは時間という最も高価な通貨なのです。
リモコン消失を防ぐ七つの呪文

ここからは実用編。
とはいえ生活改善というより、日常に唱えるおまじないだと思ってください。
・定位置を作る(リモコンにも「実家」を与える)
・明るい色のカバーをつける(忍者にネオンベストを着せる)
・ストラップをつける(落下防止という名の命綱)
・ソファの片側だけに置く(右派か左派か、思想を統一)
・探す順番を決める(ソファ→テーブル→床、探索ルートを儀式化)
・数を減らす(多頭飼いをやめる)
・家族でルールを共有する(人狼裁判を防ぐための条約締結)
並べてみると、まるで校則のようです。
「リモコンは所定の位置に戻すこと」
「隠蔽行為をしてはならない」
「違反者はソファの隙間清掃係とする」
意外ですが、これがちゃんと効きます。
とはいえ、完璧にはならない。
なぜなら相手はリモコンではなく、人間だからです。
三日で忘れる。
疲れると破る。
そしてまたソファの奥に吸い込まれる。
呪文は万能ではありません。
ですが唱えないよりは、確実に世界は平和になります。
少なくともリビングの治安は、少しだけ改善されるでしょう。
最後に

リモコンは小さな哲学書
リモコンは、今日も黙って教えてくれる。
人間はうっかり者だ。
記憶はザルだ。
世界は思ったより散らかっている。
それでも僕たちは、ソファの隙間に腕を突っ込み、
ほこりと一緒にリモコンを掘り当てる。
……なぜか誇らしい顔で。
別に発明はしていない。
ただ見つけただけなのに。
その姿はまるで、 人生の意味をクッションの谷間から発掘する考古学者だ。
リモコンは消える。
そして見つかる。
この往復運動のたびに、僕たちは少しだけ学ぶ。
「完璧に覚えるより、探し続けるほうが人間らしい」
小さなプラスチックの板は、
今日もソファのどこかで待っている。
僕たちが、自分の注意力という名の迷子札を
取りに来るのを。
リビングの片隅で、 静かな哲学の授業は続いているようです。

