「寝ないと脳に悪い」はウソ?――書籍『不夜脳』が常識をひっくり返す
はじめに

夜中のコンビニみたいに、僕の脳は今日も元気に営業しています。
しかも年中無休、閉店セールもなし。
布団に入って、電気を消して、目を閉じる。
すると始まる脳内プレゼン大会。
本日の議題は
「今日の失言」
「明日の予定」
「なぜ今このタイミングで中学時代の黒歴史を思い出すのか問題」
……いや、今じゃなくてよくないですか?
人間は眠る生き物のはずなのに、眠れないだけで自分に下す判決が重すぎます。

「健康失格」
「脳が壊れる」
「老化一直線」
もはや睡眠裁判所。
弁護士もいません。
そんな夜に出会ったのが、東島威史 氏の一冊『不夜脳 脳がほしがる本当の休息』でした。
この本、ページを開くなり、いきなりこう殴り込んできます。
「『寝ないと脳に悪い』は、ウソだった?」
……え?
こちらは長年“睡眠信仰”を信じ、枕に祈りを捧げて生きてきた一般市民です。
そんな僕に向かって、その前提から疑えと言うんですか?
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
まず笑わせてから、常識を外しにくる

この本は「睡眠なんて無意味!」と拡声器で叫ぶタイプの革命書ではありません。
体のために睡眠は大事。
そこはきちんと認めています。良識派です。
ただし、ここで一度だけ首をかしげさせに来ます。
「体の健康」と「脳の健康」を、同じ引き出しに入れて“睡眠で一括処理”していませんか?
よくある睡眠本のストーリーは、だいたいこの順番です。
- 寝ないと脳にゴミが溜まる
- だから7時間寝ろ
- とにかく寝ろ
- 寝ろったら寝ろ
……了解しました。
理屈は完璧です。
実行できないだけです。

『不夜脳』は、この「寝られない人を道徳で包囲網にかける構図」を、ひらりとかわします。
脳は、寝ている間も働いている。
え、休憩時間ないんですか?
ブラック企業ですか?
つまり脳は「電源オフ家電」ではなく、「24時間営業の定食屋」みたいな存在。
深夜2時でも味噌汁を出してくる。
ありがたい。
でも店主、そろそろ暖簾を下ろしませんか。
眠れない=失敗、ではない。
ただ営業中なだけ。
そう思えた瞬間、僕の中の“睡眠裁判所”は閉廷しました。
脳の掃除は、夜勤専門ではない

睡眠が神格化される理由のひとつに「脳の老廃物の排出」があります。
ところが本書は、ここであっさり方向転換します。
脳のゴミは、起きていても片づく。
え、夜勤担当じゃなかったんですか?
脳内清掃員、シフト制だったんですね。
掃除機は夜しか動かせません、みたいな厳しいルールは存在しないそうです。
たとえば休日。
あなたはソファに沈み、スマホで動画を眺め、右手はポテチの粉でキラキラしています。
部屋は荒れ放題なのに、なぜか心だけはこう言う。
「いや〜、今日は休んだな」
本当に?
体は確かに横になっています。
でも脳は、ショート動画を次から次へと浴びせられ、情報の回転寿司状態です。

さて、これは休息でしょうか?
それとも過労でしょうか?
『不夜脳』が示すのは、休息とは「完全停止」ではなく、ほどよい刺激で整えることだという考え方です。
何もしないことが休みになるとは限らない。
むしろ、単調すぎる刺激や強すぎる刺激は、どちらも脳を疲れさせる。
ちなみに、通知音が止まらないSNSは刺激というより“脳の胃もたれ”。
お腹いっぱいなのに、まだデザートが運ばれてくる感じです。
そりゃ脳も『もう入らないです』と言いたくなります。
静けさは万能薬ではない

本書のキーワードのひとつが「刺激不足で脳は廃れる」
疲れると、僕たちはすぐ
「無音」
「無心」
「何もしない」
を求めます。
とりあえず静かな部屋へ。
スマホは裏返し。
テレビは消灯。
……完璧なはずなのに、なぜか脳だけがソワソワし始める。
もちろん静けさは必要です。
でも、どうやら万能薬ではない。

刺激を完全に断つと、脳は勝手に刺激を作り出します。
つまり、放っておくと脳は一人で怪談大会を開催する。
「さっきの物音、誰?」
「僕の人生、このままで大丈夫?」
「天井のシミ、ちょっと顔に見えない?」
……やめてください、司会進行まで始めないでください。
どうやら静かすぎると、脳は暇を持て余して妄想にフルスイングするようです。
「カラン…」という小さな音で心臓が止まりそうになるのは、そのせいかもしれません。
脳にとっての敵は、騒音よりも“ヒマ”なのかもしれないのです。
深夜のキッチンで脳が静かになる

深夜1時。
冷蔵庫を開けると、白い光が顔に当たります。
まぶしい。
深夜テンションの僕には、もはやスポットライト。
中には、ガラス容器の味噌汁、しなしなのネギ、ラップ越しのご飯。
どれも昼間なら見向きもしないのに、この時間だと妙にドラマチックです。
シンクに立つと、水道の金属がひんやり冷たい。
指先がきゅっと縮む。
……あ、ちゃんと僕、生きてますね。
お湯を出すと、湯気がふわっと立ち、生姜の匂いが鼻をかすめました。
その瞬間、脳内で開かれていた「反省会・将来不安合同ミーティング」が、静かに散会しました。

音は、お湯の流れる音と、換気扇の低い唸り声だけ。
どうやら脳が欲しかったのは、無音でも強刺激でもなく、こういう予測できる小さな刺激だったようです。
本書では、寝付けないときに読むなら「新しい本」ではなく「何度も読んだ漫画や小説」がいいと書かれています。
先が分かる安心感。
脳にとっては最高の子守歌。
深夜に初見ミステリーを読むのは、脳に向かって「さあ興奮しろ」と命令しているようなものです。
それはもう、静かに眠れと言いながら太鼓を叩く行為に近い。
そりゃ脳も起きます。
記憶力が良すぎるのも、実はしんどい

『不夜脳』は、「記憶力=賢い」という長年の公式に、そっと肘打ちを入れてきます。
全部覚える脳は一見エリート。
でも本当に大事なのは、忘れる力だと言うんです。
もし何でも覚えていたらどうなるか。
あなたの脳内は、
レシート。
暗証番号。
卒業アルバム。
昔の上司の説教。
で満杯の巨大倉庫になります。

しかも整理されていない。
床に領収書が散乱し、
「これは必要」
「これは一応取っておく」
「これは…何だっけ?」
と、脳内棚卸し地獄。
……それ、もう休息じゃなくて年末の大掃除です。
だから必要なのは、記憶の追加ではなく編集。
つまり、忘却という名の断捨離。
脳は優秀なハードディスクではなく、気難しい編集長なのかもしれません。
『これは残す』
『これはカット』
『この黒歴史は永久非公開』
と、毎晩こっそり会議をしている。
そう考えると、物忘れもちょっとだけ愛おしく見えてきます。
忘れるのは劣化ではなく、編集作業。
脳は今日も、あなたの人生を読みやすく整えている最中なのです。
脳を切る人が、麻雀も打つという説得力

著者の東島威史 氏は脳神経外科医。
そして、プロ麻雀士。
脳にメスを入れる人が、卓では牌を切る。
情報量が多すぎて、いったん深呼吸したくなります。
この時点でキャラクターが強い。
というか、設定がもう主人公です。
本書では
「脳は刺激不足で老化する」
「脳は筋トレのように鍛えられる」
といった話が、研究データと実体験を交えて語られます。
つまり、理論だけでなく、実戦経験つき。

麻雀、読書、音楽。
どれも一見バラバラですが、共通点は
「考える」
「感じる」
「予測する」
こと。
脳にとっては、立派なトレーニングメニューです。
ありがたいのは、話がフワッと精神論で終わらないところ。
「で、結局どうすればいいの?」という問いに、ちゃんと答えが返ってきます。
難しい顔で脳の話をするのではなく、
『じゃあ麻雀どうですか』
『読書どうですか』
『音楽どうですか』
と、生活レベルまで降ろしてくれる。
説教ではなく、提案。
その距離感が、この本を急に親しみやすくしています。
眠れない夜から、罪悪感を取り上げる

この本のいちばんの効能は、睡眠テクニック集ではなく、罪悪感リムーバーとして機能するところかもしれません。
眠れない夜のテンプレは、だいたい決まっています。
- 眠れない
- 焦る
- 焦るから眠れない
- なぜか人生を振り返り始める
この無限ループに、『不夜脳』は別ルートを差し出します。
「脳は眠らない」
なるほど。
つまりこれは不具合ではなく、仕様。
眠れない夜は異常事態ではなく、脳が通常営業しているだけ。
深夜でも看板を消さない、やる気のある店主みたいなものです。

ここで僕は気づきました。
眠れない=ダメな一日、ではない。
眠れない=脳が今日も働いている、ただそれだけ。
体は横になって休ませたい。
でも脳は、無理やり止めるよりも、ちょうどいい刺激で整えるほうが話が早い。
静かな音楽、読み慣れた本、決まったルーティン。
要するに、脳を叱るのではなく、なだめる。
眠れない夜に必要なのは根性ではなく、取扱説明書だったのかもしれません。
最後に

不夜脳は、調整ノブみたいな存在
脳は、オンかオフかのスイッチではありません。
どちらかというと、音量を微調整するノブです。
上げすぎると、頭の中でドラムソロが始まる。
下げすぎると、無音が逆に気になって雑音が増える。
……どっちも落ち着かない。
『不夜脳』を読み終えると、脳の元気さを「敵」だと思っていた自分が、少しだけ照れくさくなります。

眠れない夜の脳は、暴走しているのではなく、調整中なだけ。
刺激が足りないのか。
刺激が多すぎるのか。
それとも、今日という一日の音量バランスが、ちょっとズレただけなのか。
大事なのは、無理に電源を切ろうとしないこと。
ノブを、少しだけ左に回す。
静かな音楽。
読み慣れたページ。
いつものルーティン。
そうやって脳は、一日分の出来事をミックスダウンしているのかもしれません。
眠りは闇ではなく、編集作業の時間。
今日という一日は、削除されるのではなく、静かに保存される。
そう思えるだけで、眠れない夜は、少しだけ味方になります。
書籍情報
書名:不夜脳 脳がほしがる本当の休息
著者:東島 威史 氏
出版社:サンマーク出版
発売日:2025年9月24日
ページ数:約240ページ
定価:1,650円(税込)

