騎士が剣を振るう前に、誰が戦争を回していたのか?——中世ヨーロッパ『戦場の後方女性たち』
はじめに

霧が低く垂れこめた野原。槍と盾がぶつかる音、馬のいななき、鉄の匂い。
——中世ヨーロッパの戦場といえば、こういう“男だらけの筋肉映画”を想像しがちです。
ところが、戦場の「少し後ろ側」に目を向けるだけで、このイメージは一気に崩れます。
鍋が煮立ち、洗濯物が風にはためき、荷車が軋み、子どもの泣き声が混じる。
そこにいるのは、剣を振るう騎士ではなく、洗濯女、料理人、物売り、そして兵士の妻や子ども。
つまり戦場の後方には、もう一つの“移動する街”があったのです。
戦争は「男の仕事」だと決めつけた瞬間、現場はたちまち立ち行かなくなります。
きれいな価値観ほど、現実の前ではあっさり崩れるものです。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
戦場はテーマパークじゃない(なのに屋台がある)

軍隊というと「戦う集団」を想像しますが、中世の軍はそれだけじゃありません。
兵がいれば、飯が要る。
服が汚れる。
傷ができる。
物が壊れる。
で、直さないと戦線を維持できない。
そこで生まれるのが、兵+家族+商い+雑役が混ざった“行軍共同体”。
史料や研究では camp followers(従軍者)とか baggage train(荷駄隊)とか、ドイツ語圏ならトロス(Tross)みたいな言い方で語られます。
この共同体、ざっくり言えば
「移動式ショッピングモール兼避難所兼物流センター」
しかも、後方が増えれば増えるほど兵站(補給)は苦しくなります。
口が増える。
移動が遅くなる。
道が詰まる。
それでも、いなくなると今度は兵の生活が崩壊する。
中世の戦争は、どちらを取っても問題が噴き出す、綱渡りのような仕組みでした。
洗濯は地味じゃない(シラミが最強の敵)

ここで一度、説明を止めて、史料に書かれた「洗濯」という言葉が、実際にはどんな光景だったのか?
当時の現場をそのまま覗いてみましょう。
雨上がりの野営地。
湿った土の匂い。
焚き火の煙が目にしみる。
大鍋がぐつぐつ鳴って、油と肉と焦げの匂いが混じる。
すぐ横の桶では、冷たい水に腕を突っ込んだ女性が、泥と血と汗で固まったシャツを叩き洗いしている。
水面には薄い脂が浮いて、遠くでは子どもが咳き込み、どこかで馬が鼻を鳴らす。
ロマンは一ミリもない。
でも、ここがポイントです。
洗濯は衛生と稼働率に直結します。
服が汚い?
「まあ中世だから仕方ない」で片づけてしまうと、肝心な問題を見落とします。
シラミや感染症は、剣より静かに部隊を削っていきます。
戦場の敵は、だいたい人間より小さい。
洗濯女は「家事の延長」ではなく、軍の稼働を支えるインフラでした。
現代で言えば、ビルの電気や水道を管理する人たちのような存在です。
普段は目立たないけれど、止まった瞬間に生活そのものが成り立たなくなってしまいます。
鍋の周りに経済ができる(補給に穴があるから)

料理人や物売りの女性たちは、兵士の腹と財布に直撃する存在でした。
中世の補給は、現代みたいに整っていません。
支給が遅れる、足りない、そもそも来ない。
すると現場では「自分でどうにかする」が基本になります。
そこで、パン、酒、チーズ、干し肉、布、針、紐、ちょっとした薬草……。
必要なものを必要な時に売る。
これ、社会がどれだけ“上品な建前”を並べても、現場では最強です。
戦場は理想主義に厳しい。
しかも商いは、危険と隣り合わせ。
「戦争は男の仕事」と言いながら、実際は女性の労働で回っている。
現代でも見たことありますよね、こういう構図。
恋愛? もちろんある(でも“制度”が先に来る)

戦場で恋が芽生える
——そう聞くと、急に映画っぽくなります。
ただし中世の現実は、ロマンより先に社会のルールが来ます。
たとえば十字軍。
十字軍は軍事遠征であると同時に、神に誓いを立てて旅をする巡礼でもありました。
そのため女性が参加すること自体は、決して珍しすぎる例ではありませんでした。
ただし、問題は「どうやって参加させるか」です。
教会や法の世界は、女性の同行を認める場合でも、父・夫・兄弟など男性親族と一緒であることを条件にすることが多かった。
ここで登場するのが、ジェンダー史という考え方です。
ジェンダー史とは、
「男だからこうするべき」
「女だからこう扱われるべき」
といった当時の社会の思い込みや役割分担が、歴史の中でどう働いていたかを見る視点のことです。
この視点で見ると、女性たちは二つの相反する見方を同時に向けられていました。
一つは、
「秩序を乱しかねない存在」
「誘惑になり得る存在」
という警戒の目。
もう一つは、
「守られるべき存在」
「管理されるべき存在」
という保護の目。
さらに言えば、これは女性のために用意されたルールというより、男性や社会の側が不安を抑えるための仕組みでした。
なぜか。
中世社会では「戦うのは男、守られるのが女」という役割分担が、秩序の前提になっていたからです。
ところが戦場の現実では、女性が働き、移動し、金を扱い、生活を支えている。
その事実は、この前提を大きく揺さぶります。
そこで社会は、
「女性は男性親族と一緒にいる」
「管理され、保護される存在だ」
という枠を与えました。
こうしたルールがあれば、女性が戦場にいても
『秩序は保たれている』
『男が主役の世界は崩れていない』
と説明できる。
つまり、女性をどう扱うかを細かく決めることは、現場の現実を変えるためではなく、
「この状況は問題ない」
「社会の形は壊れていない」
と男性中心の社会が自分たちを納得させるための方法だったのです。
妻と子どもが混ざると、軍は“家族経営”になる

兵士が家族を連れて移動する。
現代の感覚だと「え、危なくない?」ですが、中世の戦争はそもそも生活と切り離せません。
遠征が長引けば、村の畑だけでは食えない。
夫だけが戦場に行き、妻子が村に残されれば、食べ物も収入も途絶えて生活が成り立たなくなる。
だから“同行”は、愛情だけじゃなく生活戦略でもあります。
そして、家族が混ざると軍の性格が変わります。
兵は、ただ剣を振るう存在ではなくなります。
誰を食べさせるのか、誰を守るのか、どうやって今日を生き延びるのか
——そんな現実を丸ごと背負う存在になる。
すると戦争は、勇ましい英雄物語ではなく、
「この家族は明日も食べていけるのか」
という現実的な問題の集まりに変わります。
中世の戦場は、戦闘と生活が切り離されていない場所でした。
家計の心配と命の危険が、常に同時進行していたのです。
教会と社会のホンネ(禁止じゃなくて管理したい)

「教会は女性の従軍を禁止したの?」
こう聞きたくなるんですが、ここで大事なのは、単純な禁止よりも統制です。
なぜなら、現場に女性がいないと回らない場面が多い。
でも、女性がいると秩序が乱れるかもしれない(と当時の権力者は思う)。
つまり必要なのに不安。
この“ねじれ”が、規則や説教や道徳話の形で現れます。
衛生、治安、兵站、性的秩序。
あらゆる言葉で「枠」を作ろうとする。
そして中世後期から近世初頭にかけて、軍規や軍事論の整備が進むと、後方共同体はより露骨に管理対象になっていきます。
現場が巨大化すると、秩序が崩れる事を嫌って管理したくなる。
国家って、だいたいそういう生き物です。
最後に

戦争の“現実”は、いつも後ろにある
私たちは戦争を語るとき、どうしても前線の英雄に目が行きます。
剣を振るう騎士。
突撃する兵士。
決断する将軍。
……分かります。
分かるんですが、ちょっと待ってほしい。
前線は確かに派手です。
でも、派手なだけで戦争そのものを支えてはいません。
鍋をかき回す手。
泥と血で固まったシャツを、無言で叩き続ける手。
子どもを片腕で抱えながら、もう片方で荷車を押す手。
正直、絵にはなりません。
映画の予告編にも向かない。
ポスターにすると地味すぎる。
でも——その手が止まった瞬間、英雄の物語はあっけなく干上がります。
腹は減るし、病気は広がるし、明日の行軍はできない。
勇気だけでは、どうにもならない。
中世ヨーロッパの戦場の後方にいた女性たちは、歴史の教科書ではだいたい脇役です。
名前も残らないことが多い。
とはいえ、脇役が全員いなくなった舞台を想像してみると
……物語そのものが始まりません。
主役が登場する前に、幕が下りてしまう。
戦争という巨大な装置は、剣や号令だけで動いていたわけではありません。
実際に回していたのは、食事、洗濯、子どもの世話、明日の段取り
——つまり生活そのものです。
そして生活というものは、だいたい音が小さい。
夜の野営地で、火がぱちぱちと弾ける音。
その控えめな音のほうが、昼間の槍の衝突よりも長く続き、確実に戦争を前へ進めていた。
そんなふうに思えてきます。
おまけの4コマ


