眠いからコーヒーを飲み、コーヒーを飲んだから眠くなる話
はじめに

理屈で説明すると、コーヒーは「苦い水」です
コーヒーとは何でしょうか。
理屈で定義すると、まず「苦い水」です。
- 焙煎したコーヒー豆を粉にし、湯で抽出します。
└ いきなり豆を粉砕して熱湯をかけます。朝から容赦がありません。 - 香りと酸味と苦味を、熱と水に溶かして飲みます。
└ できあがった黒い液体を見て「今日もいける」と自分に言い聞かせます
人類はこれを、なぜか毎日やっています。
成分の話をすると、主役はカフェインです。
カフェインは栄養ではありません。
エネルギーを増やすわけでもありません。
なのに、眠気をどけます。
ここがコーヒーのいちばん不思議なところで、いちばん雑に誤解されやすいところでもあります。
眠気は「疲れ」ではありません。
脳内にたまるアデノシンという物質が、眠気のスイッチを押します。
起きている時間が長いほどアデノシンは増えます。
アデノシンが受容体に結合すると、覚醒に関わる神経活動が抑えられ、ぼんやりが始まります。
睡眠中にアデノシンは分解され、翌朝の「なんかいけそう」が戻ってきます。

カフェインは、その受容体に割り込みます。
アデノシンと似た形をしているので、鍵穴に偽物の鍵として差し込めるのです。
アデノシンが座る椅子を横取りし、眠気の合図を届きにくくします。
その結果、ヒスタミンやドーパミンなど、覚醒側の神経伝達物質の活動が相対的に優勢になるのです。
つまり、コーヒーは「眠気を倒す」のではありません。
眠気の受付を混雑させているのです。
摂取後、だいたい15〜30分で効き始め、30分〜120分で血中濃度が最大になります。
半減期は平均4時間、個人差で2〜8時間。
夕方以降に飲むと夜に残って、睡眠を邪魔することもあります。
理屈で説明すると、そういう飲み物です。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
それでも私は、今日もコーヒーを淹れます

で。
こんな説明を読んで、誰がコーヒーを飲みたくなるのでしょうか?
「偽の鍵」とか「受容体」とか言われても、こちらは朝の自分を救いたいだけです。
眠気と戦いたいのに、急に化学の授業が始まります。
黒板どこですか。
チョーク持ってきてください。
僕はコーヒーが好きです。
好きすぎます。
たぶん、味よりも儀式が好きです。
眠いです。
机に座ります。
やる気がありません。
なのに仕事はあります。
だからコーヒーを淹れます。
この順番が、なぜか人生の基本動作になっています。
歯を磨く。
顔を洗う。
コーヒーを淹れる。
だいたい同列です。
不思議なのは、効いているのかどうかよく分からない日があることです。

飲みました。
目が覚めました。
……ような気もします。
でも、午後になるとまた沈みます。
体は正直です。
カフェインの半減期とか、今さら言われなくても体が知っています。
知っているのに、また飲みます。
おかしいです。
眠気が消えるはずの飲み物が、私の生活を眠気中心に回しています。
「眠いからコーヒー」
「コーヒー飲んだから眠い」
この循環、どこかで見ました。
そうです。
借金で生活を回す人の仕組みです。
――いや、僕は借金はしていません。
カードもなるべく使っていません。
睡眠だけが足りていないのです。
コーヒーは睡眠の「支払い猶予」をくれる装置です

――ここで、調べたことが一つ繋がりました。
コーヒーはエネルギーをくれません。
眠気の信号を遮るだけです。
アデノシンという請求書を、見なかったことにします。
つまり。
コーヒーは、睡眠の「支払い猶予」をくれる装置なのです。
眠気は、ちゃんとした理由でやってきます。
起きていれば来ます。
働いていれば来ます。
生きていれば来ます。
本当は払わないといけません。
寝ないといけません。
でも、どうしても今は払えません。
締切があります。
会議があります。
子どもが起きました。
自分がだらしなくて、夜にスマホを見ました。
言い訳だけは、本当にいくらでもあります。
そこでコーヒーを飲みます。
カフェインは、眠気を消すのではありません。
眠気を感じにくくするだけです。

眠気は来ています。
ちゃんと来ています。
でも、こちらは「今じゃない」と言っているだけです。
つまり、先延ばしです。
とても人間らしい行為です。
この仕組みを知ると、効き目の個人差も納得できます。
代謝が速い人は、効き目がすぐ切れます。
代謝が遅い人は、長く効きます。
僕はどちらかというと、効き目よりも気持ちの問題で飲むタイプです。
効いているかどうかは正直どうでもよくて、
「飲んだ」という事実だけで安心します。
「よし、これで今日は戦える」
と、誰にも聞かれていない宣言をします。
そして10分後に、もう一杯を検討し始めます。
朝のキッチンと、湯気の立つ時間

朝。
キッチン。
まだ暖房が勝っていない空気。
床はひんやりして、靴下が頼りないです。
「寒い」
と思いながら立っています。
なぜなら、座るとそのまま一日が終わりそうだからです。
湯を沸かします。
ケトルが低い声で唸ります。
その音だけで、少し安心します。
なぜでしょう。
たぶん「今から何かが始まる音」だからです。
豆を挽きます。
ミルの手応えが、砂利を潰すみたいにザリザリします。
ふたを開けると、乾いた香りが立ちます。
甘いのに苦い匂いです。
鼻の奥の、眠気が溜まっているあたりに届きます。
この時点で、もう半分は目が覚めています。
ドリッパーに粉をならします。
お湯を注ぎます。
最初の一滴が落ちるまでの間が、いちばん長いです。
「まだか」
「まだか」
と、心の中で急かします。
ぽと。
来ました。
今日の希望です。
湯気が上がります。
ガラスのサーバーがじんわり熱を持ちます。
湯の温度で、手のひらが少しだけ生き返ります。

ひと口。
舌の上に苦味。
その後に、酸味。
最後に、喉の奥に残る香り。
熱が胸まで落ちていきます。
そして僕は、こう思います。
「よし、今日はいける」
いけるわけがありません。
昨日も言いました。
昨日はいけませんでした。
でも、言います。
毎朝言います。
なぜなら、このセリフを言わないと一日が始まらないからです。
コーヒーは私に、未来の自分から時間を前借りさせます。
しかも、手続きが簡単です。
財布を出すより簡単です。
ベッドに戻るより簡単です。
そんな便利な猶予、使わない理由が見当たりません。
最後に

結局、僕は今日も先延ばしにします
――で。
その日の昼。
僕はまた眠いです。
さっきのコーヒーはどこへ行ったのでしょうか。
胃でしょうか。
血でしょうか。
それとも夢の国でしょうか。
猶予は切れました。
督促は戻ってきました。
本当なら、ここで少し寝るべきです。
コーヒーを飲んでから、30分だけ仮眠。
いわゆるコーヒーナップ。
理屈では正しいです。
でも僕は、寝ません。
なぜなら。
仮眠の30分で、スマホは無限にスクロールできるからです。
30分あれば、世界の不幸も猫の動画も全部見られます。
人類の叡智です。
それで、またコーヒーを飲みます。
さっきの自分にツッコミます。
「いや、寝ろよ」
支払い猶予の延長申請です。
しかも、理由は「SNSの既読」
審査、通るはずがありません。
むしろ怒られます。

夜。
布団。
目が冴えています。
なぜでしょう。
昼に寝なかったからです。
昼にコーヒーを飲んだからです。
さっきの自分のせいです。
当然です。
今日、私は眠気を全力で先延ばしにしてきたのですから。
寝られません。
だから、明日も眠いです。
そして僕は、明日もコーヒーを淹れます。
ここで僕は、気づきます。
これ、無限ループでは。
偽の鍵で、また鍵穴を塞ぎます。
借金体質は治りません。
――いや、体質ではなく生活習慣の問題です。
わかっています。
わかっていますとも。
でも。
朝の湯気だけは、毎回ちょっとあたたかいです。
その湯気を見ると、
「まあ、いっか」
と思ってしまうのです。
たぶん僕は、そのあたたかさを口実にして、今日も自分を許しています。
許されるほど立派な生活ではないのに。

