日常のふしぎ
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倍速で見たのに、なぜか何も思い出せない──動画時代に「本を読む人」だけが得している理由

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

見たはずなのに、なぜか思い出せない

昨夜、あなたはきっと動画を見ています。

仕事ができる人の習慣だったり、投資の基本だったり、
「これを知れば人生が変わる」系のやつ。

再生時間は10分。
しかも1.5倍速。
――効率、良さそうですよね。

見終わった直後は、こうです。

「うん、今日はちょっと賢くなった気がする」

ところが翌日。

会社で何気なく聞かれる。

「そういえば、昨日見てた動画って何の話だったの?」

……あれ?

頭の中を探ってみる。

出てくるのは要点でも結論でもなく、
なぜかサムネイルで腕組みしてた人の顔。

いや、そこじゃない。
覚えたいのは。

一方で、
数日前に寝る前にパラパラ読んだ本の一文は、
妙にしつこく残っている。

別に必死で読んだわけでもない。
付箋も引いてない。

なのに、思い出せる。

動画のほうが、
音も映像もフル装備で、
どう考えても記憶に有利そうなのに。

……おかしい。

この違和感、 あなたも一度は味わったことがあるのではないでしょうか?

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

結論|読書は「考えないと進まない」から残る

ここで核心の話をします。

読書が頭に残りやすい理由は、とても単純。
考えないと、先に進めないからです。

動画はどうか。

再生ボタンを押した瞬間、
こちらの理解度などお構いなしに進んでいきます。

「今のところ、ちょっとよく分からなかったんだけど……」

そんな心の声は完全スルー。

動画:「はい次! じゃんじゃん行きます!」

読書は真逆です。

意味が分からない。
腑に落ちない。

するとどうなるか。

ページが進まない。

物理的に。

考えない限り、
話が続かない仕組みになっています。

これは不親切なのではなく、
むしろ親切。

立ち止まることを、
強制してくれる。

だから残る。

ここが、
動画と読書を分ける決定的な差です。

理由①|読書は脳の処理速度に合わせてくれる

本を読んでいるときの自分を、ちょっと思い出してみてください。

・あ、ここよく分からないな、と止まる
・さっきの段落に戻る
・「つまり、こういうことか?」と一人でうなずく

――はい、完全にブレーキ踏んでます。

でもこれ、サボっているわけじゃありません。
むしろ逆。

ちゃんと理解しようとしている証拠です。

動画でも一時停止や巻き戻しはできます。

理屈の上では。

でも実際はどうでしょう。

止めた瞬間、
「なんか流れ悪くなるな…」
「まあ次見れば分かるか」

そんな気持ちが顔を出す。

なぜか。

動画は、
時間が前に進み続けるメディアだからです。

流れを止めること自体が、
ちょっとした決断になる。

一方、読書は最初から止まっています。

あなたが読まない限り、
1文字も動かない。

急かしてこない。

「分かるまで、どうぞ」

そんな顔で、
ページがこちらを見ています。

この“待ってくれる感じ”

これが、
読書が記憶に残りやすい一番の理由です。

理由②|文字だけだと、脳がサボれない

動画は、とにかく親切です。

映像で説明してくれる。
音声で補足してくれる。

至れり尽くせり。

その結果、どうなるか。

――はい、考えなくても「分かった気」になれます。

いや、これ動画が悪いわけじゃありません。
親切すぎるだけです。

一方、文字はどうか。

文字だけ。

映像もBGMもナレーションもなし。

状況も感情も、
「各自で想像してください」というスタンス。

正直、不親切。

でもここで、
脳がようやく仕事を始めます。

「これ、どういう場面だ?」
「自分の経験だと、あのときに近いかも」

――考えてる、考えてる。

この“頭の中で整理して結びつける作業”が、
そのまま記憶として残ります。

動画は、
料理を全部口に運んでくれる人。

読書は、
材料とレシピだけ渡して、
「じゃ、よろしく」と去っていく人。

手間はかかります。
正直、楽ではありません。

でもあとで味を思い出せるのは、
だいたい後者です。

……自分で作ったほうが、
記憶にも残る。
まあ、そういうことです。

理由③|動画は「見ているフリ」ができてしまう

ここで、少しだけゾッとする話をします。

動画を見ているとき、
私たちは思っている以上に、
別のことを考えています。

夕飯、何にしよう。
明日の予定、大丈夫だっけ。
さっきのLINE、あれ既読つけるべきだった?

……はい、今この瞬間も誰か思い当たったはずです。

でも動画を見ているあいだ、
目と耳はちゃんと埋まっています。

画面は動いている。
音声も流れている。

だから脳はこう勘違いする。

「お、ちゃんと見てるな。仕事してるな」

――してません。

これが、
「見たはずなのに、何も残っていない」現象の正体です。

読書中にボーッとすると、
どうなるか。

文字が入ってこない。
ページだけが進んでいく。

すぐ分かります。

「あ、今なにも読んでなかったな」と。

動画は、
それを教えてくれません。

最後まで再生される。

達成感だけは、しっかり残る。

でも中身は、
どこにもいない。

だから、
満足感だけあって、記憶が残らない

これは集中力の問題でも、
意志の弱さでもありません。

人間がそういう作りなだけです。

それでも動画が強い場面は確実にある

ここまで読んで、

「じゃあ動画って、やっぱダメじゃん」

と思った方。

……ちょっと待ってください。

話はそこまで単純じゃありません。

どう考えても動画のほうが強い瞬間というものもあります。

・全体像を一気に頭に入れたいとき
・動きや手順をそのまま確認したいとき
・やる気スイッチを入れたいとき

たとえば筋トレ。

これを文章だけで説明されたらどうなるか。

「腕をこうして、次にこうで……」

……はい、もう無理。

途中でスマホ閉じます。
心も折れます。

この手のものは、
迷わず動画で正解です。

つまり、
動画が弱いのではありません。

強い場面が、
はっきり分かれているだけ。

問題はそこを見誤って、

「とりあえず流しておけばOK」

という使い方をしてしまうこと。

動画は魔法の記憶装置ではありません。

設計と使い方を間違えると、

“見た時間だけが消えていく装置”

になります。

……はい、耳が痛いですね。

実践編|動画を「見た気」で終わらせない5つの工夫

ここまで読んで、

「じゃあ私は、もう一生動画で学べないんですか?」

と不安になった方。

大丈夫です。

動画派にも、ちゃんと救いはあります。

ほんの少しだけ、
見方を変えるだけでいい。

① 3分ごとに止めて、1行でまとめる
→ 正直、面倒です。
分かります。
でもこれをやると、「見た気」では終わらなくなります。

② 見終わったあと、何も見ずに思い出す
→ 出てこないところが、理解できていないところ。
忘れたのではなく、まだ入っていないだけです。

③ 倍速より区切り視聴
→ 速さで勝負すると、だいたい負けます。
理解できた単位で区切るほうが、結果的に早い。

④ 字幕は追わず、要点をメモ
→ 目と耳をフル稼働させると、脳が渋滞します。
大事なところだけ、紙かメモアプリへ。

⑤ 見直す前に自分に質問する
→ もう一回再生する前に、まず自分に聞いてみる。
答えられなかったら、そこだけ見直せばいい。

全部やらなくても構いません。

一つでもやれば、
動画は「流れて消えるもの」から、
ちゃんと残るものに変わります。

……はい。
ここまで来ると、
だいぶ“勉強”っぽくなりましたね。

でもその分、
ちゃんと覚えています。

最後に

残るかどうかは、使い方で決まる

ここまで来て、

「結局どっちが正解なの?」

と思っている方もいるかもしれません。

……ありません。
正解。

読書が偉いわけでもなければ、
動画がダメなわけでもない。

ただ一つ、
はっきりしていることがあります。

自分の頭を使ったかどうか。

それだけです。

動画を見て、
考えて、立ち止まって、
「ああ、そういうことか」と腑に落ちたなら、
それは立派な学習。

本を読んで、
ページだけ進めて、
何も残らなかったなら、
それはただの通過。

もし今夜、
動画を再生するか、本を開くかで迷ったら、
こんな基準で選んでみてください。

今日は、ちゃんと考える余裕があるか。

あるなら、本。
ないなら、動画。

どちらも悪くありません。

ただ、本だけは一つだけ違う。

あなたが理解するまで、

ページは、
何も言わずに待ってくれます。

速く流れていく情報より、
立ち止まれる時間のほうが、
あとになって、ちゃんと残る。

たぶんそれが、
動画だらけのこの時代に、
それでも本を読む人がいる理由です。

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、小噺を発信しています。
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