中世の兵士たち
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【戦場よりつらい日常】中世ヨーロッパ兵士の心を削ったもの

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

「中世の兵士」と聞いて思い浮かぶのは、たいてい派手な場面です。

剣が光って、矢が飛んで、鎧がぶつかってガシャーン。
いわば歴史のベストシーン集。

ところが史料をめくっていくと、テンポが急に落ちます。
ものすごく落ちます。
戦っていない時間が、やたら長い。
行軍、野営、補給待ち、包囲戦の“待ち”、守備隊勤務
現場の実感を一言でまとめると、
「まだ?」
「腹減った」
「寒い」
「眠い」

……あれ? これ戦争ですよね?
(労働環境の話じゃないですよね?)

そんな“地味だけど重たい時間”こそが、兵士の心と士気をじわじわ削っていきました。剣を振るう瞬間より、何も起きない時間のほうが、よほど厄介だったりする。

そのあたりを、肩の力を抜きつつ覗いていきましょう。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

退屈は敵より強い?「戦闘より長い空白時間」

まず想像してみてください。

戦争中です。
命がけです。
……なのに、やっていることは基本「待ち」

  • 行軍の順番待ち
  • 野営地での待機
  • 物資が来るのをひたすら待つ
  • 包囲戦で城が落ちるのを待つ(全然落ちない)
  • 守備隊として門番・巡回・見張り

はい、戦争あるある。
戦闘シーンより、圧倒的に待機シーンが長い。

ここで問題になるのが退屈です。
退屈は静かですが、かなり攻撃力が高い。
人間は刺激が足りないと、自分で刺激を生成し始めます。

現代ならスマホを触れば済みますが、中世の兵士の手元にある“手軽な刺激”は、だいたいこの辺。

  • 賭け事
  • 口論
  • ついでに略奪

……うん、治安が悪い。

指揮官の立場で考えると、敵軍より怖いのは「自軍が自滅する」ことです。
退屈 → 気の緩み → 規律の崩壊 → 暴力や離隊、という流れが起きると、士気は音を立てて下がっていきます。

「ヒマは人をダメにする」という言葉がありますが、戦場では冗談になりません。
休日にダラけるのと違って、こちらは武器を持った集団がダラける。
……そりゃ困ります。

軍規は“戦闘マニュアル”ではなく“生活指導要項”

中世後期の軍隊には、軍規(オーディナンス/アーティクルズ)というルール集が登場します。
名前だけ聞くと「必殺技の使い方」とか「隊列の組み方」みたいな戦闘マニュアルを想像しがちですが、実物をのぞくと肩すかしを食らう。

中身はというと、かなり現実的です。
ものすごく現実的。

  • 略奪するな
  • 勝手に持ち場を離れるな
  • 乱闘を起こすな
  • 酒と賭博で揉めるな
  • 住民に手を出すな(本当にやめろ、という温度感)

……はい。
戦争というより、治安の悪い合宿の注意事項です。

逆に言えば、これだけ細かく書いてあるということは、それだけ頻繁に起きていたということ。
軍規は理想論ではなく、「昨日も今日も起きたトラブルのログ集」みたいなものです。

そして、この手のルールには地味だけど強力な心理効果があります。
「どこからアウトか」が分かっていると、人は無駄にビクビクしなくて済む。
境界線がはっきりしている集団は、意外と落ち着きます。

逆に、ルールが曖昧だとどうなるか。
皆が皆、様子見になる。

「これ、やっていいんだっけ?」
「怒られる? 怒られない?」
「隣のあいつは何でセーフ?」

……はい、ストレスフル。
戦場でも職場でも、この空気は人の心を削ります。

ただし、軍規は魔法ではありません。
守らせるには納得が必要で、納得には前提条件がある。

そう、ちゃんと食べられること。
ちゃんと眠れること。
そして――ちゃんと給料が出ること。

生活が崩れている状態で「規律を守れ」と言われても、心はなかなか動かない。
というわけで、話は自然と次のテーマに流れていきます。

給料が出ないと士気も出ない

■「未払い→略奪」の心理

話はそのまま、さらに身もふたもない現実に踏み込みます。
士気は気合いでは腹を満たしてくれません。
だいたいの場合、財布と胃袋に直結しています。

ロマンは大事ですが、パンのほうが先。

中世の兵士は、雇用契約や日当、月給、そして戦利品で生活していました。
ところが雇い主である王侯貴族の財政は、しょっちゅう不安定。というか、火の車。
結果どうなるか。
給料が遅れる。
あるいは、出ない。

さて、給料が出ないと人はどうなるでしょう?
まず不満が出ます。
これは正常な反応です。
でも本当に厄介なのは、その次。

兵士たちの頭の中で、ある種の“理屈”が静かに完成します。

  • 「払われないなら、現地で調達するしかない」
  • 「略奪? いやいや、生活費の前借りです」

……はい、自己正当化が完成しました。
この瞬間、加害の心理的ハードルはぐっと下がります。
悪いことをしている意識が薄れると、規律は一気に崩れやすくなる。

規律が崩れると、何が起きるか。
味方が信用できなくなります。
隣で剣を持っている人間が、次に何をするか分からない。
これ、敵がいる戦場では致命的です。士気を削るには十分すぎる。

逆に、支払いが安定している軍はどうか。
驚くほど落ち着きます。
「働いた分は返ってくる」という見通しがあるだけで、人は我慢ができる。

……当たり前ですね?
でも歴史を見ても、この“当たり前”守られているかどうかで、軍の空気はまるで違うのです。
士気の正体は、だいたいこういう地味な部分に隠れています。

従軍者が支える安心と、揉め事の種

■野営は“移動する社会”

野営地(フィールドキャンプ)というと、「兵士がゴロゴロ寝ている場所」を想像しがちですが、実態はもう少し複雑です。というか、普通に1つの社会。

司令官のテントがど真ん中にあり、身分が高いほど中心に近い。
外周には柵や塹壕、見張りが巡回。
はい、屋根は布ですが、中身はきっちりヒエラルキー社会です。

つまり、見た目はアウトドア、中身は封建制。
……なかなか胃にきます。

一般兵士の寝床はというと、質素そのもの。
雨が降れば濡れる。
寒ければ震える。
地面は硬い。
泥は友だち。
気分が下がる条件が、だいたいフルコンボです。(上がる要素、どこ?)

そんな環境で、兵士の心をギリギリ支えていたのが、兵士以外の人々
――商人、職人、家族、使用人などの従軍者たちでした。
いわゆるキャンプ・フォロワーです。

彼らが何をしていたかというと、かなり重要なことばかり。

  • 食事を作る(まずはこれ。空腹だと士気は秒で落ちる)
  • 洗濯をする(地味だけど重要。臭いは心も削る)
  • 物資を売る(必要なものは、だいたいここで買う)
  • 武具を直す(壊れたら命に直結。笑えない)
  • 看病する(戦場の本当のMVPかもしれない)

要するに、「生活が破綻しないようにする係」

これがあるだけで、兵士の心は驚くほど安定します。
食べられる。直してもらえる。誰かが世話をしてくれる。
この三点セット、戦場ではとんでもなく心強い。

ただし、人数が増えれば問題も増えます。
喧嘩、盗み、揉め事、病気、性的トラブル。
人が集まる場所にトラブルが生まれるのは、古今東西のお約束です。

指揮官が「従軍者はちょっと減らそうか……」と頭を抱えたくなるのも無理はありません。

結局のところ、従軍者は兵士にとって
支えであり、安心材料であり、同時に頭痛の種でもありました。

……はい。
人間関係って、どこまで行ってもだいたいこういうものです。

メンタルは体の状態に引っ張られる

■食事・睡眠・衛生

まず大前提として、人間は空腹と寝不足にとても弱い生き物です。
中世の兵士も例外ではありません。(鋼の意志? 胃袋の前では無力)

兵士の食事は、パン、塩漬け肉、豆、チーズなどが中心。
長期保存できるのはありがたい。
でも、同じ味が続く。
しかも補給が切れると一気に詰む。(詰みポイント、わりと早い)

しかも問題はそれだけではありません。
さらに深刻なのが衛生。
野営地では一応、簡易な便所を掘ります。
掘るには掘る。
ただし、滞在が長引くと汚物とゴミが溜まる。
溜まるスピードが速い。(予想以上に速い)

水や食料が汚染され、赤痢などの病気が広がることも珍しくありませんでした。
結果どうなるか?

中世の軍隊では、「敵にやられる前に病気にやられる」ケースが本気で多い。
剣や矢より、腹痛のほうが致命傷になる世界です。(あまりにも不本意)

ここで本当に厄介なのは、病気そのもの以上に「いつ自分が倒れるか分からない」という恐怖。

  • 眠れない(不安と寒さのダブルパンチ)
  • 疲れる(休めないので当然)
  • 腹を壊す(これはもう日常)
  • いつ自分が倒れるか分からない(常時デバフ)

これが積み重なると、人はどうなるか。
苛立つ。
疑う。
荒れる。
絶望する。

士気が下がるのは、勇気や根性が足りないからではありません。
体のコンディションが崩れているからです。(精神論、ここでは敗北)

……はい。
現代の私たちも身に覚えがありますよね。
寝不足の日の自分、だいたい機嫌が悪い。
しかも自覚はあるのに直らない。(一番タチが悪い)

娯楽は「ただの暇つぶし」ではない

■仲間意識を作る装置

ここまで読むと、「中世の兵士、ずっと辛そうだな……」と思われたかもしれません。
ご安心ください。
彼らも人間です。
ちゃんと息抜きします。(しないと心が先に壊れる)

過酷な日常の合間に、兵士たちが何をしていたかというと、わりと分かりやすい娯楽ばかり。

  • チェスやバックギャモン、ミルなどの盤上ゲーム(頭脳戦。なお負けると機嫌が悪くなる)
  • サイコロ(だいたい賭け事と仲良し。友情は時々行方不明)
  • 弓の腕比べ、レスリングなどの競技(娯楽と訓練を兼ねる。負けるとプライドが削れる)
  • 音楽、踊り(場の空気が一気に緩む。ありがたい)
  • 物語(英雄譚や宗教的な話)(盛り上がると「俺もいける気がする」錯覚が発生)

これらは、単なる暇つぶしではありません。
同じ場で笑い、同じ勝負に一喜一憂し、同じ物語に耳を傾ける。

この「同じ時間を過ごしている」という感覚が、じわじわ効いてきます。
「ここに仲間がいる」
「一人じゃない」
という実感は、士気の土台そのもの。

実際、士気というものは、号令や根性論よりも、こういう場面で育ちます。
人は孤立すると折れますが、横に誰かがいると案外踏ん張れる。(不思議だけど本当)

ただし、良いことばかりではありません。
特に賭博と酒は、扱いを間違えると即トラブル。

  • 勝てば陽気(声がでかくなる)
  • 負ければ荒れる(だいたい揉める)

……分かりやすいですね。

適度なら潤滑油、過度なら爆薬。
このさじ加減に失敗すると、せっかくの娯楽が士気低下装置に早変わりします。

(人類、いつの時代もやってること、だいたい同じでは?)

「怖い」を一人で抱えないための仕組み

■宗教と儀礼

中世ヨーロッパの戦争を語るとき、宗教はどうしても外せません。
というか、ほぼセット販売です。

戦争+宗教。(単品不可)

出陣前後のミサ、祈り、説教、告解。軍には聖職者が随行することもありました。
剣と鎧の横に、聖書と祈り。絵面としてはちょっと不思議ですが、当時はこれが普通。(違和感を覚えるのは現代人だけ)

ここで大事なのは、宗教が「勇気を注入する装置」だったというより、
恐怖を処理する装置だったことです。

戦闘中より怖いのは、実は「待っている時間」
夜、何も起きていないのに眠れない。
朝、目が覚めた瞬間に最悪の想像が始まる。
人間の脳、ヒマを与えるとすぐ暴走します。(しかも悪い方向に)

そこで登場するのが、儀礼です。
祈る。
唱える。
集まる。
同じ言葉を口にする。

これによって、不安は

  • 恐怖を共同体の中で扱う(ひとりで抱え込まない)
  • 死に意味を与える(無駄死にだと思わないため)
  • 罪や後ろめたさを整理する(やったことは消えないが、整理はする)

という形で“処理”されていきます。

この枠組みがあると、人は意外と踏ん張れます。
怖い気持ちが消えるわけではありません。
ただ、「自分だけじゃない」と思える。
これ、精神的にはかなり大きい。(一人で夜を越えるより、百倍マシ)

指揮官にとっても宗教は便利でした。
規律や命令を「神の意志」と結びつけられる。
要するに、宗教は精神安定剤であり、同時に統治の言語でもあったわけです。(効き目、強め)

ちなみにこの仕組み、現代でも普通に残っています。
緊張すると、決まった行動を繰り返す人、多いですよね。

  • お守りを持つ(気休め? でも効く)
  • 同じ音楽を聴く(脳が落ち着く)
  • 試合前に決まった動作をする(やらないと不安)

形があると、心は落ち着く。
理屈より先に、感情が納得する。

……はい。
中世の兵士も、私たちも、怖がり方はだいたい同じです。

最後に

士気は「勇気」ではなく、だいたい日常で決まる

中世ヨーロッパ兵士の士気を支えていたのは、派手な武勇伝や一瞬の気合い
……ではありませんでした。
「うおお!」より先に必要だったのは、「ちゃんと生活できてる?」という、ごく身もふたもない話です。

給料は出るのか。
腹は減っていないか。
今日は眠れるのか。
守るべきルールがあり、横を見れば仲間がいて、「怖い」と言ってもいい空気があるか。

  • 生活の見通しがあると、人は意外と踏ん張れる。(本当に効果がある)
  • 統制があると、不安は勝手に暴走しにくい。(放っておくと暴れる)
  • 意味づけがあると、恐怖は一人分で済まなくなる。(抱え込み防止)

このあたりが揃って、ようやく兵士は前を向けました。
逆にどれか一つが欠けると、最強の鎧より先に、心のほうがミシッと音を立てます。(嫌な音)

中世の兵士は、よく「勇ましい戦士」として描かれます。
でも日常をたどっていくと、そこにいるのは驚くほど普通の人間です。

給料が遅れてイラッとし、寒さと寝不足で弱り、仲間と笑って少し持ち直し、酒で失敗し(はい、あるある)、祈りで心を整える。

剣を振るう瞬間は、たしかに歴史のハイライトです。
けれど士気を本当に支えていたのは、焚き火の前の雑談であり、パンの配給であり、守るべきルールであり、眠れない夜の祈りでした。

……これ、僕たちもだいぶ似ています。
大事な日の自信は、その日の気合いだけで決まらない。
普段の睡眠、食事、生活の見通し、そして誰かと笑える時間が、最後に背中を押します。

中世の兵士たちは、たぶんこんな理屈を考えてはいません。
ただ鎧を外し、地面に横になり、「明日はどうなるかな」と思いながら目を閉じただけです。

夜が深まるころ、誰かが小さく呟く。
「明日は戦いか? それとも、また待ちか?」

答えは分からない。
それでも焚き火のそばには仲間がいて、祈りの言葉があり、朝になればパンが配られる。

歴史は戦いで動きます。
でも人の心は、だいたい――戦いの外側の日常で、こっそり守られているのです。

おまけの4コマ

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、小噺を発信しています。
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