日常のふしぎ
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部屋が片づくと、なぜか不安も減る──ミニマリストが急増している本当の理由

佐藤直哉(Naoya sato-)
<景品表示法に基づく表記>当サイトのコンテンツ内には商品プロモーションを含みます。

はじめに

気づいたら、部屋も人生も軽くなっていた

久しぶりに会った友人が、少し誇らしげに言いました。

「最近さ、ミニマリストになったんだよね」

……はいはい、またその話ね。

一昔前なら、「意識高いね〜」で流して終わりだったはずのこのセリフ。
ところが最近は、20代でも40代でも、性別関係なく普通に耳にします。
しかも一人や二人じゃない。

で、実際に家に行くとどうか。

部屋は広い。
床は見える。
なぜか充電ケーブルが絡まっていない。
使っていない家電の姿も見当たらない。

……あれ?
もしかして流行ってる?
それとも、みんなで示し合わせて何か捨ててる?

でも話を聞いていくと、どうも様子が違う。

どうやらミニマリストが増えているのは、気分とかブームとか、そういう軽い話ではなさそうなんです。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

理由① 物価高で「持つこと」が贅沢になった

最近、スーパーのレジでこう思ったことはありませんか。

「……あれ? 思ったより高くない?」

特別なものは何も買っていない。
ぜいたくもしていない。
むしろ節約したつもり。
それなのに、レシートだけが現実を突きつけてくる。

この経験、たぶんあなただけじゃありません。

物価が上がり続ける中で、多くの人が気づき始めたのは、
「物って、買った瞬間だけお金がかかるわけじゃない」という事実です。

たとえば一つ物を持つだけで、こんな負担が増えます。

・買うためのお金
・置いておくためのスペース
・管理や掃除の手間
・いつか処分するための労力

こうして並べると分かりますが、
物は“静かにコストを生み続ける存在”です。

だから最近のミニマリズムは、
「節約しよう」という気合というより、
これ以上、余計な出費と手間を増やしたくないという自然な判断に近いのです。

物を減らすと、
お金の不安が少し減り、
部屋が広くなり、
考えごとも減っていく。

ミニマリストが増えている理由は、実はとても現実的です。

オシャレだからではありません。

生活が苦しくなってきたからです。

理由② 家が狭い。なのに物だけ増える不思議

都市部で暮らしていると、だいたい次の現象が起きます。

・部屋はいつの間にか狭い
・家賃は理由もなく高い(本当は理由があるけど納得はできない)
・収納は最初から少ない

ここまでは、まあ想定内です。

問題はその次。

なぜか物だけは増えていく。

引っ越した覚えはないのに、棚が増え、箱が増え、床に「仮置きゾーン」が誕生する。
この仮置きゾーン、なぜか永住権を取得しがちです。

こうして人は、ある日気づきます。

「これ以上物を増やしたら、住んでるのが人間なのか荷物なのか分からなくなるな」と。

そこで迫られる、究極の二択。

「収納を増やすか、物を減らすか」

収納を増やせば、部屋はさらに狭くなる。
物を減らせば、部屋は少し落ち着く。

……さて、どちらが楽でしょう。

多くの人が後者を選び、
その結果、ミニマリストという肩書きが後からついてきました。

これは思想の問題ではありません。

限られた空間で、ちゃんと生活するための現実的な選択なのです。

理由③ 散らかった部屋は、無言で人を疲れさせる

「部屋が散らかってると、なんか落ち着かない」

この一言、かなり多くの人が口にします。

で、ここでたまに出てくる反論。

「いや、俺(私)は散らかってても平気だし」

……本当に? と聞き返したくなります。

なぜなら、人の脳はとても真面目だから。
視界に入ったものを、基本的に全部“確認しよう”とします。

床に置かれた紙袋。
椅子にかかった上着。
脱ぎっぱなしの服。

脳内では全部、
「あとで片づける予定の案件」として登録完了。

結果どうなるか。

頭の中で、ずっと小さな声が鳴り続けます。

「あとでやろう」
「忘れてないよね?」
「いつやる?」

……うるさい。

ミニマリストの部屋が落ち着いて見える理由は、
決して性格が穏やかだからではありません。

脳に話しかけてくる物が、そもそも少ないから。

静かな部屋は、
ただ“片づいている”だけで、
人をちゃんと休ませてくれるのです。

理由④ 「ちゃんと選んでる人」が評価される時代

少し前まで、こんな価値観が主流でした。

「たくさん持ってる=成功してる」

クローゼットはパンパン。
靴は履ききれないほど。
でも本人は、なぜか毎朝「着る服がない」と言っている。

……不思議ですね。

ところが最近、この空気がガラッと変わりました。

・何年も同じ物を使っている
・本当に必要な物だけが残っている
・流行っているかどうかで判断しない

こういう人を見ると、 「あ、この人ちゃんと考えて暮らしてるな」と感じます。

ミニマリストは、
我慢している人でも、修行中の人でもありません。

選ぶ回数は少ないけれど、選ぶ精度がやたら高い人。

それが今、いちばん“いい感じ”に見える生き方になりました。

理由⑤ 家にいすぎて、生活の粗が見えた

コロナ禍で起きた変化はいろいろありますが、
その中でも地味に大きかったのがこれです。

家の中を、見すぎた。

朝起きても家。
仕事しても家。
休憩しても家。
気づけば一日のほとんどを、同じ壁と同じ家具と一緒に過ごす生活。

最初は気にならなかったはずなのに、
だんだん目についてくるんです。

「……この棚、ずっとここにいるけど、何の役にも立ってなくない?」
「この家具、毎回ぶつかってるけど、私が悪いの?」

いや、たぶん家具のせいです。

こうして人は、家の中で小さな違和感を拾い始めます。

置いた理由を思い出せない物。
あるのが当たり前になっていたけど、なくても困らなさそうな物。

それらを一つずつ見直した結果、
残ったのは「本当に使っている物」だけ。

ミニマリズムは、
突然の悟りではありません。

暮らしを毎日眺めすぎた人が、
自然とたどり着いた答え
だったのです。

理由⑥ 捨てなくてもいい時代が来た

少し前まで、物を手放す方法はほぼ一つだけでした。

「捨てる」

……そりゃ、気が重くなります。

まだ使える。
高かった。
思い出がある(使っていないはずなのになぜかセットで付いてくる)。

手が止まるのは当然です。
これは性格の弱さでも、優柔不断でもありません。

でも今は、状況がはっきり変わりました。

たとえば――

・フリマアプリで売れる
・知人や家族に譲れる
・リユースや寄付に回せる

つまり、「ゴミ箱行き」以外の道が見えるようになったのです。

この“出口の具体像”が見えた瞬間、人は動けます。

「捨てられない人」が減ったのではなく、
捨てなくても手放せる選択肢が増えただけ

決断力が急に鍛えられたわけでも、
性格が変わったわけでもありません。

環境が変わっただけ。

だからこそ、ミニマリストは一気に増えた。
ここ、かなり大事です。

理由⑦ SNSが“正解の形”を可視化した

ちょっとSNSを開いただけで、こういう光景が流れてきます。

・やたら整った部屋
・なぜか余白が美しい空間
・生活感は最小限(人は本当に住んでいるのか?)

見ているうちに、だんだん不安になります。

「……あれ? うち、間違ってない?」

SNSは便利ですが、同時にとても親切です。
“正解っぽい形”を、これでもかと見せてくる。

人は、正解が見えると安心します。
逆に言うと、正解が並んでいると、そこから外れている自分が気になってしまうのです。

結果どうなるか。

「よし、ああいう部屋に近づけよう」

こうして、人は少しずつ物を減らし始めます。

だから、実際にミニマリストが増えているのは事実なのでしょう。

ただそれ以上に起きているのが、
「ミニマルな暮らし」が毎日これでもかと目に入るようになったという変化。

人数が倍になったというより、
露出が十倍になった。

結果として、
「やたら増えた気がする」
そんな感覚が生まれやすくなったわけです。

SNS時代のミニマリズムは、
静かに広がったというより、
気づいたらタイムラインを占拠していた――
そんな存在なのです。

最後に

ミニマリズムは「捨てる競争」ではない

ここまで読んで、
「よし、週末は全部捨てるぞ!」と気合を入れた人。

……ちょっと待ってください。
ゴミ袋を手に取る前に、一度深呼吸です。

今のミニマリズムは、
気合や根性で挑む競技ではありません。

・極端を目指さない
・何も持たないことをゴールにしない
・自分にとってちょうどいい量を探す

だいぶ、人にやさしい思想です。

大事なのは、
物の数を減らしたかどうかではありません。

それを自分で選んだかどうか。

減らしてもいいし、
残してもいい。

「これは必要」
「これはもう役目を終えた」
そうやって判断できているかが、すべてです。

部屋が静かになると、
不思議なことに、頭の中も静かになります。

すると余白が生まれて、
そこにようやく
「自分は何が好きだったっけ?」
という問いが戻ってくる。

だからミニマリズムは、
捨てる話というより、
選び直す話なのかもしれません。

今日もどこかで誰かが、
ゴミ袋ではなく、
自分に問いかけています。

「これ、まだ必要?」

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、小噺や物語のタネになるエピソードを発信しています。
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