【中世の戦争はトイレと食事が命】歩兵たちは不衛生と空腹の中でどう戦っていたのか
はじめに

中世ヨーロッパの歩兵と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは映画のワンシーンでしょう。
槍を構えて一直線に突撃、泥だらけなのに妙にカッコいい。
背後では壮大な音楽が鳴り響く。
たぶん実際より三割増しで鳴っている。
ところが史料をめくると、いきなり夢が冷めます。
最初に立ちはだかる敵は、剣でも矢でもありません。
水が怪しい。
トイレが足りない。
メシがない。
開幕数日でコンディションは見事に崩壊です。

体調を崩した歩兵に、勇敢さも戦術理解も期待できません。
どんな名将でも、腹を押さえてうずくまる兵士には号令を届けられない。
これは時代を超えて不変の事実です。
もちろん、キャンプでは「清潔にしろ」という命令も出ますし、配置や段取りも一応は考えられていました。
ただし――人と馬が密集し、雨が降り、食料が心もとなくなると、現場はあっさり限界を迎えます。

要するに当時の歩兵は、こんな状況に放り込まれていたわけです。
- 清潔を保てと言われるが、そもそも環境が過酷
- トイレは穴か溝。雨が降ると一気に信用できなくなる
- 食事は持参・購入・徴発・採集の総動員。しかも馬が遠慮なく食べる
剣を握る前に、まず生活と格闘する。
中世の戦場は、だいたいこの時点から始まっていました。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
中世の野営地は「移動する人口密集地」

軍が大きくなると、キャンプはだんだん町みたいな顔をし始めます。
兵士だけでなく、馬、荷駄獣、荷車、さらに商人や雑役といった随行者まで集まってくる。
気づけばそこにあるのは、かなり人口密度の高い集落です。
問題は、その集落が――
上下水道なし。
冷蔵庫なし。
ゴミ回収?
そんな制度は存在しない。
現代人の感覚で言うと、
「インフラを全部外した状態でフェスを何週間も続ける」感じです。
しかも参加者は全員、武装した大人と馬。
……はい、もう衛生が保てる未来が見えません。

さらに厄介なのは、歩兵たちがここで生活したあと、そのまま行軍して戦いに行くこと。
疲労。
寒さ。
栄養不足。
不衛生。
この四点セットを背負った状態で前線へ。
控えめに言って、身体にやさしくない。
これで腹を壊さないなら、その人はたぶん中世人じゃなくて別の生き物です。
衛生の“建前”:軍規は「汚すな」と本気で書いた

中世後期、とくに英軍の軍規を読むと、
「戦え」
「命令に従え」
と同じテンションで、
「キャンプを汚すな」
が書いてあります。
略奪禁止や秩序維持と並んで、清潔の話が出てくる。
これ、わりと本気です。
内容をかみ砕くと、だいたい次の三点に集約されます。
- ゴミや不潔なものをその辺に放置するな
- 水場を汚すな(それは飲む水だ)
- 仲間同士で揉めるな(ケガ人が増える)
ほら、もう完全に学校の掲示物。
ただし違うのは、これを守らないと
「怒られる」では済まないことです。
病人が出る。
部隊が動けなくなる。
統制が崩れる。
つまり軍規は、道徳というより生存マニュアルでした。

ここで一つ、重要な現実があります。
規則が書いてあるからといって、現場が理想通りに動くとは限らない。
むしろ逆です。
守れないから、わざわざ書く。
現代でもありますよね。
「ゴミを捨てるな」
「走るな」
「立入禁止」
だいたい全部、
「過去に誰かがやらかした結果」です。
中世の軍規も同じ。
『ここは汚すな』と書いてある場所は、
すでに一度、相当汚れたあとだった可能性が高いのです。
……え?
じゃあ軍規を作った人は完璧だったのか?
そんなわけありません。
書いた本人も、たぶんどこかでやらかしてます。
人間ですから。(静かに目をそらす)
トイレ(ラトリン)は「穴・溝・外側」

さて、ここから一気に衛星の現実の話になります。
中世の野営地には、私たちが想像するような立派なトイレ施設はありません。
あるのは――
- 穴を掘る
- 溝を掘る
以上です。
設備?
ありません。
案内表示?
もちろんありません。
プライバシー?
あったら奇跡です。

やり方はいたって単純。
- キャンプの外側に設置する
- 水源から離す
- 使ったら埋める
理屈は正しい。
とても正しい。
問題は、これを何千人規模で同時にやるという点です。
人数が多いと「地面の方が先に音を上げる」

人が増えれば、当然ながら排泄物も増えます。
これはもう議論の余地がありません。
しかも中世の軍隊は、人だけでなく馬や荷駄獣も大量に抱えています。
人+動物。
はい、地面にかかる負荷は倍増です。
「トイレは外側に置け」
――理屈は分かる。
でもその外側も、人でいっぱい、動物でいっぱい。
どこまで行っても“外側”。
そして、そこへ雨が降る。
……嫌な予感しかしません。
雨が降ると、すべてが下流へ向かう

穴や溝は、雨に弱い。
水が流れ込み、土が崩れ、内容物も一緒に移動します。
向かう先はどこか。
そう、水場です。
当時は細菌の存在など知られていません。
原因の説明は
「空気が悪い」
「臭いがよくない」
といった形になります。

それでも結果だけは、はっきりしていました。
- 水を飲む
- 腹を壊す
- 下痢が増える
- 体力が落ちる
この流れ、誰の目にも明らか。
だから現場では、水源から離す、場所を変える、埋める、といった対処が行われます。
……行われますが、
人も馬も疲れていない場合に限る、という条件付きです。
余裕がないときほど、トイレ問題は後回しにされる。
そして後回しにされたトイレは、
だいたい後で一番大きな問題になります。
歴史が証明しています。
病気は「戦闘より人を減らす」ことが本当にある

戦場の話になると、どうしても剣や槍の出番ばかりが注目されます。
ですが史料を追っていくと、もう一人、とんでもなく強い敵が出てくる。
それが病気です。
中世から近代にかけての軍隊では、
「戦って減った人数」よりも
「病気で消えた人数」のほうが多い、という状況が珍しくありませんでした。
理由は単純で、しかも身もふたもない。
キャンプは人でぎゅうぎゅう。
水は足りない。
食事は単調。
寝る場所も十分じゃない。
この条件がそろうとどうなるか。
はい、感染症と胃腸トラブルの出来上がりです。

しかもこの敵、厄介なことに――
- 剣で斬れない
- 鎧で防げない
- 夜襲もしない
ただ静かに広がる。
存在感は薄いのに、確実に人数を削っていきます。
ここで覚えておきたい事実があります。
勇気や根性では、病気はどうにもならない。
「気合いで止まれ、赤痢!」
……止まるなら、医学はとっくに精神論で完成しています。
現実はそう甘くありません。

病気が流行ると、まず戦える兵が減ります。
次に、作業できる人が減る。
薪を集める人、水を運ぶ人も足りなくなる。
すると何が起きるか。
キャンプが回らなくなる。
トイレは荒れ、水場は汚れ、衛生はさらに悪化。
結果、病気がもっと広がる。
つまりこれは偶然ではなく、
一度はまると抜け出しにくい悪循環でした。
だから中世の軍隊にとって恐ろしかったのは、
目の前で槍を構える敵だけではありません。
何も言わず、音も立てず、
キャンプの中をゆっくり侵食していく病気こそが、
最大の敵になることも少なくなかったのです。
持参・購入・徴発・採集(必要なら略奪)

中世の遠征軍が毎日いちばん真剣に考えていたこと。
それは作戦でも陣形でもなく、
「今日なに食べる?」でした。(この言葉だけ聞けば現代と同じように聞こえますがその意味するところは……もっと過酷なものでした。)
もし食料に万能の解決策があったなら、
歴史書の兵站パートは三行で終わっています。
現実はそんなに優しくない。
選択肢はいつも、全部同時に使うしかありませんでした。
- 持参:とりあえず確実だが重い
- 購入:助かるが、商人や随行者も増えて食べる人数が一気に増える
- 徴発:集まるが恨まれる
- 採集/略奪:背に腹は代えられない最終手段
「どれか一つで何とかしよう」と考えた瞬間、
その軍隊はもう詰みかけています。
全部やる。
それでも足りない日がある。
中世の兵站は、だいたいこの理不尽さと付き合う仕事でした。
持参:いちばん信頼できるのは“乾いている食べ物”

携行食の主役は、腐らないものです。
穀物、乾いたパン(ほぼ石)、塩漬け肉。
味?
二の次です。
というか、味に期待すると精神が先に折れます。
現代の感覚で言えば、毎日の食事がずっと「非常食」
テンションは上がらないが、命はつながる。
ただし問題があります。

歩兵の装備は、とにかく重い。
武器、防具、着替え、道具。
そこに食料を足すと、
「背負えたら奇跡」になります。
「じゃあ多めに持てば?」
……持てません。
重いから。
中世の物理法則も現代と同じです。
購入:キャンプは“動く市場”になる

軍が野営すると、その周囲に人が集まります。
商人、雑役、家族、職人。
彼らは食料や日用品を売り、洗濯や修繕、料理まで請け負う。
軍にとってはありがたい存在です。
兵士にとっても救世主。
硬いパンばかりの日々に、たまの肉や酒は心にしみる。
……ただし。
商人や雑役、家族など、キャンプのまわりに集まってきた人たちも人間です。
当然ですが、彼らも毎日しっかり食事をします。

「補給を助ける人が増える」 すると 「食べる人も増える」
はい、難易度アップ。
便利さと負担が、きれいにセットで付いてきます。
徴発:制度として集めるが、好かれるとは限らない

百年戦争期の英仏では、王権が地方に食料供出を求める制度が使われました。
仕組みとしては合理的。
軍は確実に食料を確保できる。
ただし、現地の目線に立つと話は別です。
「国家のために協力してね」
(※断る選択肢はほぼない)
不満がたまらないわけがありません。

現代でもありますよね。
正論だけど、言い方を間違えると大炎上するやつ。
徴発は、兵站(軍を動かすための食料や物資をどう確保・運ぶかという裏方の仕組み)と同時に政治問題でもありました。
採集・略奪:最後に残るのは胃袋の判断

採集(foraging)は、状況次第で命綱になります。
ただし兵が小集団で勝手に動くと、
敵に襲われる、迷子になる、統制が崩れる。
だから軍規では、許可制や隊単位の行動が求められました。
……求められました、が。

腹が減った人間は、
だいたい理屈よりも食べ物を優先します。
規律か空腹か。
この二択で、常に規律が勝つと思ったら大間違いです。
ここが、中世の戦場で
いちばん人間らしい瞬間かもしれません。
もう一段しんどい要素:馬と荷駄獣の「飼葉」

ここまでで「大変そうだな」と思った方。
安心してください。
さらに厄介な存在がいます。
そう、馬です。

人間は腹が減ると不機嫌になりますが、
馬は腹が減ると動きません。
これは比喩ではなく、事実です。
軍には人間の食料が必要。
同時に、馬や荷駄獣の飼葉も必要。
しかも――
馬は人間より遠慮なく食べる。
一頭や二頭ならまだしも、
騎士、伝令、荷車用に何百頭もいれば話は別です。
つまり軍隊は、
「人間を養う集団」ではなく、
巨大な草食動物の群れを引き連れた移動体になります。
長く留まれば、周囲の草は消える。
干し草も穀物も消える。
そして気づく。
「あれ、もう馬に食べさせるものがない」

この時点で、どんな立派な作戦も腹を空かせた馬の前では意味を失います。
だから遠征は長引かせない。
だから港や都市、倉庫といった補給拠点を必死に押さえる。
これは戦術というより、
生存戦略です。
最終的に見えてくるのは、この結論。
強い軍とは、
槍が強い軍でも、剣が鋭い軍でもない。
人と馬をちゃんと食わせ続けられる軍です。

派手さはありません。
でも、ここが崩れると全部が止まる。
勝敗を決めるのは、
意外と地味な場所にありました。
歩兵の一日(想像すると胃が縮む)

朝。
寒い。
まず寒い。
靴は濡れている。
昨日も濡れていたし、たぶん明日も濡れている。
乾く予定はない。
水を汲みに行く。
すでに行列。
前の人の使い方が雑だと、今日の体調はほぼ運任せになる。
朝イチからガチャ要素が強い。

食事の時間。
出てくるのは乾いた主食と、塩気の強い肉。
噛む。
噛む。
……味について考えるのはやめよう。
余計なことを考えると、心が折れる。
トイレへ行く。
地面は荒れている。
場所選びを間違えると、それだけで一日が台無し。
雨が降っていたら、もう笑うしかない。

そして行軍。
戦闘。
ここまで全部こなして、やっと「戦っている感」が出てくる。
だから歩兵の本音は、たぶんもう少し正直だったはずです。
「正直に言えば、戦そのものも怖いし嫌だ。ただ、その前後が地獄すぎて、相対的にマシに見える」
……こう考えるほうが、人間としてはずっと自然でしょう。
最後に

私たちは“当たり前”に支えられている
蛇口をひねれば水が出る。
店に入れば食べ物が並んでいる。
ゴミは決まった日に、勝手に消えていく。
冷静に考えると、どれも相当ありがたい話です。
ありがたすぎて、ありがたさを感じなくなっているだけで。
中世の歩兵が喉から手が出るほど欲しかったのは、
名剣でも、最強の鎧でも、派手な戦功でもありません。

たぶん、
安心して飲める水と、明日もあると分かっている食事。
それだけです。
英雄譚を読むとき、少しだけ視点をずらしてみてください。
剣を振るう前に腹が鳴り、
陣形を組む前にトイレを探し、
戦う前に水の扱い一つで生死が分かれる。
そんな現実を、
何千人、何万人もの人間が、同時に生きていました。

もしこの記事を読み終えて、
誰かの顔がふと浮かんだなら。
その人に、こんな一言を投げてみてください。
「中世の戦争って、まず衛生と食事が勝負だったらしいよ」
たぶん相手は一瞬黙って、
そのあと少しだけ、世界の見え方が変わります。
……変わってくれると、書いた側としてはとても嬉しいです。
おまけの4コマ


