日常のふしぎ
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「ひとりで森に行く人が急増中」──ソロキャンプがここまで広がった“意外と真面目な理由”

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

スマホが鳴る。
仕事のチャットが光る。
気づけば一日中、誰かの用事に返事をしている。

──ええ、こちらはただ生きているだけなんですが?という顔で。

朝は「確認だけです」
昼は「ちょっといいですか」
夜は「念のため共有です」
その“念のため”が一日分たまると、人はそっと思うのです。

「……誰とも会わない日が欲しい」

逃げたいわけじゃない。
嫌いなわけでもない。
ただ一回、世界をミュートにしたいだけ。

そこで登場するのがソロキャンプです。

ひとりで外へ出て、
ひとりで火を起こし、
ひとりで湯を沸かし、
ひとりで食べて、
ひとりで寝る。

こうして書き出してみると修行みたいですが、やってみると意外とカジュアル。
“孤独”というより、静かに過ごすための選択として選ばれています。

しかもこれは、気分や流行語の話ではありません。
日本オートキャンプ協会の調査では、キャンプの同行者で「1人(ソロ)」19.4%まで増加し、前年より+2.8pt
別の年の概況でも、ソロ比率は2019年9.4% → 2020年11.1% → 2021年13.1%と、きれいに右肩上がり。

──はい、流行ってます。
本人たちが気づく前に、数字が言ってます。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

先に結論

■ソロキャンプが伸びたのは、わりと必然だった⁉

いきなり結論からいきます。
もったいぶるほどの話でもないので。

ソロキャンプがここまで広がった理由を、一言で言うとこれです。

「人と距離を取りたい時代に、ひとりで完結する遊びが、ちょうど良く揃ってしまった」

流行というより、
「そりゃ増えるよね」という状況が全部そろった感じ。

もう少し噛み砕くと、だいたい次の6つに集約されます。

  • コロナ禍で「屋外・少人数・自己完結」がやたら強かった
  • アニメやYouTubeのおかげで「やり方」が丸見えになった
  • 働き方が変わって、平日に時間を作れる人が増えた
  • 道具が軽くなって、ネットで全部そろうようになった
  • 静かに過ごしたい、焚き火を眺めたい人が増えた
  • キャンプ自体が日常寄りになって、家族用とソロ用に分かれた

どれも単体なら「まあ、そうだよね」ですが、
これが全部同時に来たら──そりゃ流行ります。

というわけで、ここから先はこの6つを、
ひとつずつ見ていきます。

1) コロナ禍

■「密を避ける」遊びとして、強すぎた

2020年。
世の中は突然、
「集まるな」
「近づくな」
「黙れ(※黙れとは言ってない)」
という空気に包まれました。

旅行は中止、外食は自粛、イベントは幻。
カレンダーは白く、予定は消え、
人類は一斉にこう思ったわけです。

「……これ、いつまで?」

ただし、人間は引きこもり続けるほど強くない。
ストレスが溜まると、なぜか外に出たくなる生き物です。

そこで白羽の矢が立ったのが、
「屋外」
「少人数」
「人と距離が取りやすい」
キャンプ。

そして、その中でもソロがやたら強かった。

  • 予定を合わせなくていい
  • 行き先も時間も自分次第
  • 「帰りたい」が即・採用される

つまり、人付き合いの手間がほぼゼロ

友人「今度キャンプ行こうよ!」
自分「いいね!」
自分(心の声)「……で、何時集合? え、早い。無理」

──はい、ここで心が折れる。

ソロなら、この一連の葛藤が存在しません。
集合時間なし。
遅刻もなし。

集合場所は、あなたの家の玄関です。

この“気楽さ”
当時の空気感にハマらないわけがありませんでした。

2) アニメとYouTube

■「難しそう」が「できそう」に化けた瞬間

ソロキャンプが一気に広がった理由の中で、
わりと決定打になったのがここです。

「やり方が、丸見えになった」

少し前まで、ソロキャンプは
「なんか難しそう」
「失敗したら詰みそう」
というイメージがありました。

実際、テント設営はだいたい失敗します。
説明書は読んだ。
読んだはず。
なのに、なぜか最後に棒が一本余る。

──これは予備? それとも世界のバグ?

そこで救世主として現れたのが、
アニメ『ゆるキャン△』『YouTube』でした。

画面の中では、

  • 道具を選んで
  • 淡々と設営して
  • 普通に火を起こして
  • なんなら美味しそうなご飯まで作っている

全部、落ち着いて。
失敗も込みで。

これを見た側は、こう思います。

「……あれ? これなら自分でもできそうじゃない?」

この感覚が大事。
人は「すごい!」よりも、
「自分でもできそう」に弱い。

逆に、
「難しそう」
「大変そう」
「失敗したら恥ずかしそう」
と思った瞬間、 人は静かに、別の動画を再生します。

──はい、見なかったことにする力だけは一級品。

アニメと動画は、
ソロキャンプを
「特殊技能」から「手順のある遊び」に変えました。

これが効かないわけがありません。

(人は弱い。僕も弱い。)

3) 平日キャンプが増えた

■静かに過ごしたい人が、そっと動いた

日本オートキャンプ協会の調査によると、キャンプをする人全体のうち、平日にキャンプをする人が約半数(49.9%)

……え、半分?

はい、思ったより多いです。
キャンプ=週末、という固定観念は、どうやら先に休暇を取っていたようです。

ここが、ソロキャンプと相性抜群。

平日キャンプの何がいいかというと、理由はだいたいこのへん。

  • 人が少ない
  • 予約が取りやすい
  • 炊事場が戦場にならない

休日のキャンプ場はにぎやかで、それはそれで楽しい。
子どもは走るし、タープ(※日差しや雨を防ぐための大きな布の屋根)が林立するし、朝から「おはようございます」が飛び交う。

でも正直に言うと、
「今日は静かに過ごしたいだけなんだけどな……」
という日もあります。

そんな日に、平日はちょうどいい。

家族「平日にキャンプ行く?」
自分「……学校と仕事あるよね」
家族「だね」

──はい、自然発生的にソロ確定。

誰かを置いていくわけでも、仲間外れにするわけでもない。
単に、条件を満たす人が自分しかいなかっただけ。

この“成り行き感”が、平日ソロキャンプの正体です。

4) 道具の進化とネット購入

■ひとり分が、びっくりするほど揃えやすくなった

少し前まで、キャンプ道具はだいたい「家族で使う」前提でした。

つまり、
重い。
でかい。
かさばる。

三拍子そろって、
「これを一人で持つ想定、誰もしてないよね?」というサイズ感。

ところが今は違います。
メーカー各社が口をそろえてこう言っているかのよう。

「はい、こちら“ひとり用”です」

  • 軽量テント
  • 小型の焚き火台
  • コンパクトバーナー
  • 一人用クッカー(※キャンプ用の小さな鍋やフライパンのセット)

全部、ちゃんと一人前。
量も重さもサイズも、最初から一人で使う前提になっている。

しかも、これらがネットで買える。
家でゴロゴロしながら、親指を動かすだけ。

ポチッ──はい、届きます。

さらに追い打ちをかけるのがSNS。

使っている人の写真があり、
動画があり、
レビューがあり、

自分「なるほど、勉強になるな」
自分(数分後)「……あれ? カートに入ってる?」

“情報収集”“購入”の境界線が、
焚き火の煙くらい、あいまいになりました。

とはいえ、便利になったのは事実。

「道具が揃うから始められる」

この順番が、
ソロキャンプを一気に身近なものにしました。

5) 焚き火と静けさ

■何もしない時間が、ちゃんと効く

ソロキャンプと聞いて、多くの人が思い浮かべるのが焚き火です。

火を見ていると、なぜか落ち着く。
理由はよく分からないけど、落ち着く。

──たぶん人類が火を囲んできた年数の勝利です。
(理屈で説明しようとするこちらが、あっさり負けるほど)

焚き火の前では、会話がなくても気まずくありません。
むしろ、しゃべらないほうが自然。

これ、日常ではなかなか成立しない状態です。

家でも職場でも、急に黙るとこうなります。

「……どうした?」
「体調悪い?」
「怒ってる?」

いや、何も起きてない。
ただ今、頭を休ませているだけなんですが?

でも焚き火の前だけは違う。

誰も気にしない。
誰も詮索しない。
沈黙が、ちゃんと役割を果たしている。

火がパチパチ鳴って、
煙が少し揺れて、
それを見ているだけで時間が進む。

やっていることは、ほぼ何もありません。
それなのに、終わる頃には 「なんか回復したな」という感覚だけが残る。

「何もしない時間」を、
罪悪感なしで過ごせる場所。

それが焚き火で、
それがソロキャンプでした。

6) キャンプの“日常化”

■気づいたら、選択肢のひとつになっていた

少し前まで、キャンプは「よし、行くぞ」と気合を入れてやるイベントでした。
準備に時間がかかり、日程を合わせ、天気を祈り、ようやく実行。

そして──まあ、だいたい雨

ところが最近、キャンプの立ち位置が変わってきました。
「特別な予定」から、「たまにやること」へ。

そうなると、自然にスタイルが分かれます。

  • 週末は家族で
  • 平日はひとりで
  • 空いた時間にデイキャンプ(日帰りキャンプ)

これ、選んでいるようで、
実はかなり成り行き任せです。

予定が合えば家族。
合わなければソロ。
ただそれだけ。

だからソロキャンプは、
尖った趣味でも、こだわりの主張でもありません。

「ひとりで行く」というより、

「今日は、ひとりでもいい日」

そのくらいの温度感。

気合も覚悟もいらない。

気づいたら生活の中に置いてあった。
それが、ソロキャンプが定着した理由でした。

では、ソロキャンプはこの先も続く?

ここまで読んで、
「で、これって一過性のブームなの?」
と感じた人もいるかもしれません。

結論から言うと、たぶん終わりません。
少なくとも、きれいさっぱり消えるタイプではない。

なぜかというと、ソロキャンプは
流行り物というより、生活のクセを少し楽にする方法に近いからです。

  • 人に会う予定が多すぎて、ちょっと疲れた
  • 仕事のことで頭がパンパン
  • 何かしたいけど、誰かと予定を合わせる気力がない
  • それでも、気分転換はしたい(これは本音)

こういう状態の人にとって、ソロキャンプは都合がいいのです。

準備して、行って、火を眺めて、帰る。
翌日は何事もなかった顔で、普通に生活できる。

人生が変わるわけでも、価値観がひっくり返るわけでもありません。

ただ、
少し整った状態で日常に戻れる

この“効き目のちょうどよさ”がある限り、
ソロキャンプは静かに残り続けます。

最後に

ソロキャンプは“孤独”じゃなく「自分の時間」

ここまで読んで、「なるほどね」と思った人もいれば、
「……ちょっと行ってみたくなってる自分、いるな?」と気づいた人もいるかもしれません。

ソロキャンプが広がった理由を改めて並べると、わりと現実的です。

コロナ禍で屋外レジャーが選ばれ、
アニメや動画で始め方が見えて、
平日に動ける人が増え、
道具は軽くなってネットで揃い、
そして何より、静かな時間を欲しがる人が増えた。

──派手な奇跡は起きていません。
ただ、条件が全部そろっただけ。

ここから先は、理由や分析を少し離れて、実感の話です。

焚き火の前でぼーっとしていると、
「何もしないこと」に、なぜか罪悪感が顔を出す瞬間があります。

でも、その罪悪感が出てくる時点で、
たぶんもう、けっこう疲れている。

火は勝手に燃えるし、
風は勝手に吹くし、
星は勝手に出てきます。

こちらが段取りを組まなくても、
自然は普通に、ちゃんとそこにある。

もし最近、
「ずっと何かに追われている気がする」
「休んでいるはずなのに回復しない」

そんな感じが少しでもあれば、

一度だけ、予定のない時間を取りに行ってみてください。

帰り道、スマホの重さは変わりません。
通知の数も、たぶん同じ。

それでも、
中身だけが少し軽くなっていることに気づくはずです。

そしてあなたは、だいたいこう思います。

「……次は、椅子だけはちゃんと選ぼう」

──椅子、大事です。
本当に。

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、小噺や物語のタネになるエピソードを発信しています。
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