中世の兵士たち
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戦場で「真っ先に死ぬ役」をなぜ取り合うのか?

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

中世ヨーロッパ歩兵のちょっとブラックなリアル

「いやいや、最前線なんて絶対イヤでしょ」

現代を生きる私たちからすると、中世ヨーロッパの歩兵ってだいぶ意味不明な存在です。
鉄の塊みたいな鎧を着て、重い槍や盾を持って、真っ先に敵陣に突撃する役目。

しかも、そこは戦場で一番“死亡フラグ”が立っているポジション。
ゲームだったらチュートリアルで絶対避ける位置です。
なのに、歴史をひもとくと「最前線に立つ兵士」はちゃんといて、ときには“志願”すらしていた。

――なぜ? 頭おかしいの?(失礼)

最前線に立つ理由はひとつではありません。
戦いの仕組みやお金の問題、仲間との関係、そして人間の弱さと強さ
――そうしたものがいくつも重なって、兵士たちは前へ進んでいきました。

ここからは、その背景を少しずつひもといていきましょう。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

そもそも「歩兵が前に出る」のはなぜ?

まず大事なポイントとして、

「歩兵が前に出る=ただの消耗品」

ではなかった、ということ。

中世ヨーロッパの戦争というと、つい「鎧を着たカッコいい騎士が馬でドーン!」みたいなイメージになりがちですが、実際のところ 歩兵は主力級の戦力 でした。

槍の“壁”こそが戦場の主役

代表例が、スイスの長槍兵(ピケ隊)。

彼らは何十人、何百人と密集して、長い槍を前方に突き出しながら前進します。
結果として、前は槍の森、横も人だかり、後ろもびっしり味方で埋まる状態。
密集ホラーです。

でもこの「槍の壁」があるからこそ、重装騎士の突撃を止められました。
馬からすると「え、あそこ突っ込むのマジ?」みたいなレベル。

つまり、

  • 騎士だけでは勝てない
  • 歩兵が前に出て“壁”にならないと、戦線そのものが成立しない

という戦術構造があったわけです。

誰かが前に出なきゃいけないのではなく、歩兵こそが前に出る前提で戦争の組み立てがされていた、という方が正確です。

「前に出る=捨て駒」ではない

もちろん危険は大きいですが、密集陣形の中にいることで逆に守られている面もありました。

バラバラに逃げ散った兵士は、騎兵や弓兵に一方的に狩られますが、陣形の中にいる兵士は、

  • 仲間の盾
  • 槍や槍の列
  • 指揮官のコントロール

といった守りを共有できます。

つまり、

「前に出る=危険ではあるが、バラバラに逃げるよりはまだ生き残る確率が高い」

という、ゲームで言うと“高リスク・中リターン・他の選択肢はもっと地獄”みたいなポジションだったわけです。

もちろん命を賭けるに足る「リターン」があった

ここからはもっと生々しい話をしましょう。

そう、お金です。

給与はしっかり出ていた(しかもそこそこ良い)

「中世の兵士=ただの農民の使い捨て」と思われがちですが、少なくとも後期中世になると、多くの兵士は契約にもとづいて日当をもらう職業軍人でした。

ざっくりイメージとしては、

  • 重装歩兵:熟練労働者よりちょっといいくらい
  • 弓兵:一般労働者レベル

みたいな感じ。

もちろん、命の危険を考えると「割に合うか?」という問題はありますが、当時の貧しい農民や都市の下層民から見ると、

「農作業よりキツいけど、短期間でまとまった現金が入る仕事」

という魅力的な選択肢でもあったわけです。

本命は「給料」ではなく「戦利品」

ただし、本当に目が輝くのはここから。

中世の戦争には、

略奪と身代金

という超・現金なシステムがありました。

  • 落とした街での略奪
  • 捕虜にした貴族や騎士からの身代金

これらは、兵士にとってボーナスというより、「一発逆転ガチャ」に近い存在でした。

一度の戦いで大物の捕虜を取れれば、

  • 数ヶ月〜数年分の給与
  • 下手をすると一生分の生活費

が一気に転がり込んでくることも。

現代で言えば、

「ブラック企業だけど、たまに会社の成功に連動した特別ボーナス(ストックオプションみたいなもの)で人生変わる」

みたいなものです(だいぶひどい例え)。

だからこそ、

  • 最前線に立てば戦利品に近づける
  • 敵将を捕らえれば身代金のチャンス

という“ハイリスク・超ハイリターン”を狙って、あえて危険なポジションに立とうとする兵士もいたわけです。

「恥」と「仲間」――人間心理が押し出す前線

お金の誘惑は強力ですが、お金だけで人は動きません。
中世ヨーロッパの兵士たちをもっとも強く動かしたのは、人間関係とメンツでした。

死より怖い「恥」の文化

当時の戦士階級の価値観を一言でまとめると、

「死ぬより恥をかくほうがつらい」

です。

敵前逃亡は、単なる軍規違反ではありません。
自分だけでなく、家族や仲間、故郷の名誉にも泥を塗る行為でした。

  • 村に戻れば「あいつ逃げたんだってよ」と噂される
  • 家族も「あの臆病者の親だ」と見られる

という地獄。

現代で言うと「SNSで炎上して一生ネットに名前が残る」どころの騒ぎではありません。

なので、

「怖いから逃げたい」

 

「でも逃げたら一生終わる」

という心理に縛られ、結果的に前に進むしかない、という状況に追い込まれていました。

密集陣形=物理的に逃げられない

さらに、歩兵たちは密集して隊列を組んで戦っていたので、そもそも物理的に逃げるのが難しい構造でした。

  • 前にも人
  • 横にも人
  • 後ろにも人

という「満員電車かよ」状態。
ここからひとりだけするっと抜けるのは、なかなかのアクロバットです。

しかも、

  • 自分が下がると、隣の仲間が丸裸になる
  • 陣形全体が崩れて、みんなが危険に晒される

というプレッシャー付き。

「ここにいるのは怖い。でも俺が逃げたら、横のジョンも死ぬ」

みたいな状況です。

こうなると、

  • 自分の恐怖
  • 仲間を守らねばという責任

の板挟みで、結局「行くしかない」となります。

現代の会社でも、

「このプロジェクトやばいな…でも自分が抜けたらチームが崩壊する…」

と残業し続ける人、見たことありませんか?

構造としてはかなり似ています。

強制力とペナルティ「下がる自由」はほぼなかった

ここまで読むと、

「いや、それでもやっぱり逃げる人はいたでしょ?」

と思うかもしれません。

もちろん、いました。
人間ですから。

ただ、中世の軍隊にはもう一つ強烈な仕組みがありました。

「逃げたら味方に殺される」

というものです。

指揮官は「見せしめ」に容赦がない

陣形を崩して勝手に逃げ出した兵士は、

  • その場で斬られる
  • 後で公開処刑

といった形で処罰されることもありました。

これは単なる残酷さではなく、

「一人の逃亡が全隊の崩壊につながる」

という現実があったからです。

つまり兵士からすると、

  • 前に進めば敵に殺される“かもしれない”
  • 下がれば味方に殺される“かもしれないというより、ほぼ確定”

という究極のジレンマ。

おそらく多くの兵士は、冷静に計算してこう思ったことでしょう。

「じゃあ、まだワンチャン生き残れる前のほうがマシか…」

これはモチベーションというより、選択肢のなさです。

宗教・忠誠・「よく分かっていない新人」たち

ここからは、もうひとつ別の側面にも目を向けてみましょう。

「死んでも天国行けるなら…」という発想

十字軍など宗教色の強い戦争では、教会が兵士たちにこう約束しました。

  • 罪の赦し
  • 殉教者としての救済

つまり、

「ここで死ねば、天国直行だよ」

というわけです。

今の感覚からすると「いや、そう簡単に信じないでよ」とツッコミたくなりますが、当時は宗教が社会のど真ん中にあった時代。

貧しく、将来に希望も少ない若者にとって、

  • この世:貧困と重労働
  • あの世:信仰と勇敢さによる救済

という構図は、決して悪いディールには見えなかったかもしれません。
(なんか陰謀論が流行る背景に似ているような……)

そもそも「戦場のリアルを知らない」まま来ている

さらに重要なのが、

多くの新兵は、戦場がどれだけヤバい場所かよく分かっていなかった

という点です。

  • 酒場の武勇伝
  • 戦利品で大金持ちになった噂話
  • 「お前も男なら一度くらい戦に出ろ」という圧力

こうしたものに背中を押されて戦場に来てみたら、

「あれ?思ってたのと違う」

となるわけですが、そのころにはもう遅い。

訓練を受け、編成に組み込まれ、引き返すことはほぼ不可能です。

こうして、

  • ロマンと噂話に惹かれて参戦
  • 現実に気づいたときには後戻り不可

という新人兵士が、大量に“前線要員”になっていきました。

最後に

彼らは本当に“勇敢”だったのか?

ここまで追いかけてきた最前線のリアル。
浮かび上がったのは、ロマンでも英雄譚でもなく、もっとこう……人間の事情がごちゃ混ぜになった“カオスな現実”でした。

  • 戦術上「前に立つしかない」構造
  • 財布がニコッと笑う経済的誘惑
  • 仲間と社会の“あの視線”という圧力
  • 逃げたら味方に処される理不尽システム
  • 天国直行チケットを提示する宗教パワー
  • 「え?戦争ってこんなんなの?」と知らずに参戦した若者たち

つまり彼らは勇敢だったのか、ただ追い込まれたのか
――結論としては、どっちも正しい
勇気と恐怖と無知と希望がミキサーにかけられた状態で、“前へ押し出された”人々だったのです。

で、これ……現代の私たちにも、地味に身に覚えありませんか?

  • 本当は辞めたいのに、流れで続けてる仕事
  • 抜けたら困る人がいそうで抱え込むタスク
  • 気づいたら「前に行くしかない」状況に立っている自分

そう考えると、中世の歩兵たちの足跡は、ただの歴史の話ではなく、人がどんな状況で踏み出すのかという普遍的な物語でもあるわけです。

彼らの前進にほんの少し寄り添ってみると
――今の自分の歩き方、ちょっとだけ見直せるかもしれません。

戦場ほど切迫していなくても、人生のどこかでそっと役に立つ視点。
それが、彼らが残してくれた“もうひとつの戦利品”なのかもしれません。

おまけの4コマ

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、小噺を発信しています。
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