日常のふしぎ
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なぜ日本人は「水」を買うようになったのか?――ミネラルウォーターのブームと、価値観の大転換

佐藤直哉(Naoya sato-)
<景品表示法に基づく表記>当サイトのコンテンツ内には商品プロモーションを含みます。

はじめに

「水と安全はタダです」

かつてよく聞いたこのフレーズ、
今の日本で口にすると、なかなかのセリフです。

だって、私たちが普段やっていることはこうです。

  • コンビニで100〜150円払って
  • ペットボトルの水を買って
  • しかもリピートしている

冷静に考えると、けっこうすごい文化の変化ですよね。

少し前までの日本では、水は蛇口をひねれば出てくるもの。
それがいつの間にか「選んで買うもの」に変わりました。

いったい、どこでスイッチが入ったのか。
その流れを、歴史と日常の両方から、ゆっくりたどってみましょう。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

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昔のミネラルウォーターは「バーの裏方」だった

まず、ちょっとタイムスリップしましょう。

明治〜昭和:水は「外国人とお金持ちのもの」

日本でミネラルウォーターの原型が登場するのは 19世紀末
横浜・神戸の外国人居留地向けに鉱泉水が売られ、
1884年には「平野水」という国産ミネラルウォーターも登場します。

ただしこの頃の立ち位置は、

  • 外国人向け
  • ホテルやバー向け
  • いわゆる「業務用」(もしくはお客様向け)

家庭の食卓に並ぶようなものではなく、
「ウイスキーの水割りを支える縁の下の力持ち」
みたいなポジションでした。

「水を買って飲む? そんなの一部のお金持ちか、よほどの物好きでしょ」
というのが、大多数の感覚だったわけです。

1960〜70年代:水道水へのモヤモヤがじわじわ

そんな中で、日本人の“水に対する信頼”が揺らぎ始めます。

  • 1964年:東京大渇水で、水不足が社会問題に
  • 高度経済成長による公害で、河川の水質が悪化
  • 水道水のカルキ臭(塩素臭)が気になり出す

「なんかこの水、まずくない?」
「赤ちゃんのミルクだけは、もうちょっと良い水使いたい…」

こうして 一部の家庭がミネラルウォーターを買い始めるのが、1960年代末〜70年代ごろ。
まだ“少数派オタクの世界”ですが、価値観としての地殻変動はここから始まります。

1983年、「六甲のおいしい水」がすべてを変えた

そして、物語のターニングポイントは 1983年
ハウス食品が発売したのが、

「六甲のおいしい水」

です。

「家庭で飲む水」という新ジャンルの登場

それまで業務用中心だったミネラルウォーターを、

  • 家庭で飲むことを前提に
  • スーパーや量販店で買える形で
  • 分かりやすいネーミングで

世に送り出したのが、このブランドでした。

最初は正直、売れ行きは微妙。
そりゃそうです。
「水は蛇口からタダ」が常識の国ですから。

しかし、1984年の東海・近畿地方の水不足が起こります。
そこで人々はこう気づくわけです。

「あ、水って“買っておく”っていう手があったんだ」

この水不足をきっかけに、
「家庭でミネラルウォーターを買う」という行動が一気に広がり、
1980年代後半には “家庭用ミネラルウォーター市場”が本格的に立ち上がります

ここで日本の水文化は、大きく1段階ギアチェンジしたと言っていいでしょう。

バブル期、「水」はステータスになった

ここからがちょっと面白くて、ちょっとバブルっぽい話です。

「水までブランド志向」という世界線

1980年代後半、日本はバブル真っ只中。
グルメブーム、外食ブーム、輸入ブランドブームが重なり、

  • 「どこ産のワインか」
  • 「どこのチーズか」
  • 「どこの水か」

が、微妙にマウント材料になっていきます。

ちょうどこのタイミングで、
ヨーロッパのナチュラルミネラルウォーターの輸入が本格解禁

  • エビアン
  • ヴィッテル
  • ボルヴィック

といったブランドが、日本市場に華々しく登場します。

結果どうなったかというと――

「エビアン片手に街を歩く」という、
いまで言う“スタバ片手にMacBook”的なムーブが流行る

みたいな現象が起きたわけです。
(実際、革製ホルダーにエビアンを入れて首から下げる若者もいたとか…完全にファッション)

健康志向 × 海外コンプレックス = 「とりあえず水買っとくか」

バブル期には同時に、

  • ダイエットブーム
  • 自然食品ブーム
  • 「添加物はなんか怖い」ムード

も高まっていました。

そんな中で、

  • カロリーゼロ
  • クリーンで安全そう
  • しかもフランス産(なんかオシャレ)

という三拍子そろったミネラルウォーターは、
健康+ステータス+ライフスタイルをまとめて満たしてくれる存在になります。

「どうせ飲むならコーラより、エビアン」
――こう言ってたらなんか“意識高く”見えた、そんな時代です。

「安全な水」イメージを後押ししたニュースたち

90年代に入ると、テレビや新聞で

  • マンション屋上の貯水タンクが汚れていた
  • 水道水からトリハロメタン(発がん性物質の一種)が検出された

といったちょっと怖いニュースが増えます。

もちろん水道水の安全基準はしっかりしているのですが、
人間の心理はそんなにロジカルではありません。

「もしかして水道水って、完全に安全ってわけじゃないのかも…?」

という漠然とした不安が広がることで、
ミネラルウォーターは

  • 「おいしいから買うもの」から
  • 「安心を買うもの」へ

と、ポジションをアップデートしていきます。

ここでようやく、
ミネラルウォーターは 「嗜好品」から「日常品」への階段を上り始めるのです。

「水は備えるもの」だという教訓

そして、日本人の水に対する意識を決定的に変えたのが 大きな災害です。

1995年 阪神・淡路大震災:給水車の列の記憶

1995年1月17日。
阪神・淡路大震災で、神戸市を中心に水道施設が大きな被害を受け、
長期の断水が発生しました。

住民は給水車に長蛇の列をつくり、
遠くから水を運ばざるを得なかった——
その体験は、多くの人の記憶に焼き付きます。

「水って、インフラが止まったら一瞬で手に入らなくなるんだ」

この学びから、
「家庭で飲料水を備蓄しておく」という発想が一気に広がります

ここでミネラルウォーターは、

  • おいしい水
  • 安心な水

に加えて、

  • 「非常時のライフラインとしての水」

という、第三の役割を与えられたわけです。

その後の震災と「ローリングストック文化」

2004年の中越地震、
2011年の東日本大震災でも、震災後にミネラルウォーターの需要は急増しました。

東日本大震災の際には、

  • 断水
  • 原発事故による放射能不安
  • スーパーから水が消える“買い占めラッシュ”

が起こり、全国で「水の重要性」を再確認することになります。

その後、政府や自治体は、

  • 1人1日3リットル×3日分以上の水を備蓄しましょう
  • 賞味期限前に飲んで、飲んだ分を買い足す「ローリングストック」をしましょう

と繰り返し呼びかけるようになりました。

つまり今の日本は、

「ミネラルウォーターを日常的に飲みながら、非常時の備えもしている」

という、ちょっと器用な状態になっているわけです。

「ミネラルウォーター・ネイティブ」世代の登場

ここまで読んでくださったあなたに、
もうひとつ時代の変化の話を。

最近の調査では、20〜30代の多くが

  • 「飲み物の中で“あえて水”を選ぶ」
  • 「水を買うのは当たり前だと思う」
  • 「初めてミネラルウォーターを飲んだのは幼児期」

と答えているそうです。

つまり彼らにとって、

「家にペットボトルの水が置いてある」
こと自体が、生まれたときからのデフォルト

こうした世代は、
ちょっとカッコつけて「ミネラルウォーター・ネイティブ」と呼ばれています。

一方で、上の世代には

  • 「水を買うなんて、もったいない!」
  • 「昔は水道水をそのままゴクゴク飲んでたぞ!」

という価値観もまだまだ健在。

同じペットボトルの水を前にしても、
世代によって そこに見えている“意味”がまるで違うのが面白いところです。

「安心して喉を潤したい」というシンプルな欲求

ここまで、

  • 公害
  • バブル
  • 海外ブランド
  • 災害
  • 防災意識
  • 世代間ギャップ

と、いろんなキーワードでミネラルウォーターの歴史を振り返ってきました。

ざっくりまとめると、

  1. 水道水へのモヤモヤが生まれ
  2. バブルの健康&ブランド志向が火をつけ
  3. 災害が「備える水」という役割を与え
  4. その結果、「水を買うのが当たり前な世代」が育った

という、けっこうドラマチックな変遷をしてきたわけです。

でも、根っこにあるのはすごくシンプルで、

「安心して喉を潤したい」
「家族には、なるべく安全できれいなものを飲ませたい」

という、人間としての素朴な願いです。

ビジネス的に見れば「5000億円規模の巨大市場」
文化的に見れば「水をめぐる静かな価値観の革命」
日常的に見れば「とりあえずコンビニで買うペットボトル」

同じ1本の水に、
これだけいろんなレイヤーの意味が重なっているのって、
ちょっと面白くないですか。

最後に

水の歴史は人類の歴史

ペットボトルのラベルをぐるっと一周眺めながら、
ふと想像してみてください。

その水は、
明治の外国人居留地から、バブルのカウンターバー、
震災の避難所、そして今のあなたのデスクまで、
細い歴史の糸でつながってきた「今ここ」の一杯です。

次にコンビニで水を手に取るとき、
もし少しだけその物語を思い出してもらえたら——

その瞬間、あなたのミネラルウォーターは、
ただの「無味無臭の透明な液体」から、
ちょっとだけ味わい深い存在になるかもしれません。

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佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
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