中世の兵士たち
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なぜ中世ヨーロッパ歩兵の胃袋はパンとエールで満たされたのか?

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

「中世の歩兵」と聞くと、剣を振り回して突撃する勇ましい英雄像が浮かびがちです。
でも実際の彼らを本気で支配していたのは
――ロマンではなく、空腹筋肉痛

たぶん当時の歩兵は、戦う前にまず“自分の体と相談”していたことでしょう。

じゃあ彼らの日常ってどんなものだったのか?
のぞいてみると、食事も訓練も配給も、どれもキラキラした中世ファンタジー要素ゼロ。
むしろ「地に足どころか、泥に足が沈んでるリアル」が転がっています。

パンとエールで腹を満たし、制度の穴は知恵と体力で埋め、気づいたら最前線。
そんな彼らの生活をひそっと覗き見していくと、「あ、これ普通にブラック企業じゃん」という感想がこぼれるかもしれません。

通勤電車で押しつぶされているあなたも、上司から飛んでくる“理不尽の矢”にさらされているあなたも、大丈夫。
中世歩兵の毎日はもっとハードです。
「自分の人生、まだイージーモードかも」と思えてくる…かもしれません。
いや、たぶん。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

そもそも歩兵は何を食べていたのか?

結論から言うと、中世ヨーロッパ歩兵の食卓は、かなりシンプルです。

パン+エール(麦酒)+たまに肉。

以上。解散。

…ではあんまりなので、もう少しちゃんと見ていきましょう。

主役はとにかく穀物

当時のヨーロッパの庶民は、

  • 小麦・大麦・ライ麦などの穀物
  • それをパン・粥・スープにしたもの

を主食として生きていました。

肉は高級品で、日常的にバクバク食べるものではありません

当然、軍隊に入ってもこの構造は変わりません。

歩兵の典型的なメニューは、

  • パン(あるいは固くて日持ちするビスケット)
  • チーズやバター
  • 塩漬け肉や干し魚
  • 豆やレンズマメの煮込み(ポタージュ)
  • 水の代わりのエールや薄いワイン

といった組み合わせ。

イングランドの史料には、兵士や城塞守備隊に対し、
1日あたり約1kg前後のパン+3〜4リットルのエールが支給されていた例も残っています。

…3〜4リットルのビール。
現代なら「完全に飲み会」ですが、
当時はアルコール度数も低く、水代わりの“安全な飲み物”という扱いでした。

なぜパンとエールだらけなのか?

「なんでそんな炭水化物祭りなの?」という疑問がわきますよね。
そこには、わりとシビアな理由が並びます。

  1. カロリー効率がいいから
    穀物は軽くて高カロリー。
    乾燥させれば長期保存もでき、軍隊向きの食材でした。
  2. 農業構造が穀物偏重だから
    中世ヨーロッパの農村は、とにかく穀物栽培メイン。
    農民から徴発するときも、穀物が一番取りやすい。
  3. 保存と輸送の問題
    冷蔵庫も缶詰もない世界で、肉や野菜はすぐ傷みます。
    塩漬け肉はありますが高コスト。
    まずは「腹を膨らませる炭水化物」が優先でした。
  4. 水が信用ならない
    生水は病気の原因。
    いったん沸かし、発酵させたエールやワインのほうが、まだ安全だったのです。

つまりパンとエールは、

うまいからではなく、「生き延びるための最適解」

として選ばれていた、というわけですね。

現代で言えば、
「栄養バランスよりも、とにかくコスパと保存性最優先のコンビニ飯」
みたいなポジションです。

配給はどう回っていたのか?

■“自己責任”な兵站システム

「配給」と聞くと、

1日3回、軍隊がきっちり定量を配る

みたいな近代的なイメージが浮かびますが、中世はだいぶ事情が違います。

ざっくり言うと、

自前+現地調達+ときどきちゃんとした配給

という、なかなかカオスな仕組みでした。

兵士は自分のメシを自分でどうにかする

中世の軍隊では、

  • 兵士があらかじめ 数日分の乾いたパンやチーズを持参 したり、
  • 行軍先の村や市場で 現地購入 したり、
  • 敵地では 徴発や略奪 に頼ることも当たり前、

というスタイルが一般的でした。

もちろん、王や領主が穀物やパンをまとめて支給することもありますが、
それは「常に当たり前にあるサービス」ではなく、

あればラッキー、なければ自分でなんとかしろ

ぐらいの感覚に近いものです。

一日の流れをのぞき見してみる

歩兵の日常を、ざっくりタイムラインにすると――

  • 朝: 昨日の残りのパンをかじり、エールで流し込む
  • 日中: 行軍、塹壕掘り、城壁の補修、荷物運びなどの重労働
  • 夕方〜夜: 部隊ごとに大鍋を囲み、穀物と豆の煮込み+パンで一日終了

…といった、ほぼ炭水化物と労働でできた生活です。

戦場での華々しい一瞬の裏側には、
「地味で単調だけどやたらハード」という日々が延々と続いていました。

なぜ配給はこんなに“テキトウ”なのか?

現代の感覚からすると、
「ちゃんと定量配ればいいじゃん」と言いたくなりますが、
中世ではそれが非常に難しかったのです。

理由を分解すると、だいたいこんな感じ。

  1. 国家の行政能力が弱い
    中世の王権や領主は、近代国家のように税や物流を細かくコントロールできません。戦争のたびに、その場しのぎの補給体制を組むしかなかったのです。
  2. 道路・輸送インフラが貧弱
    荷馬車で大量の食料を運ぶにも限界があります。
    いっそ
    「兵士に持たせる」
    「現地調達させる」
    ほうが早い、という判断になりがちでした。
  3. 戦争が“短期イベント”前提
    収穫期を避け、数週間〜数か月で決着をつける想定が多く、長期戦前提の補給システムをわざわざ整える動機が薄かったのです。
  4. 封建制の責任の押し付け構造
    領主は「兵士を何人連れてこい、その間の食費はそっちでよろしく」と命じるスタイル。
    結果、「この兵士の腹を誰が見るのか」が分散しがちでした。

要するに中世の配給は、

そもそも“きっちり回す”前提で設計されていない

ので、現代人が見ると「テキトウ」に見えるわけですね。

訓練はどうしていたのか?

■“村トレ+経験”頼みの歩兵たち

では、そんな彼らはどんな訓練で戦えるようになっていたのでしょうか。

中世の基本は「個人練習+地域コミュニティ」

近代軍隊のように、

大規模な訓練キャンプで、毎日みっちり軍隊式トレーニング!

という世界は、まだ先の話です。

中世ヨーロッパでは、

  • 村や都市単位の 民兵 が、普段からある程度の武器練習をし、
  • 領主付きの従者や兵士が、主君の館や城で 日常業務+武芸の稽古 を行い、
  • 傭兵たちは、部隊内で経験を共有しながらスキルを磨く

というように、分散型のゆるい訓練が主流でした。

具体的にはどんなことをしていた?

兵科にもよりますが、歩兵だと例えば

  • 槍やハルバードの扱い 構え方、突き方、隊列を崩さず前進する練習
  • 弓・クロスボウの訓練(弓兵の場合): 一定距離への射撃、雨の日の扱い、弦の手入れ
  • 長距離行軍への慣れ: 鎧や武器を持って歩き続けるための持久力づくり

…などなど。

とはいえ、現代の自衛隊やプロ軍隊のように、
分刻みでカリキュラムが組まれていたわけではありません。

感覚としては、

「とりあえずこの武器をまともに振り回せるぐらいにはなっておけ」

くらいの、ざっくりした世界です。

イングランドだけ“日曜は弓の練習しろ”問題

そんな中で、ちょっと異色なのがイングランドの長弓兵

イングランドでは中世後期、

  • 財産に応じて武装を義務付ける法令
  • 「日曜は賭博なんかしてないで弓の練習をしろ」というお達し

などが出され、国ぐるみで弓の訓練をさせる仕組みが整えられていきます。

これにより、平時から「そこそこ弓が撃てる一般男性」が大量にストックされ、
戦争になったら長弓兵として動員できるという、かなり画期的なシステムができあがりました。

現代でたとえるなら、

「全国民に、休日はFPSで射撃訓練しろ」と国が推奨するようなもの

…いや、ちょっと違いますが、
それくらい日常生活と軍事訓練が近い位置にあった、という意味です。

なぜ訓練は“プロ化”しなかったのか?

ここでも訓練をプロ化しなかった「なぜ?」を整理してみましょう。

  1. 常備軍がほぼ存在しないから
    兵士の多くは、普段は農民・職人・商人
    戦時にだけ召集されるので、「訓練だけして給料をもらう人」を大量には抱えられませんでした。
  2. 戦争コストが高すぎるから
    年中戦争をしているわけでもないのに、常にプロ軍人に給料を払い続けるのは、王様の財布的にかなりしんどい。
  3. 戦術が“質より量+勢い”に寄りがちだから
    城攻めでは
    「堀を埋める人手」
    「梯子を運ぶ人手」
    が必要で、野戦でも数で圧する局面が多め。
    個々の高度なスキルより、「とにかく人を集められる力」が重視されがちでした。
  4. 武器が個人所有だから
    槍や弓、鎧などは各自持参が基本。
    訓練も自分の村やコミュニティ単位で行われやすく、国家による一元的な訓練システムは育ちにくかったのです。

結果として、

歩兵の訓練は「村トレ+現場経験」で補うスタイル

が長く続くことになります。

中世歩兵の毎日は、思った以上に“人間くさい”

ここまで見てくると、
中世ヨーロッパの歩兵の日常生活は、

  • 華やかな騎士道ロマン

というよりも、

  • パンとエールでごまかす空腹
  • テキトウだけど必死な配給システム
  • 村単位のゆるい訓練と、現場で身につくサバイバル力

で構成されていたことが見えてきます。

言ってしまえば、

「制度は未熟だけど、とりあえずみんなでなんとか回している組織」

の姿そのものです。

…正直、現代の会社やプロジェクトチームを思い出した人もいるのではないでしょうか。

上からの指示はざっくり、現場は自分たちで工夫し、
不足分は「体力」「気合」「現場力」で埋める――。

800年前の歩兵たちも、
案外、私たちと同じような愚痴をこぼしていたのかもしれません。

「パンとエールもいいけど、たまには焼きたての肉が食べたいよなあ」

「次の戦までに、ちゃんと槍の訓練しとけって言われたけど、
 そもそも仕事と畑で時間がないんだよなあ」

そんな声が、歴史の向こう側から聞こえてくるようです。

最後に

きょうのごはんと、中世の鍋

私たちは、スマホでデリバリーを呼び、
YouTubeでトレーニング動画を見ながら、
「筋トレしなきゃ」
「タンパク質足りてないかも」
とつぶやきます。

一方、中世ヨーロッパの歩兵は、

  • ひたすらパンとエールでカロリーを確保し
  • 不安定な配給に文句を言いつつも適応し
  • 十分とは言えない訓練の中で、生き延びる術を身につけていました。

どちらが幸せかは、簡単には比べられません。
ただひとつ言えるのは、

「人はどんな時代でも、“食べて、鍛えて、なんとか生きていく”」

という点だけは、びっくりするほど変わっていない、ということ。

もしこの記事を読み終えたあと、
夕飯のビールやパンを口にする機会があったら、

「これ、中世の歩兵も毎日飲んでたんだよな…」

と、ちょっとだけ彼らのことを思い出してみてください。

その一瞬だけ、
あなたの食卓と、中世の野営地の鍋が、
時代を超えてつながるかもしれません。

おまけの4コマ

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
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