膝が先に老ける仕事──中世ヨーロッパ歩兵の「身体ログ」
はじめに

「中世の歩兵」と聞いて、どんな姿が頭に浮かびますか?
画面の端っこで、イケメン騎士のかっこいい見せ場のために真っ先にやられていくモブ兵士。
名前もセリフもなく、「CV:効果音」みたいな扱いのあの人たち。
……ちょっと待った。
あの「モブ兵士」たち、現代の我々から見ると とんでもないレベルで身体を改造されたガチ職業アスリートだったりします。
しかも、ジムじゃなくて戦場で鍛えられるタイプのやつです。
月額会費は命がけ。

今回のテーマは、そんな中世ヨーロッパの歩兵の「身体」
- 鍛錬や戦闘で、どんなふうに身体が変形していったのか?
- 重い武具を背負うと、筋力や姿勢はどう“歪んで”いくのか?
- 足裏のマメやタコ、慢性的な関節痛って、どれくらいエグかったのか?
- そしてなぜ、傷痕や欠損が“恥”ではなく“勲章”になっていったのか?
教科書にはまず載らない「歩兵たちの身体ログ」を解説していきたいと思います。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

「戦うための道具」に最適化された身体

■鍛えれば骨は変形する?
まず押さえておきたいのは、中世歩兵の身体は、単に「鍛えて強くなった」のではなく、戦うための道具として“変形”していったということです。
考古学者がサクソン~中世期のイングランドの骨400体以上を調べたところ、
- 若い個体にも強い変形性関節症
- 関節のまわりにトゲのような骨(骨棘)がびっしり
という、「いやこれ、60代の健康診断の結果でしょ?」みたいな状態がゴロゴロ見つかっています。
さらに15世紀の激戦・タウトンの戦いの戦死者を調べると、
- 半数以上の兵士にひどい関節の摩耗
- 筋肉の付着部が異様に発達・変形した跡
- でも年齢とはあまり相関しない
という結果も出ています。
つまり、
歩兵の骨は「若くして老人レベルの関節」をしていた
という、なかなかロックな事実。

これ、なぜかというと 骨は“かかる力に合わせて形を変える”性質があるから なんですね。
現代でいう「Wolffの法則」です。
同じ方向の負荷が何年も何十年もかかり続けると、骨はそれに合わせて密度や形を変えていきます。
結果として、
- 武器を振る腕の付け根はゴツゴツと隆起
- 重い荷を支える膝や腰の関節はすり減り
骨そのものが「その人の仕事のログ」になっていくわけです。
現代だと「PC作業で肩こり」とか「スマホ首」くらいで済んでいますが、中世歩兵の場合はそれの ハードコア版。
人生トータルの負荷が桁違いです。
鎧は筋トレ器具⁉

■でも同時に関節破壊マシーンだった
では、その負荷を生み出していたものは何か。
もちろん戦闘そのものもありますが、わかりやすいのは 重い武具と装備 です。

典型的な歩兵装備をざっくり並べると、
- 厚い布のジャケット(ギャンベゾン)
- 鎖帷子やブリガンダイン(布の中に小さな鉄板をびっしりリベット留めした鎧)
- 鉄兜
- 盾
- 槍や剣などの武器
- それ以外の雑具(食料、工具など)
トータルすると、20〜30kg台 の荷物を抱えていることが多かったと考えられています。現代の歩兵の装備重量とほぼ同じか、それ以上。
しかも現代みたいなハイテク背負子ではなく、分厚い布と鉄を体中に貼り付けているわけです。

現代の研究で、中世風のフルプレート(30〜50kg)を着てトレッドミル(ランニングマシン)を歩かせた実験があります。
それによると、
- 歩行時のエネルギー消費:素の約 2.1〜2.3倍
- 走行時でも約 1.9倍
と、とんでもない数字になりました。
しかもポイントは、これが 「背中に重いリュック」よりキツい ということ。
脚そのものや胴体を覆う「分散した重り」が、
- 一歩ごとに必要な筋力を増やし
- 胸の動きを制限して呼吸を浅くし
結果として、太ももとお尻が発達する代わりに、膝と腰が死んでいくという構図が生まれます。

なぜ中世歩兵は“分厚い太もも”と“痛む膝”をセットで抱えていたのか?
→ 鎧は筋肉だけでなく、関節まで鍛え潰す装置だったから。
現代人が「足トレつらい〜」と言いながらスクワットしているのを見たら、彼らはきっとこう言うでしょう。
「それ、あと20kgほど足してから文句言おうか」と。
足裏は“第二の鎧”

■マメとタコと、うずく骨
中世歩兵の仕事の大半は何か?
華麗な一騎打ちでもなく、映画みたいな大乱戦でもありません。
もっと地味で、もっときつい。
そう、ただひたすら歩くことです。
近世の軍事マニュアルや研究から逆算すると、
- 一日20km前後の行軍
- 担ぐ荷物は27〜36kg
というのが、古代ローマから近世までの「標準的な兵士の一日」でした。
中世だけ特別にラクだった、なんて甘い話はありません。

問題はその足元です。
- 革は硬くてゴワゴワ
- 中敷きなんてもちろんない
- 石だらけの道、泥だらけの野原
現代の足病学では、マメやタコ(胼胝)は 圧迫や摩擦から皮膚を守るために厚くなる“防御反応” だとされますが、同時に 痛みや歩行障害の原因にもなります。
つまり、
足裏は“鎧化”しつつ、そのせいで常に痛い
という、なかなか報われない状態が標準仕様だったわけです。

しかも長距離行軍の負荷は、皮膚だけでなく骨にも来ます。
中世ロドス島の骨格には、現代でいう「シンスプリント(脛骨内側疲労症候群)」のようなストレスの痕跡が見つかっています。
アスリートや兵士の「走り過ぎ・歩き過ぎ」で起こるアレです。
なぜ歩兵は“分厚い皮”と“うずく骨”を同時に持っていたのか?
→ 皮膚は身を守ろうとして硬くなり、そのツケが骨と関節に回ったから。
中世の人から見れば、私たちの「クッション入りスニーカー+オフィスワーク生活」は、かなりのチートモードに見えたはずです。
30代なのに関節年齢60代

■若い老人としての兵士
さきほどの骨の研究の通り、中世の歩兵には、
- 変形性関節症(関節のすり減り)
- 関節の周りにトゲのように伸びた骨棘
が非常に多く見られます。
しかもそれが、年齢とあまり連動していない。
これはつまり、「老化」でそうなったのではなく、
- 武具や盾を構え続ける反復負荷
- 行軍による膝・股関節・足首への衝撃
- 戦闘での転倒・捻挫・骨折が十分に治らないままの再使用
といった、職業としての負荷が原因になっているということです。

言ってしまえば、
30代で“60代並みの関節”を持つ人が大量にいた
わけですね。
現代でも
「仕事で腰をやられた」
「膝がダメになった」
という話はよく聞きますが、中世歩兵の場合、そのスケールがまるごと何段階か上だとイメージしてください。
ただし彼らにとって、それは「かわいそうな不幸」ではなく、
- ベテランとしての証
- 戦場で生き残ってきた証
でもありました。
ここから、話は「身体」から「メンタル」と「文化」の領域に入っていきます。
なぜ傷痕と欠損が“勲章”になるのか

■傷は勲章?それとも名刺?
現代だと、傷や欠損は隠したくなる人の方が多いと思います。
しかし、中世ヨーロッパでは逆。
見せることに意味があったのです。
まず、単純に「骨」が語っています。
ドイツの中世の戦場跡から見つかった大量墓地では、多くの男性の骨に、
- 以前の戦闘で受けた数々の傷がすっかり治癒した跡
が残っていました。
彼らは最期の戦で命を落とすまでに、何度も致命傷クラスのダメージを乗り越えてきたわけです。
生き残った兵士たちは、
文字通り「歩く戦歴」
だったと言っていいでしょう。
宗教が傷に“意味”を与えた

中世ヨーロッパ社会を支配していたのはキリスト教です。
宗教学の研究では、当時の神学書や聖人伝、騎士物語、美術作品を読み解くことで、
- 傷痕は単なる事故の跡ではなく
- 信仰と献身を示す「記号」として読まれていた
ことが指摘されています。
特に男性の傷痕は、
- キリストの受難にならう自己犠牲
- 共同体のために身体を差し出した証
として解釈され、「男らしい美徳」の象徴でもありました。
さらに、「どこに傷があるか」も重要です。
- 前面の傷:敵に立ち向かった証拠 → 名誉
- 背中の傷:逃げるところを斬られた証拠 → 恥
という価値観が、ローマ時代から中世にかけて広く共有されていました。
身体は“履歴書”だった

もうひとつの理由は、身体がもっとも信頼できる証拠だったからです。
当時は今ほど紙の書類もなければ、識字率も高くありません。
「ちゃんと戦いました!」と口で言うより、
- 欠けた指
- 失った片眼
- 深く刻まれた傷痕
のほうが、はるかに説得力があったわけです。
それは、
- 恩給を求めるとき
- 物乞いとして生きるとき
- 仲間内で「ベテラン」として尊敬を得るとき
どんな場面でも効く、身体に刻まれたポートフォリオでした。
なぜ中世歩兵は、自分の欠損を“隠す”のではなく“見せる”ことが多かったのか?
→ それが、信仰と軍歴を証明する「身体の履歴書」だったからです。
最後に

それでも、戦う身体に惹かれてしまう理由
ここまで読んでみると、中世の歩兵の身体は、
- 若くしてボロボロの関節
- 足裏はタコだらけ
- 骨には何度も危機をくぐり抜けたログ
と、なかなかブラック企業じみた労働環境の産物でした。
それでも、私たちはつい「戦う身体」に惹かれてしまいます。

ゲームでも映画でも、
- 重い鎧を着た戦士
- 傷だらけのベテラン兵
は、どこか「カッコいい存在」として描かれがちです。
おそらくそこには、
- 身体が語る“覚悟”への憧れ
- 自分の人生を賭けた何かを持っている人への尊敬
のような、人間の深い心理があるのでしょう。
もちろん、現代の私たちが同じ生活をしたら、速攻で医者行きですし、おすすめできません。

でも、ジムでバーベルを担いだとき、登山で膝が笑い始めたとき、ふとこう思い出してみてください。
600年前、同じように「足いてぇ……」とつぶやきながら、
それでも前に進み続けた名もなき歩兵たちのことを。
彼らの身体に刻まれた無数の傷と変形は、
「戦争のロマン」ではなく、
「生きるために身体を差し出した人間の、静かな記録」
でもあります。
あなたの身体にも、きっとあなたの人生のログが刻まれていきます。
それがどんな物語になるのか
――それを決めるのは、今この瞬間にどこへ向かって歩くか、なのかもしれません。

おまけの4コマ


