なぜ、私たちは焚き火に惹かれ続けるのか?
はじめに

キャンプブームの「理由」と「本質」を読み解く
気づけばSNSは焚き火・ランタン・キャンプ飯であふれかえり、まるで「全国民が森に移住したの?」と言いたくなるほどのアウトドア祭り。
あれだけインドアだった同僚が突然“焚き火マスター”として覚醒していたりするのだから、もう事件性すら感じます。
そんな光景を目にして、ふと脳裏に浮かぶのがこの問い。
なんで、みんなこんなにキャンプしてるの?

流行だから?
SNS映えするから?
いや、それだけじゃ説明がつかない。
むしろ「そこまで外で寝たい理由って何?」とツッコミたくなるのが本音です。
そこで表向きの理由だけでなく、その裏側に潜む“現代人特有のクセ”や“社会の空気”にライトを当てながら、キャンプという遊びが今の時代にどんな意味を持ち始めているのかを探っていきます。
堅苦しい分析ではなく、気軽に読める“焚き火前トーク”のような感覚でどうぞ。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
データで見るキャンプブーム

■数字は正直だ
まずは、みんな大好き“数字”の話から。
いや、好きかどうかは知りませんが、数字はウソをつかないので便利です。
反対に、私たちの直感はしょっちゅうウソをつきます(昨日も「今日は早く寝よう」と自分にウソをつきました)。
さて、キャンプがブームと言われて久しいですが、その裏付けはしっかり存在します。
- 世界のアウトドア市場:約4,800億ドル(2023年)
- 今後も年6〜7%で成長する見通し
- キャンプ用品市場も:約900億ドル(2024年)
- 日本のアウトドア関連売上:2023年に年10%超の伸び
この規模、もはや「ちょっとした趣味」どころではありません。
アウトドアは世界規模で“巨大産業”として成長し続けているのです。
「最近、周りにキャンプ行く人めっちゃ多いんだけど?」
その“なんかみんな行ってない?”という感覚、実は的を射ていたりします。
数字を見れば、あなたが見ている世界はちゃんと現実とリンクしています。
※たまには自分の直感を褒めてあげましょう。
世間で語られる「キャンプ人気の理由」5つ

ここからは「世間的に言われている理由」を一気におさらいしていきます。
(1) コロナ禍で屋外レジャーが再評価された

あの頃、みんな思っていました。
「密? いや無理。家? もう飽きた。外? それだ!」
その結果、屋外アクティビティの代表格であるキャンプに脚光が集まりました。
- 密を避けられる
- 換気いらず(もはや外気そのもの)
- 近場でも“ちょっとした非日常”になる
こうして“とりあえずキャンプ行っとく?”というライト層が一気に増えたわけです。
(2) 健康志向とメンタルケア需要の高まり

ストレス社会+リモートワークによって、自宅=仕事場という“境界線が溶けるような状況”が生まれました。
その結果、
「自然でリセットしたい」
という欲求が爆発。
- 気分転換に良い
- ストレス軽減
- 生活リズムの回復
など、“なんとなく身体に良さそうだから”という理由で森へ向かった人、多数。
気づけばそれがトレンドに。
(3) ひとり用レジャーの浸透とソロキャンプの普及

ひとり焼肉・ひとり映画・ひとりカラオケ
──その進化系として登場したのがソロキャンプです。
- 誰にも気を使わなくていい
- 好きなときに好きなことができる
- 日程調整? そんなものは存在しない
“ひとりで行くのがむしろカッコいい”という空気が広がり、気づけば堂々たるカテゴリーに成長しました。
(4) SNS・動画コンテンツの拡散力

キャンプが伸びた理由のひとつに、SNSとの相性の良さがあります。
- 焚き火
- 夕焼け
- 星空
- キャンプ飯
写真にしても動画にしても、強い。
視覚の暴力。
SNSにアップされれば、そりゃ興味を持つ人も増えます。
YouTubeには“観てるだけで癒やされる”動画が大量投下され、気づけば新規参入の背中を押す装置になっていました。
(5) グランピングの登場でハードルが下がった

キャンプと聞くと、昔は
「不便そう」
「虫との全面戦争」
「寝袋で腰が死ぬ」
みたいなイメージがセットでした。
ところが今は事情がまったく違います。
まず“グランピング”とは、グラマラス(豪華)×キャンピングを合わせた造語で、要するに“快適さを全部盛りしたキャンプ体験”のこと。
アウトドアの雰囲気はそのままに、ホテル並みの設備とサービスが付いてくるスタイルです。
例えば……
- ふかふかのベッド付きテント
- 冷暖房完備の快適空間
- 食材・調理器具は全部用意済み
- 場所によっては温泉やラウンジまで併設
もうここまで来ると、自然の中にあるホテルと言ってもいいレベル。
キャンプ初心者でも「これなら行ける!」となるのも当然です。
不便さが一気に取り払われたことで、アウトドア経験ゼロの人たちも気軽に参加できるようになり、ブームをさらに後押ししたのです。
なぜキャンプなのか?

■視点を変えてみる
“理由はコロナや健康志向だよね”で片づけるのは簡単。
でも、それなら他の趣味でもよかったはず。
では、なぜキャンプ“だけ”がここまで頭ひとつ抜けた存在になったのか?
そこには、現代を生きる私たちの“ちょっと複雑で、でも妙に納得できる心理”が深く関わっています。
視点A:便利すぎる時代が奪った「生きてる実感」

気づけば、私たちの生活は自動化と効率化で満たされています。
- 道案内はスマホ任せ
- スケジュールはアプリが管理
- ボタン一つで快適空間
便利すぎて、もはや“自分の出番”が少ない。
ところがキャンプに行くと突然、生活力が試される世界に放り込まれます。
- 寝床を作る
- 火を起こす
- ご飯を作る
全部、自分でやらないと夜は迎えられません。
だからこそ、成功した瞬間に生まれる“達成感”は、家でボタンを押すだけの日常では味わえない特別なものです。
視点B:SNSに強すぎるビジュアル力

キャンプ写真は、正直ズルいレベルで映えます。
- 夕焼けのグラデーション
- 夜空の星
- ランタンの灯り
- 美しく整ったテントサイト
スマホで撮って投稿するだけで、8割増しで雰囲気が出てしまう。
この視覚インパクトが拡散を呼び、興味を呼び、さらにキャンプ人口を押し上げるという“自然増殖サイクル”ができあがっているわけです。
視点C:身の丈に合う「ちょい贅沢」

海外旅行や高級ホテルのような大きな出費をしなくても、キャンプは十分な非日常を提供してくれます。
- 景色は自然が無料で提供
- ギアは何度でも使える
- 近場でも気分転換になる
“無理なく楽しめる贅沢”という絶妙なバランスが、多くの人に刺さった理由です。
視点D:地域側の本気が生んだ構造的ブーム

キャンプ場やグランピング施設は、今や地域経済の大事なコンテンツ。
- 廃校や遊休地の再活用
- 地元食材と組み合わせたPR
- 体験型観光との連携
消費者だけでなく、供給側も本気でアウトドアを推し進めたことで、ブームが継続的に広がっていったのです。
視点E:“ひとり=ネガティブ”の時代が終わった

かつての“ひとり”は寂しいイメージがつきまといました。
しかし今は真逆。
- ひとり焼肉
- ひとり映画
- ひとり旅
こうした流れの最終進化形ともいえるのがソロキャンプです。
- 誰にも気を使わず
- 好きな時間に好きなことをし
- 焚き火を眺めていれば成立する
“ひとりで過ごす時間=豊かな選択”という価値観が広がった結果、ソロキャンプは象徴的なアクティビティとして受け入れられるようになったのです。
キャンプブームの未来

■終わるどころか“育っていく”
「キャンプブーム、もう終わったんじゃない?」
──そんな声がちらほら聞こえるようになりました。
たしかに、かつての“とりあえず一度は行ってみるか”というライト層が落ち着いたのは事実です。
しかし同時に、こんな現象も起きています。
- ライト層は減少気味
- 一方で、コア層の活動回数はむしろ増加
- しかも、ギアへの投資額が上がっている
これ、どう考えても“ブームの終わり”ではありません。

むしろ今起きているのは、
ブームが一巡し、“文化として育ち始めている”状態。
かつての一時的な盛り上がりから、
「生活の一部」
「自分のペースを取り戻す手段」
へと進化しつつあるわけです。
ここから先のキャンプは、ただの流行ではなく、
- 自分の時間を大切にする人
- 自然に身を置く心地よさを知った人
- 道具を選ぶ過程すら楽しめる人
そんな“深く楽しむ層”が中心になり、より洗練されたスタイルへ向かっていくフェーズに入ります。

雑に言えば、
「キャンプは終わり」ではなく、「キャンプは成熟した趣味になった」
ということです。
流行が落ち着くのは自然なこと。
でも、本当に価値のあるものだけが“残り”、そして“育つ”。
キャンプはまさにその段階に入ったのです。
最後に

焚き火の前で、私たちが取り戻しているもの
夜のキャンプで焚き火を眺めていると、不思議と時間の流れが緩やかになります。
スマホの通知も、街の喧騒も、しばらくのあいだ意識の外へ置かれる。耳に届くのは、
- 薪がパチパチと爆ぜる音
- 風が木々を揺らす音
それだけです。

この静けさの中で、私たちはようやく“自分のペース”を取り戻します。
- 他人の評価から離れ
- 予定に追われる日々から離れ
- ただ「そこにいる自分」に戻る
キャンプはブームを超えて、“現代人に必要な時間”を提供する存在になったのかもしれません。
もしまだキャンプを試したことがないなら、流行だからではなく、
自分自身の感覚を取り戻すための小さな旅
として、気負わず挑戦してみてください。
焚き火の向こう側で見つける風景は、きっとあなたの生活にそっと灯る“あたたかい何か”になるはずです。

